49.食べ物の味が意味すること

「言っただろう? それが現実の味だ。君たちが元々いたという世界。そこの料理は私も君たちに食べさせて貰ったがね。要するにだ。こちらの世界こそが現実であり。君たちの世界は夢の中のものでしかない。この食べ物の味は、その証拠と言えるんじゃないかな?」


 僕たちの世界が、夢の中の世界だって? そんなはずが……。

 と、思いつつも。この確かな生命力と味わいを放つ食べ物の前では、その気持ちも薄くなっていく。


「僕たちの世界が、夢の中の世界で。実は存在しないというのですか? ニュルングさん?」


 僕が少々非難するようにそう言うと、ニュルングは眉をしかめて言った。


「実は、存在しないかもしれないけれど。概念やイメージとしては存在しているのではないかとは思うのだよ。じっさい、私も乗せてもらった、君たちの空飛ぶ船。あれは、ものすごくいわくありげだった。あれは不思議なことに、君たちの夢の世界の技術で作られていてなおかつ、こちらの世界でも実を持つもの。そんな気がするよ」


 じつ、という単語に意味を込めて言葉を放つニュルング。ああ、なんだか意味が分かってきたような気がする。

 ようするに、二つの世界のリアリティの差の話なんだ。

 僕らの世界は、実際。こちらの世界に比べて。

 生きていきやすいけれど、生きている実感が薄い世界である。

 生きるにあたっての苦難が少ない世界。言ってしまえば、様々な出来事に対して様々な深い思いを持ちづらい世界。それはとりもなおさず、リアリティが低いと言う事につながる。

 そういうことなんだな、と。ある意味の解釈では納得してしまっている自分がいるのだった。


   * * *


「これが、転移魔法陣だよ。はみださないように、ちゃんと線の内側に入るんだ。はみ出したままで転移魔法陣が発動したら、体の一部だけが転移して、怪我ではすまんよ」


 石柱が円形に並べられ、地面になにらかの図形が記された施設で。何かおっかない事を言うニュルング。そんな事故が起こることもあるらしい。

 僕らはそんな事故を起こしては洒落にはならないと、きっちり線の内側に入った。そしたら、施設の職員らしきローブをまとった人間が三人、位置的には円形を囲む正三角形の頂点に立つような位置取りで、呪文のような言葉を放ち、それが十分になされたとき、杖を振り上げた。


「わっ!!」


 突如襲ってくる、強烈なめまい。自分の中が強烈に混ぜられるような感覚。

 はっきり言って、物凄い強烈な乗り物酔いと同じ感覚が襲って来て。

 これはキッツイな、と思っていたら、周囲の光景が変わっていた。


「着いたよ、地の都に。君たち、魔法陣から出るんだ。みんなの邪魔になるからね」


 ニュルングのそう言う声がする。僕らはめまいを振り払うように、頭を動かして魔法陣の外側にでた。

 そして、回りの光景をちゃんと見直して。


 息を呑んだ!!


「あれ……って? 高層建築? いわゆるビルみたいなものよね……? こっちって、最初に降りたところが酷かったから、もう全部僻地なのかと思っていたのに……。ここには確かに、文化文明が根付いているじゃないの!」


 マティアさんが驚きに叫ぶ。

 そう、僕等がいた宇宙の、繫華な惑星のビル街に比べればまだまだ鄙びてはいるけれど。

 確かに文明の香りが感じられる街並みが、そこにはあった。


「うふふふ。この地の都は、地魔導術の使い手である、地魔導司祭様のお膝元だからね。建築用地魔導術で作られている、凝った建築物もいっぱいあるのよ」


 ときどき、女性のような言葉使いになるニュルングが、何やら誇らし気にそう言った。


「お宿に泊まるよ、もう暗くなり始めたしね」


 うん、なんだかそれには気が付いていた。空から落ちてくる光量がなんだか少なくなって、徐々に暗くなってきている。ニュルングに連れられ、一軒のビルに入るのかと思ったら。ビルの麓にあるちっちゃな建物の中に、僕らは連れていかれた。


「ネイハ。来たよ。今年も納税の時期だ。今年も、泊まらせてね」


 中にいた、歳のころは僕と同じくらいに見える女性に声を掛けるニュルング。


「ニュルングさん。また来たんですか? 貴方みたいな、貧乏神官。コネ作っても旨味がないのよねー……」


 おうっと。結構な失礼を言う、宿の娘らしいネイハと呼ばれた女性。礼儀とかは、あんまり弁えてないなこの人。


「一人赤銅貨二枚。格安なんだからね? それは払えるでしょ?」

「うむ、ちょっと待ってくれ」


 ネイハに先払いを促されたニュルングは、長い袖をごそごそやって貨幣袋を取り出し。中から銀色に光る貨幣を二枚取り出して、ネイハに渡す。


「お釣りはちゃんとおくれよ?」


 そう言うニュルングに、ネイハは渋面を見せた。


「ニュルングさんって、お釣りはいらないよ、っていうさ? 私たちに対する気の利かせ方しないよね?」


 とかいってる。いや、なんていうか。この世界すごいな。

 安宿の娘までもが、賄賂というか心付けを要求するのか……。


「しかたないね、ネイハ。お釣りはもらうけど、これ取っておきなよ」


 ニュルングはそう言って、青っぽく光る貨幣をネイハに渡した。


   * * *


「……くさい。それに、なに? 何よこの大部屋? ベッドもないし、ひょっとして、この蓆を毛布代わりにして寝ろって言うの?」


 何というかツンケンツンケン。マティアさんは機嫌が悪い。そりゃまあ、この部屋で男女混じって雑魚寝しろって言われたら。

 綺麗でかわいい女性は、眉しかめるだろうなぁ……。


 とかおもわせる、藁を土で固めてある、土壁と。踏み固めた土が剥き出しの土床。こんな所が宿屋だって言うのは、ある意味凄い。


「何やってるのかね? 私は寝るよ」


 僕らが環境のひどさに眉をしかめているのに。

 ニュルングは平気な顔をして、蓆を被っていびきをかきはじめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る