第2部 荒れ果てた世界にて

4章 アクト・イン・ルインドワールド

45.絶句する光景

「なんだよ、ここは……!! なんだよ、この人々は……! なぜ、こんなことになっているんだよ!!」


 僕の絶叫が。

 例えようもなくとてつもなく。

 広い大地に木霊した。


   * * *


「大気組成、ヒューマノイド生育に十分適しています。荷重力、ヒューマノイド生育値に適合領域内。ただし……。大地のサイズ、計測不能。大地の形状、予測不能。ただ莫大たる大地が、ひたすら続いています。惑星の形をしてすらいません。そして、その大地の上層に存在すると思われる大気層、宇宙空間の距離感覚で数光年の厚みを……、持っています」


 イデスちゃんが、アビスゲートから抜けた先の空間条件を観測してそう言った。

 要するに、生きていけること以外は全くの未知数。そのような報告だった。


「現在飛行中のこの船から、大地までの距離、半光年ほど。この船で降下していって、二週間ほどで到達できます。降下いたしますか? ユハナス船長?」


 何が出るかは、わからない。何がいるかは、わからない。ただ、何かの行動をしなければ、始まらない。それだけはわかった僕は、イデスちゃんの問いに頷いた。


「とにかく、大地に降りよう。現地の様子も探らなければならないし。ここは、呆れるほどの、僕らの宇宙では質量でブラックホールか恒星になってしまうほどの。凄まじいサイズを持った惑星上空。その認識でいいかい?」


 僕の問いに、イデスちゃんは苦笑いして首をかしげる。


「こちら側、が。今まで私たちがいた、向こう側、と同じ構造をしているという概念は捨てたほうがよさそうです。こちらではどうやら、大地は大地としてあり、天空は天空としてある。そのような形を持っているようですから」


 データ収集の効率として、その考え方の方が上手く行くというイデスちゃん。まあ、そんなこともあるんだなぁと思いながら。僕はこの不思議な世界の、大いなる天空に揺蕩う雲の流れと塊を見て。随分きれいだなと思うのだった。


「とにかく、降下を開始いたします。凄まじい距離がありますので、降下と言っても長めの宇宙旅行並みの日程を必要としますが……」

「しかたないよ、そう言う世界みたいだから。イデスちゃん、船をオートドライブにして、みんなで少し話そう。こっちの世界に無事にこれたんだ。祝ってもいいさ」


 僕は、そう言うとブリッジ内を見渡した。

 ブリッジのシートで気絶しているマティアさん。

 やはり、シートに座って何か唸っているルーニンさん。

 レウペウさんは、目を覚ましかけ。

 シオンさんは、しっかりした様子で杖を構えて床に立っていた。


「来たのね、主魔導世界宇宙に……。私たちは」


 ブリッジのワイドウィンドウから、外の空に雲が流れる様子を見て、シオンさんが口を開いた。


「……抜けてきたはずの……。アビスゲートが跡形もないのね? どこにもそれらしき物がない。あれだけ大きなものだったのに……」


 言われて気が付く。僕らの船は、この大地上空に、忽然と現れたような状態だ。


「もう、なんていうかさ、シオンさん。僕ら、こちらの宇宙に来て、向こうの宇宙の常識は通じないと思った方が、良さそうなんだ。ここだって、惑星上空ってわけではないらしいし……。イデスちゃんの観測の機能をもってしても、ここの世界の形状とかはわからないらしい」

「……そっか。じゃあ、大地に降りて後、ゆっくりと現地をめぐって。情報を集めましょう」


 シオンさんの頭の中身は、随分柔軟なようだ。この世界が、僕らの世界とは全く違った法則で動いていると知っても。別に取り乱したり焦ったりしない。女の人に言ったら怒られるけど、流石に年の功だ。


   * * *


「大地が……、見えて来たけど。真っ黒に焼け焦げているじゃないか……。何があったんだろうか。もともと、あんな土の色なんだろうか……?」


 さて、二週間の降下期間を経て、魔導世界の大地に降りつつある僕ら。


「ねえ、ユハナス君。あっちの方に、煙が見えるよ? 人家とかがあるんじゃないの?」


 最近は、僕が渡したパイロットスーツを着ていることが多い、マティアさんがそう言った。彼女が指す方向に目をやると、確かに煙が立ち上っている。


「……あの土の色って、あれだよ~。焼き畑農法をした後に、凄く似てるんだよ~」


 大地を見下ろしながら、何かを考えながら言葉を吐くルーニンさん。


「……人が! 人がいる!! その、焦げた色の土の上! 動いてるわ、十人ほどだけど!!」


 シオンさんが叫ぶ。僕らは、一斉にそちらに目をやった。すると確かに。

 なにやら、やせ衰えた棒でできたかのような人々が、鍬を振るって、土を耕しているようだった。

 なにか、病的な動きをしていることが気になった僕は、イデスちゃんに船の高度を落としてもらい、小型宇宙艇に乗り移ってから大地に降りた。


   * * *


「……? メキュラ・ゾム? デガズデ・ウラ?」


 ヤバい。何言ってるかわからない、この人達。まあ、僕らはここじゃ、別宇宙人。そりゃ言葉も通じないな……。とか思って諦めかけたとき。


「ユハナス君に、みんな。ちょっと、こっちの杖の方に頭寄せて」


 シオンさんがそう言って、構えた杖に僕らの頭を近づけさせる。


「ノイズ入ったら、ごめんね。上手くはやれると思うけど」


 そう言って、杖に力を込めるシオンさん。

 緑色に輝く光が、僕らを包んだかと思ったら。頭の中に、何かの情報が流れ込んでくるイメージが浮かんだ。


「はい、終わり。コレね、ニレディアの霊話能力の促進術なの。もう一回、あの現地人と話してみて。少しは通じるはずよ」


 シオンさんに、そう言われたので。僕は、なんだか今にも死にそうな十人ばかりの現地人に声をかけた。


「もし、もし。あなた方は、この畑を耕しているのですか? ここで食べ物を作って、それを食べて暮らしているのですか?」


 基本的な、常識のあいさつ。それをした途端に!

 離れたところから、閃光が走って、僕が話しかけた現地人を貫いて!

 一撃で殺してしまった!!


「何をするか貴様っ!!」


 レウペウさんが、閃光を放った、『棒』のようなものを持っている男に飛びついて、ボッコボコに殴って。僕らには危害を加えないようにするが……。

 僕には、聞かずともわかってしまった。この、今にも死にそうな人たちは。僕らの宇宙にもあった、古の忌まわしき制度。


『奴隷制』という制度によって、自由を奪われ労働を課されている人々だと。


「なんだよ、ここは……!! なんだよ、この人々は……! なぜ、こんなことになっているんだよ!!」


 あまりに衝撃的な、光景と印象と出来事があった、始めて降りた魔導世界の大地。


 この先、どんなことが起こってくるのか。僕は、能天気では居られなくなってしまった。

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