40.出立。宇宙悪霊の産まれる処へ

「一年。丸々かかるぞ」


 ゼキリス親父はそう言っていた。


「イデスちゃん、行き先のアビスゲートの座標って。どの方面?」


 僕は、リジョリア・イデス号のブリッジ、キャプテンシートに座って。イデスちゃんに聞いてみた。


「そうですわね。ここからですと……。俗に、宙低方面と呼ばれる、宇宙空間の下方向に当たります。そこに直進すること、この船団の速度で一年分。その距離に、ユハナス様のお父様が示された座標が存在します」


 僕らの船は、もう宇宙に出ていて。周囲をゼキリス親父の武装商船隊に護られながら、目的のアビスゲートへ向かう旅の途に就いた。


「……途中で。何もなければよいのだが。話を聞くに、アビスゲート近辺では宇宙悪霊も出現するし、ユハナスの父上殿を退けた謎の宇宙構造体も控えていると思われる。こちらの宇宙、物理世界宇宙での移動の最中に、宇宙海賊やよからぬ星系国家による襲撃があっては。戦力の減衰にも繋がる。用心深く行きたいものだ」


 レウペウさんが、近距離宙域モニターを覗きながらそんな事を言う。それから。


「ユハナス君。なんで、私にアームドアーマーを与えて。操作させようと思ったのよ?」


 僕の視線に、アームドアーマーのパイロットスーツを着たマティアさんが入って来て、聞いてくる。


「ん。マティアさんはレウペウさんの妹だから。レウペウさんほどでなくても、アームドアーマーを操作するセンスはあるかな、とか思ったのと。身体がそこまで大きくないから、コックピットでも窮屈じゃなさそうだし。それに何より、マティアさんは、この船で普段はほとんど仕事していないから、その仕事を与えようと思ってさ」


 僕がそう答えると、マティアさんはパイロットスーツのままで。僕の座っているキャプテンシートにツカツカと歩み寄って来て。僕の首に腕を回すと。


「ユハナス商団長? ユハナスキャプテン? 今は兼任だからどっちでもいいけど。このマティアさんには、ムードメーカーって大切な役目あるのよー?」


 僕をからかうような視線でそう言う、マティアさん。でも。僕は言葉を返した。


「マティアさん、この前の話で知ったんだけど。レウペウさんとマティアさんは、仮にも王子様と王女様。僕は考えたんだ、安全性ってことを。そりゃ、レウペウさんには戦ってもらう。でも、マティアさんをアームドアーマーのパイロットにした理由は、別にもあって。アームドアーマーに乗っていれば、もしこの船が撃沈されてもさ。別の船に逃げ移ったり、近くの惑星や小惑星までは生き延びて行きつける。そう言う理由なんだ。マティアさんは、戦える時や戦いたい時は自由に戦っていいけど、いざとなったら逃げて欲しい。そう思ってさ」


 僕がそう言うと、マティアさんは言葉にぐっと詰まって。しばらくなんだか、悔しそうな視線で僕を見た。でも、そのあとすぐに笑顔になって。


「言うじゃない。元々は、お坊ちゃんだったのに。女の子を大切にするのね。わかった。危ないときは、この船を捨てて逃げさせてもらう。キャプテンのあなたがそう言うんだからね」


 そう言って、僕の頭をぺしんと軽くたたいた。


   * * *


 ゼキリス・ユヴェンハザは。一年間の航宙の予定を立てて、星の海を駆けていくつもりだった。

 だが、その一年という刻限は、全てが順調にすすんでの目算である。


「ゼキリス。でたわよ、まずは小手先調べと言ったところかしら? 海賊よ」


 ゼキリスの座乗船、マイワ・ガルナのAIナビゲーションドール、ガルナがゼキリスに告げる。


「ふん。出やがったか。敵戦力を分析しろ」

「わかった、ゼキリス」


 AIナビドール、ガルナは手を組んで、武装商船マイワ・ガルナのメインAIとリンクを開始。敵艦艇の超長距離遠隔スキャンを始める。


「……宇宙戦艦クラット・ナイア級2隻。宇宙巡洋艦メルガ・イドール級7隻。……おかしい、ゼキリス。これはおかしいわ。海賊が宇宙戦艦や宇宙巡洋艦を持てるはずがない」

「はっ!! 型落ちをひっかき集めてでも来たんだろうさ!! 構わねえ、粉砕してやる!!」

「その他、宇宙駆逐艦トマホル・メーム級15隻。この軍容は、正規星系軍の物でもおかしくはない。ただ、船の認識コードが無いだけで」

「認識コードなしに、宇宙空間をうろついてりゃ。そりゃ宇宙海賊や違法航宙をしているものに違いはないだろうに。まあ、いい。何かの事情があるのかもしれねぇ。通信を開いてみろ」

「わかった、ゼキリス」


 ガルナはマイワ・ガルナの機能を使って、前方に現れている敵と思しき艦隊に呼びかける……と!!

 マイワ・ガルナの船体が閃光と共に激しく揺れた!!


「あぶなかった、ゼキリス。用心深く、対ビームシールドを張っておいたお陰で、直撃即轟沈を免れました。しかし、通信を開こうとしただけで。主砲を撃ち放ってくるとは。前方の艦隊に、交渉は不可能。今すぐに船団構成船舶に指令を出してください。敵艦隊を撃滅いたします!!」

「おう。こっちに先制攻撃ぶっ放してきやがるとは、随分度胸が据わっていることで。逃すこたぁねぇ、全部轟沈させて、宇宙の花火にしてやるぞ!!」


 ゼキリスの武装商船団に、戦闘の指令が走り。

 各船舶が、ゼキリスの指揮下の元に戦闘態勢を取り、艦隊と船団の戦いの陣形を刻む。


「よし、陣形宜しか?」


 ゼキリスは、自分が頼りにしているブリッジクルーに尋ねた。


「整いました、ゼキリス様!! 戦闘開始の号令を!!」

「よし!! 全船主砲三連斉射!! あの怪しい所属不明艦隊を撃沈し尽くせっ!!」


   * * *


「? なんだろう? 前の方の宙域に閃光が?」


 ゼキリス親父の船団の最後尾を付いてくるように言われていた、僕らのリジョリア・イデス号には。

 ここからはだいぶ距離が開いている、先頭に立っている親父の船、マイワ・ガルナ号に何かがあった場合でも。多少時間が経ってからしか情報は伝わってこない。


 しかし、あの閃光と、船団が妙に素早い動きで前に出たことで、僕らにも何かがこの船団に起こった事は悟ることができるという物だ。


「イデスちゃん、前に出よう」


 僕がそう言うと、既に独自理性を備えている機械理性体のイデスちゃんは答えた。


「ゼキリス様を。信頼いたしましょう。私たちは、後ろで待っていろといわれた。ならば、呼び出されるまで待つのが、助力をしてくれているものに対する礼儀かと思われます」


 む、なるほど。

 ゼキリス親父は、アビスゲートの向こうまで僕らを送るといった。

 だとしたら、途中で余計な手出しをせず、十分に頼るのもまた。

 相手の面目を立てることになるんだろう、と僕は気づいた。

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