50.納税と叱咤と突破口

「む、ニュルング。今年もしわいな、お前の土地の収穫は」

「ひょは? 県知事様。私の担当している土地の貧しさは、ご存じでしょう?」


 立派な建物の中に入って、ニュルングが下僕に収穫の作物の荷を下ろさせて。この都の役人に改めさせてから。目録を持って、県知事だという男にそれを見せると。

 その、ひげ面の男は顔を渋らせた。


「ニュルング、何を言っている? 貧しい土地だから、お前がまわされたのだ。お前は、地の魔導司祭様から大地母神様の力を活性化させる術を授かっているであろう? そのお前が、数年の赴任にも関わらず。土地の豊かさを産み出せないとは問題だぞ? 私も失望している」

「……大地の活性化は。時間がかかるのです。あのように、一度瀕死にまで近づいてしまった大地は尚更に」

「そんなことは知らん。なんとかしろ。まあ、今回の報酬というか。余剰分の対価はこれだ。とりあえず、税の規定量は納められているからな」

「これだけ……、ですか」

「何を不満そうな顔をしている? そんな様では、お前は神官としての栄達はないぞ?」

「ひょ、そ、そんな!」

「悔しければ。土地の余剰産物を増やして見せろ。そして、金を得ろ。その金を使って、高度の学を学べる環境を買って見せろ」

「……! あ、あんな土地で! どうすればそれができるというのですか!!」

「知らぬわ! 自分が富を得て、栄達するための手段だ。自分で考えるのが筋というものだろうに」

「……ひゅは。わかり申した。では、また来期に」

「おう。帰路は気を付けて行けよ」


 なんだろうか? ニュルングは、下僕二人に背負わせた結構な量の穀物を納めたんだけど。受けとったのは、中身の入った小さな貨幣袋一つだけだった。


「ニュルングさん。結構な事、言われてましたね」


 シオンさんが、そこでニュルングに声をかける。


「ああ。あっちの司祭さん。どうすればいいか知ってる? 痩せた土地を豊かにする方法。まあ、知らないだろうけど……」


 はぁ、と息を吐きながら、そんな事を言うニュルングだが……。

 シオンさんは、言葉を紡いだ。


「作物の量を増やす方法は、知らないけれど。質を高める方法ならば、知っているわよ?」


 などと言う事を言うシオンさん。


「質を高める……?」

「そう。同じ重さの作物の価格を高める方法、ともいえるわね」

「どんなものかね?」

「簡単な事よ。手間を惜しまず、作物に心を注ぐこと」

「……むりよね、それ。私が使う、大地の僕は。とても無能な連中ばかりだもの。作物に注げるだけの心の力なんて、持っていないわよ」

「……それは、まぁね。貴方が、農民たちの扱いを変えない限り、彼らの心の力は豊かにはならないと思うわ」

「? なによ? 私が悪いといいたいのかね?」

「そうよ、あんたが悪いのよ? ニュルングさん。普通に考えて、部下や支配下のものが無能であるのはひとえに、上に立つものが無能だから。そう考えるのが、あんたの上に立つものの考え方だとも私は思うの」

「……それが本当だとしたら。悔しいわね」

「だったら、やりましょうよ。ニュルングさん。あんたは、部下を変えるのよ」

「……どうやって?」

「そうね。まず。ちゃんと生きていける環境を作る事」

「だからそれ。どうやるのよ?」

「言ってしまえば、無駄を省くこと。だいたいおかしいのよ、如何に土が痩せていても。数日間に人が一人死ぬような労働環境を作っているあんたのやり方は」

「そんなこといったって……、わからないですよ」

「……まあ、エソムの里に。戻ってから考えましょうか」


 なんか、さ。打ちのめされた顔してるニュルングとシオンさんが話して。シオンさんの話を聞いたニュルングは、何か真剣な顔して色々考えてるみたいだ。


「一見しては貧しい世界だけど……。なんでこんなに、食べ物や人々や自然が。精気に満ちているのかしら? なんていうか、解像度が高いっていうのか……」


 マティアさんがそんな事を言った。

 ニュルングに連れられて、入った町酒場。そこで僕らは、麦の酒と焼き鳥をつまみながら、色々話す。


「ねえ、ルーニンさん。ニュルングさんに話してやって。作物を作る際の、秘訣みたいなことをさ」


 シオンさんが、レバー串を齧って言う。


「ん~? 農業の秘訣はね~。まずは土なんだけど~。土は、同じ養分と同じ重さでもね~。耕した手数が多いと~、土の栄養が出やすくなってね~。より多くの作物が実るのよ~? ニュルングさん」


 ルーニンさんはお茶を飲んで鶏モモの塩焼き串を齧っている。


「それはわかるのよ。だけどね? 手数を増やすと、大地の僕も体力を使って、多くの食べ物を消費するじゃないかね?」


 ニュルングはそう言い返す。そして、やりきれないように麦の酒を煽る。


「最初はね~。そうだけど~。でもね~? 先にキツイことをやっちゃう形でね~? 頑張ってやっていると、田んぼや畑の耕され具合がよくなって来て~。いい作物が実るようになるの~。そういった、いい作物を食べているとね~? 少しのご飯の量で~、いい働きをできるようになるんだよ~?」

「……ひょ。なるほどね。労力を注げば、土が良くなる。土がよくなれば、作物が良くなる。作物がよくなれば、それを食べる働き手が良くなる。働き手がよくなれば、労力が増える。そう言った好循環、ね。そこまで持っていくのが大変そうだけれど……、やる価値はありそうね」

「そうそう~。そう言う事なんだ~」

「ひょひょひょは。いいお話を、聞かせてもらったよ。明日には帰路に就くから、エソムの里に帰ったら、早速試そうかねぇ」


 シオンさんの話を聞いていた時は、何やら沈んだ顔をしていたニュルングだけど。なんか、僕らの宇宙での質量保存の法則が乱れるような不思議なルーニンさんの話を聞いて。

 僕らもある意味驚いたけど、何よりもニュルングは感じ入ったらしく、妙に清々しい表情で。

 快い感じに麦の酒を飲み、焼き鳥を食べていた。


 しかし、世の中って不思議にできている。

 言ってしまえば、少々発達障害気味と蔑まれてきたルーニンさんが、みんなが困っているときの解決法を知っていて。

 その解決法は、ルーニンさんがただ一人で、押し付けられた農業の仕事を嫌がりもせずに頑張ってやっていた彼女の過去の知恵から導き出されたんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る