47.神官の処世の術
「何を言うているのか?」
そのニュルングという男は、首を傾げた。
「ですから。あの農民たちの労働条件。少し軽くできませんか? ここに泊めてもらって、貴方に僕らの世界の技術を教えていますけれど。その技術を使って手広く農政改革をするには、生きている人手が必要になるんですよ。最近、畑を見に行っていますけれど、数日に一人のペースで仕事中に農民が死んでいるじゃないですか」
僕は、最初。このニュルングに人道という概念であの農民たちを酷使するのを止めろと言ってみたのだが。
ニュルングは、人道という概念が理解できず、ただ。なぜ自分が管理する道具を使ってはいけないのかと、真面目な顔をして反論してくるのだった。
しばらく話してみたが、これは埒が明かない。僕はそう思ったので、より即物的な利益の話で、あの農民たちを活かすように説くようにし始めたんだ。
「しかしな? 農民というか、大地の僕は。多くを抱えていると、地の魔導司祭様からの税の取り立てがきつくなるのだよ。そこは、考えねばならんところだろう? ユハナスと言ったか、な? 君にもわかるだろう?」
そんな事を言って、自分の屋敷の縁側で。徳利から酒をお猪口に注いで、くいっとやっているニュルング。言っていることは上からの苛烈な納税をなんとか遣り繰りするという話だが、この男の生活のさまに悲壮感はないんだ。
「そもそも。僕らが貴方に技術を教える気になったのはですよ? ニュルングさん。貴方に、あの農民たちの哀れなさまを何とかできないか? と聞いたら。大地の実りが豊かになれば、それは為せる。そういうから、僕らはここにとどまって色々やっているんじゃないですか? わかっているんですか?」
僕がそう言うと、ニュルングはニヤッと笑った。
「ユハナス君、君も悪いねぇ。あの大地の僕たちを、よりきつい労働に追い込んで。そこから得られる利益を大きくしようって言うんだね? ひゅふっふっふ」
「歯ぁ食いしばれえい!!」
そこまで話を聞いたところで。同じ部屋にいたレウペウさんが、ニュルングの後頭部に鉄拳を叩き込んだ!
「うぶふっ⁈ い、いたいー! いたいー! なにをするの、何をするのよ、レウペウ殿⁈」
「この、柔弱陰険神官が!! ユハナスは、そのような事は考えてはおらん! 農民の労働条件を良くして、皆を少しでも安らがせようという配慮をしているんだ!!」
「だって、だって⁈ 労働条件を良くしたら、今度はより重たい労働をさせても平気になるではないかね? だとしたら、労働条件を良くするということはすなわち、生産性をあげて更に大地の民を酷使することができるようにする工夫だろうに⁈」
「お前の頭は、どこまで腐っているのだ!! 労働条件が良くなって、納税と日々の生活に必要な作物を得たら!! 後は余暇の時間に、文化を築き作って楽しむのが、人の営みというものだ!!」
「ぶ? 文化じゃとぉ? それは、いと貴き方たちの独占するもので!! それのお流れは、私のような辣腕の神官の元にも、ごくわずかしか流れてはこない。この徳利の酒なども、その文化の産物じゃ!」
ルーニンさんが、ニュルングが大切そうに持っている徳利を取り上げて。傾けて中身をペロッと舐めた。
「……まずい~! なにこれ~、麦のお酒じゃないの~!! お米のお酒だとばっかり思ってた!!」
「ま? まずい? 私が、地の都に納税に行くたびに。なけなしのお金を払って買ってきている、この命の水が!! 不味いというのかね!!」
あ。ニュルング怒った。
「ふん! 所詮、物の味の分からぬ者たちか!! 技術理論は一流なれど、そればかりで文化の事は分からぬと見える!!」
プンプン面のニュルングを見て。
なんか、ちょっと離れたところから歩み寄ってきたシオンさんが。性質の悪い笑いを浮かべて、僕に話しかけてきた。
「ねえ、ユハナス君。この田舎神官に、私たちの宇宙の文化文明の味、味合わせて洗脳かけない?」
とか言ってるシオンさん。ふむ。不味い麦酒を有難がって飲んでいるようなら……。
イデスちゃんが作る、アトミックフードメーカー製の食料食事を食べさせたら。
多分仰天して、虜になって。
こっちの言う事、よく聞くようになるんじゃないかって、僕も思った。
* * *
「何かね何かね何かね⁈ 何かねこの面妖な建物は!!」
イデスちゃんが僕らの通信に答えて、ニュルングの里のすぐ近くにリジョリア・イデス号を廻してきて。
ニュルングに旨い物を食わせてやるからついてこいと、半分強制でレウペウさんが襟を引っ張って彼を船に引っ張りこんだんだけど。
ニュルングは、最初は動揺していたものの、流石に何かの特殊な勘があるらしく、リジョリア・イデス号の中を興味深げに眺めて回っていた。
「おい、勝手に動くな! こっちだ、ニュルング!!」
なんだろうか? レウペウさんがニュルングの保護者みたいに、また襟を掴んでテーブルルームの方に引っ張りこんでいく。
「皆さま、お帰りなさい。御用の向きは聞きました。料理もお酒も、用意できておりますわ」
久しぶりに見る、イデスちゃんが。テーブルの上にスペアリブの煮込みシチューセットと赤ワインボトルを用意して待っていた。
ニュルングの分だけでなく、僕らの分も作ってくれている。
「む? む! むむむむむ!! この香りは!! 良き物の香りじゃ!! 地の都の、私ではとても入れない高級料理店からこんな香りが流れておった!!」
「食べていいのよ、ニュルング。ただし、食べておいしかったら。ユハナス君の意見に耳を貸すこと。いいわね?」
「あだだだだ!! いたいいたい!!」
マティアさんが、ニュルングの耳をつまんで引っ張り上げながら、笑って言う。ちょっと怖い。
「さて、召し上がってください。お客様」
イデスちゃんは、ニュルングをテーブルの席に座らせると。
優美な表情で、そう言うのだった。
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