39.おじいちゃんの、コネクション
「さて、キリアン。それに、ヴェルナ。仕事にかかろうか」
ユヴェンハザ宇宙港の、会長室。
トイロニおじいちゃんは、船舶整備部門取締役のキリアンさんと。
ヴェルナさんというらしい、むかし僕にココアを出してくれたあの女秘書さんに。
とあることの指示を出した。
「ヴェルナ。星域特産品管理部門、並びに物資価格調整部門。それぞれの取締役に招集をかけろ。この宇宙港の会議室で会議を始めるぞ」
そんな様子を斜な視線で眺める、ゼキリス親父。そして、口を開く。
「ふん……。直で各星系の軍事部門に声をかけないのが、トイロニ親父らしいな。まずは根回しからか? 単刀直入に星系の軍隊に出動を頼めばいいじゃねえか」
武骨なゼキリス親父には、姑息に映るのだろうか? 何かを吐き捨てたい様子が見えるような気がする。
「バカを言うな、ゼキリス。何の代償もなく、莫大な軍費がかかる宇宙軍艦隊の出動を、各星系の政府が良しとするわけもあるまいが」
トイロニおじいちゃんが、何をしようとしているのかというと。
ゼキリス親父が見つけ出し特定した、アビスゲートの『座標を売る』という行動を始めたんだ。
何を言っているのか、僕にも最初はわからなかったんだけど。
イデスちゃんとの、この独立の道程を始めた基本に立ち返ってみて、その意味が分かった。僕の独立のための行動は初め、宇宙悪霊を退治して思念粘土に変え、自分の食料用の霊力を抽出するという自給自足するところから始まっている。
そして。アビスゲートというのは、宇宙悪霊の大本の出処。ということは、この宇宙中で最も宇宙悪霊の濃度と出現率が高い場所。
さらに発展させて考えると。宇宙悪霊を攻撃して物質化させたものである思念粘土は、惑星の土に混ぜることで、質のいい肥料になり作物を育む。
それらを応用して考えると……。
いわば、アビスゲート近隣は。宇宙の栄養素が溜まっているところであり、軍隊を向けて宇宙悪霊を退治できれば、それを固体化した思念粘土の一大産出宙域になるともいえる。
それを踏まえたうえで。トイロニおじいちゃんは、各星系の政府に持ちかけるつもりらしい。
『思念粘土の産出宙域となりうる、アビスゲートの座標を売る。その代わりに、アビスゲートを向こうの主魔導世界宇宙の領域から奪い、こちらの主物質世界宇宙の領域に取り込み、管理下に置くことに協力してほしい』
という形の取引をだ。
これには、僕も舌を巻いた。なんて言う事を考えるんだ、トイロニおじいちゃんは。各星系の軍隊を動かすためでもあるけど、軍隊を動かしてくれた各星系政府に十分な旨味を与え、尚且つ。
僕らユヴェンハザカンパニーも利益を受けるし、何よりも。
アビスゲートを手中に収めることができたら、こちらの主物理世界宇宙は、今までよりも豊かになること間違いない。宇宙の栄養素発生源の宙域を、その手に収めるのだから。
そして、その声掛けに、各星系軍が動くのならば。
その戦力の支えで以って。僕がアビスゲートの向こう、主魔導世界宇宙に行くことも、難易度が随分と下がるという訳である。
* * *
「おじいちゃんは。もともと所持している宇宙軍が立派だけど、経済が冷え込みつつある星系を狙って、今回の話を持ちかけているってことらしいね」
僕は、ミルクティーをすすりながらそう言った。
あの後、おじいちゃんから二か月待て、と言われて。
僕は自分の実家に、船のクルーを連れて宿泊していた。
「あのトイロニ親父。もう流石に老いぼれて、往年の切れ味は持っていない好々爺になっているかと思いきや、随分と結構な策を思いつくじゃねぇか。今回みたいに、自分達で採掘など、とてもしきれない量の資源を目の前にして。多いがゆえに独占したくなるって言う、頭の悪い発想には全く囚われてねぇ……」
実家にある暖炉のついた応接室で。コックが作ってメイドが淹れた、アフタヌーンティーセットを飲んで、サンドイッチやシフォンケーキをぱくつきながら。
僕らは話し込んでいる。
そして、トイロニおじいちゃんの取った今回の策が、まあ何というか。
ケチのつけようのないものだったことに、ゼキリス親父は驚いて唸っていた。
「でも、ゼキリス。まさか、あなたと。私たちの可愛いユハナスが、共に敵を同じくして戦うだなんて。あなたの妻として、私は誇らしいですわ。私は自分の子であるユハナスの育て方を間違えていなかったという、証拠ですもの」
なんだろうか。実は僕が思い込んでいたようなさめざめとした性格の人間ではなかった、ニメリア母さんが。これから始まるであろう、いわば宇宙規模の大騒ぎになんだか少しはしゃいでいる。
「まあ、な。お前はユハナスを良く育ててくれたよ、ニメリア。まあ、今回のアビスゲート奪取戦争は勝てると思うぜ。トイロニ親父のコネクションは凄まじいからな。この近隣の、クーリアドッツ星系、アルアテラギ星系。それに、アビスゲート近くのベラドンナ星系。これだけでも凄まじいんだが、他にも幾つもの星系政府と太いパイプを持っている。今回起こすみたいな、大きな出撃要請をするに不足はない相手をいっぱい持っているからな……」
ゼキリス親父は、そう言うと懐から葉巻を取り出して、オイルライターで火をつけて吸い始めた。
応接室に葉巻の煙の臭いが拡がる。
「アルアテラギ星系の、エザラード少将……、って。知ってるかい? ゼキリス親父?」
僕は、自立活動の序盤の頃に出会った、アルアテラギ星系の宇宙軍少将、エザラードさんの事を思い出したので、親父に聞いてみた。
「エザラード……? いや、知らねぇな。アルアテラギ星系だろ? あの星系は軍隊がデケェからな。少将レベルの将官は、まあたくさんいる」
「じゃあ、さ。マクリアス大将っていう人は?」
「マクリアス大将か。それは俺に限らず知っているぞ。アルアテラギ星系の星系防衛の要の人間だからな。どうしたんだ? ユハナス。その二人の名前を、何故挙げる?」
ゼキリス親父にそう聞かれて。僕は、レウペウさんとマティアさんを仲間に入れるために海賊を悪霊粘土で退治し、その後エザラード少将がコンタクトを取って来て。アルアテラギ星系の首都星ランドナで、すこしだけマクリアス大将に面接して褒賞を受けたことを話した。
「……ユハナス。お前……。俺の息子にしては、お坊ちゃん面してて頼りないと思ってたら、悪霊粘土を武器にして、小惑星港を一個壊滅させたとか……。えげつねぇ……、もとい。やるじゃねえか!」
ゼキリス親父は、そう言うと。
僕の背中をぶっ叩くのだった。
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