48.味の違い、味の重さ

「む! むむむむむ!! これは旨い! 実に旨い……、が」


 が? ニュルングを満足させられると思っていた、イデスちゃん作のスペアリブシチュー。ところが、ニュルングは。シチューを半分までがっついてから。

 突然食べる手を止めた。


「……? どうなされました? お客様? おあがりにならないのですか?」


 イデスちゃんが怪訝そうな顔をして、ニュルングに問いただした。


「もう宜しいわ。味は、極上であるのだがね。この肉……、というか。肉のようなもの。こんなものをいくら食べても、本物の強さは身に宿らぬよ。ひゅは」


 本物の強さが、身に宿らない? どういう事だろう?


「なにやら、夢心地のような味だがねぇ。夢のものであって、現実の味わいがしない。そのような表現が合うかな……」


 夢心地の味って。どういう事だろうか……?


「なに、良い味だったことは確かだよ。お礼に、私がこの世界の旨い物を食べさせてあげよう。ちょうど、徴税の時期だ。地の都まで、県知事様に会いに行く。そのときに旨い物を食わせてあげるよ。君たちが来たのは、まだ最近。ゆえに作物の収穫量は今期はさして変化がないが、君たちから教えてもらった農業手法は何やら神通のものだと言う事はわかる。おそらく来期。収穫量はとても上がるだろう。その前払いだ。遠慮はせんでいい」


 そんな事を言って、ナプキンで口を拭って。完全に食べるのをやめてしまったニュルング。今までニュルングの自宅で食べた料理に比べて、味には絶対の自信があったのに。ニュルングも、旨いといったのに、それでも。

 ニュルングは料理を途中で食べるのをやめた。


 ということは、味以外の料理の要素で、何らかの負けがあったのかもしれない。


「ニュルングさん、僕らの出した料理は。何が足りなかったのですか?」


 それでも僕は、食い下がって聞いてみた。


「そうだねぇ、ユハナス君。一言で言うと。食材の生命力が料理から伝わってこなかったのよ。美味しい紙粘土を食べている。そんな感じだったんだよ」


 食材の、生命力……?

 僕らが使っている、アトミックフードメーカーは。原子で形を作ったところに、宇宙悪霊から霊力を引きずり出して、形に封入して食材に変化させる。

 その過程で、生命力が劣化する。

 そう言う事なのかもしれない、と。

 僕はちょっと考えをまとめてみた。


   * * *


「イデスちゃんは、高空から僕らについてきて」


 ニュルングについていって、地の都というところに旅立つことになった時。

 僕はリジョリア・イデス号に残るイデスちゃんに、そう頼んでおいた。


「畏まりましたわ、ユハナス様。何か危ない事があったら。私はその都市を爆撃してでもユハナス様を助けます」


 おおう、何かヤバいこと言ってるイデスちゃん!


「あ、あはは。まあ、揉め事を起こさないように、気を付けるよ」

「はい!」


 と、まあ。こんなやり取りがあった後、僕らはラーバーという種類の四足歩行動物にまたがって。

 地の都までの移動の途に就いた。


「……徐々に……。自然が豊かになっていくな……」


 レウペウさんが、まあ、美しい風情を醸しだし始めた四囲の風景を見てそんな風な事を言う。


「まあね。あの土地に比べれば、何処もが風光明媚よ。私が担当している、あのエソムの里は、ここら辺で一番土地が瘦せたところなんだ。だから、地の活性法を知っている私が神官として回されたということよ。私は、優秀なのよ?」


 ニュルングはそんな風に言う。まあ、確かに多少は優秀なんだろう、ニュルングは。でなければかえって、管理者として辣腕である必要がない、豊かな土地に回されることの方が多いような気がするから。


「移動は早いよ、ユハナス君たち。隣の町で、国営の転移魔法陣を使うからね」


 ん? 転移ってことは、ワープみたいなもんかな? としたら、行き先を教えてもらっておかないと、イデスちゃんの船とはぐれることになるぞ?


「ニュルングさん、この大地の地形を描き取った図のようなものはありますか?」


 僕は、先にイデスちゃんに目的地に着いておいてもらおうと思って。ニュルングに地図はあるかと尋ねた。


「さあ? 貴き方たちは持っているかもしれないけれど。私のような卑しきものは、世界を詳しく知る必要はないし。この道も行き先を知っているだけで、別の場所のことなど知りはしないよ。むしろ地形を知ってしまって、変な冒険心や好奇心を持つことの方が怖いよ。変な気持ちは災いを招くからね。だから、地の形を描いた図などは持ちはしないよ」


 あれま。参ったな。僕は、携帯端末を使って、イデスちゃんに連絡を入れた。

 仕方がないので、転移魔法陣のある町まで行ったら、そこで待機していてくれと。


   * * *


 その町に辿り着いたのは、三日後のことだった。


 どういう理屈かわからないが、この大地と空にも、夜と昼の変化はあって。

 何でも、ニュルングのいうには、この空をどんどん昇っていくと。

 光る星を従えた黒き星があって、その光る星がこちら側に出ているときが昼であり、黒き星の影に隠れているときが夜だという話だ。


「さて、約束だね。まずはこの町の名物を食べさせてあげる」


 年貢の作物を、下僕に背負わせたニュルングは、僕らを従えて町の繁華街らしきところに入っていく。そして、通りに乗り出すように開いている、露店で何かの串を僕ら五人の分と自分の分だけ買い求めた。


 そして、僕らの元に戻って来て。

 串に刺された、何か香ばしい香りのする薄っぺらいものを僕らに配る。


「チュキルの皮を、ソムソのタレでパリパリに焼いたものだ。香ばしくて美味しいものだよ」


 そういうと、バリバリとそれを齧り始めるニュルング。


「……よーするにこれって。チキン皮の香ばし醤油焼きね。まあ、この手のジャンクフードは美味しいって相場が決まってるけどさ。ちょっと安くない?」


 そう言って、チキン皮らしき串焼きに齧りつく、マティアさんだけど。


「!! ……なにこれ!! めっちゃ舌にコクが絡みついて……!! 味も、ダシの味が強烈!! ものすごく美味しいじゃない!! たかがチキン皮なのに!!」


 と。目をまん丸くして驚くので、残りの僕ら四人も、各々その串にかぶりついて。


 みんなで目をみはった。


 ナニコレ、滅茶苦茶おいしいんだけど⁉

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