51.被害を避けつつも疲労を厭わせないやり方

「とにかく!! あんたたち大地の僕は、死力を振り絞りなさい!! その代わりに、食べ物と休む時間はちゃんと与えるからね!!」


 エソムの里に、戻った後。ニュルングはそんな号令を、彼が大地の僕と呼んでいる農民たちに降した。

 そんな事を言っても、動きはしないと初めは言っていたニュルングに、この言葉で号令を降すように吹き込んだのは、実はシオンさんだ。


「よく考えて、一生懸命働きなさい! 貯蓄の作物を放出するんだから! 来期に実りが少なかったら、この神官たる私も、身の破滅なんだからね!!」


 じつに、僕らの言葉に動かされたとはいえ。ニュルングは良く決断したものだ。勝算は少なからずあるとはいえ、自然という予知不能な物を相手にする、いわば賭けの勝負を挑むことを。


「おい、ユハナス。イデス殿が船の部品工房室で。木の鍬の先に、石の刃を嵌めたものを作ってくれたぞ。全部で20本ある。皆に配って、使わせよう」


 レウペウさんは、木の棒の先に石の刃のついた農具を運んできて、耕す仕事をする農民一人一人に手渡す。これで、今まで棒の先で地面を抉るだけだった農民たちの作業効率は飛躍的に高まるはずだ。


「みんな、横に並んで。20人がかりで、畑を一枚耕すよ」


 僕がそう言う指示を出すと、ニュルングが僕をにらみつけて声を放った。


「ユハナス君! そんなことをしたら、作業効率が落ちる! 20枚の畑を、それぞれ一人ずつにやらせるんだ!!」

「そんなことないですよ、ニュルングさん。20人がかりで一枚の畑を一気に耕して。それを20回繰り返すんです。同じように思えて、実はこちらの方が疲労が少ないんです。人間というものは、チーム行動中は士気が上がって作業効率も上がるし、負担も補い合えるものですから」

「せ、責任はどうなる! 一日に一枚の畑を耕せなかった大地の僕には、棒たたきの罰が課せられる! それをやることによって、ようやくこいつらは動くんだ!」

「ニュルングさん。頭悪い事を言わないでください。労働者を労働以外の事で痛めつけて、労働力を落としてどうするんです。それよりも、一枚の畑を耕し終わったら、お湯を飲ませて、一休みさせるんです。それで英気を養わせて、次の畑にかかります。とにかく、今日は僕らのやり方を見学していてください。多分、日光が一番強くなる時間までには、20枚の畑全部が片付きますよ」

「……人には、大地の僕には!! 怠惰の性がある!! そのような生ぬるい方法で動くものか!! よ!」

「まあ、いいですから。今日は見ていてくださいってば」

「……上手く行かなかったら、あのマティアという娘を私が貰うぞ!!」


 そんな事を言い始めた、ニュルング。だが、それを聞き付けたマティアさんが歩み寄って来て。


「ニュルング? 私たちのリーダーのユハナス君が信じられないなら。それでいいよ。私はユハナス君を信じてるから。もし、ユハナス君がしくじったら、そんなバカを信じた代償を自分に向けて、私はアンタに貰われてあげる」


 そんなことを放言する、マティアさん。うーんむ。こりゃ、絶対に成功させないといけないな。


「さて、みんな並んで、うしろ向きになって。鍬を土に振り下ろして。土が耕せたら、後ろに一歩下がって、また耕す。それで、畑の端から端まで歩んだら、一枚が終わりだ。終わったら、5分間のお湯飲み休憩を設けてるから、頑張ってやってね」


 僕がそう指示を出すと、農民たちは鍬の使い方が形状でなんとなくわかったらしく、石の刃を畑の土に突き立てて、耕してから一歩下がって、また耕していく。

 畑の横幅は、ちょうど20人が並んで耕すにちょうどいいくらいの幅だった。イデスちゃんは、このために畑の横幅を僕らに計らせて、そこから弾き出した鍬の本数、20本を作って渡してきたみたいだ。


 目算で、横30m、長さ100mくらいの畑一枚の耕しは、はっきり言って瞬く間に終わった。これ、一人でやるとしたら労働量もすごいし、何よりいつまで経っても終わらないと気が滅入るが、20人がかりだとあっという間で。その上に、仕事のひと段落の達成感とお湯飲み休憩で、次の仕事への英気が養える。

 たぶんだけど、ニュルングが大地の僕は怠惰の性を持っている、と言ったのは。終わらない仕事を終わらせなければならないという消耗感と憂鬱感から、この農民たちが無気力になっていたためじゃないのかな、とか僕は思った。


   * * *


「どういうことなのよ! どうしてこんなに早く終わるのよ!! 日の最照時よ、まだ!!」


 日の光が一番強くなる、僕らの宇宙では正午と呼ばれそうな時間帯に。

 ニュルングが、今日の仕事を半日で全て終わらせた、僕らを信じられないと言った顔で見ている。


「だからさ、ニュルングさん。人って、動かし方ひとつで相当に作業に対するモチベーションも、作業量も変わるんだ。そこの刺激の仕方を、僕らは少し知っている。それだけのことだって」

「……本が! 本があるんでしょう⁉ こう言う事をまとめた本が!!」

「いや、なんていうか……。僕らは学校でこう言う事を習うんだけど……」

「学校って? 魔導師様たちが通っている、魔導学院の事⁈」

「いや、フツーに。フツーの公立のジュニアハイスクールだったけど、僕が卒業したのは……」

「教えなさいよ! 私は興味が出て来たよ! こんなに簡単に、仕事の効率を上げるなんて!!」


 ぎゃんぎゃん騒ぐ、ニュルングで。僕は面倒臭くなってきたので、約束した。


「わかったよ。こう言った知恵の類をまとめたノートを書いて、ニュルングさんにあげるから。それあげるから、今後は農民のことを思いやった、いい農業指導をしてね」

「言われるまでも無いよ! ようするに、手駒になる大地の僕の消耗を抑えて、最大の効果を上げる使い方をした方が。得するって言っているんでしょ⁉」

「……まあ、いいやそれで。ニュルングさん、それで頑張ってみて。とりあえず、明日からは今日僕らがやったやり方を覚えて模倣してみて」

「言われるまでもないわよ! こんなに簡単に仕事が片付くものだって。初めて知ったわ!」


 なにやら、きーきーぎゃーぎゃー言っている割には。


 ニュルングは何か嬉しそうで、細い目を更に細めて、ナマズ髯をしごいた。

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