38.懲りない父

「で、な。ユハナス。お前、行きたいんだろ? 向う側によ? 俺が送り届けてやってもいいぜ?」


 え? なんだゼキリス親父? さっき、アビスゲートの近辺で。『向こう』の奴らに蹴散らされたって、そんな話をしていたんじゃなかったのか?


 って顔で、ゼキリス親父の目を見る僕。親父はやけっぱちを起こしているのかって、そう思って、よくよく顔を見る。けど。

 ふてぶてしい。これぽっちも、自分がこれから行おうとしていることで、自分が死ぬことになるなどという恐れは、持っていない人間の顔だ。


「おい、トイロニ親父。コネ使って、どっかの星系軍に掛け合って。宇宙艦隊を出してもらえねーか?」


 ゼキリス親父は、いきなりおじいちゃんの方を向いてそう言った。


「……ふむ。ゼキリス、貴様が向こうの奴らに敵わなかった理由は。船の性能のせいだとでも言いたそうだな?」


 トイロニおじいちゃんは、面白そうな顔で言う。


「まあ、な。幾ら俺の船団がいい船揃えてても。俺達商人は軍人じゃないから宇宙公法律上では、宇宙戦艦や宇宙空母、宇宙巡航艦は持てねぇし。せいぜい、ギリギリ商船の域に収まってる、武装商船を持つのが限界だ。武装商船と本物の宇宙軍艦じゃあ、能力の具合が全く違う。荷物を載せる部分に、戦闘兵器や戦闘用機器を満載した宇宙軍艦の戦力は、まあ武装商船の比じゃねぇからな……。そう考えたとき、もしあの時に、俺の船団が宇宙艦隊だったら。いい勝負をしたんだがな、と思ったんだ」


 なるほど、そう言う事か。どうやらゼキリス親父は、先頃のアビスゲートでの戦闘で。自分の船団指揮の腕の未熟さを痛感するというよりも、敵に対する自分の船団の船舶機能の低さに、痛恨の思いを覚えたらしい。


「あなた……。また行くのですか?」


 そこで。今まで黙っていたニメリア母さんが口を開く。あ、これは……。

 止めるのかな?


「あなた、ゼキリス。また、行くというのですか?」


 ニメリア母さんは、細い声をだした。でも、なぜか。

 細い声なのに、弱弱しくはなく、なにかの意志の力が強烈に感じられる。


「負けるかも、知れないのですよ? そうすれば、今度こそ。貴方は死ぬかもしれません。それでも。それでも、向かおうというのですか?」


 ニメリア母さんの顔を見る。もう、40代半ばなのに、結構な美貌だとは。実子の欲目を除いても思える顔だ。

 その美貌のある顔で、母さんは。とても厳しい表情をしていた。


「答えてください。行くのですか? ゼキリス!」


 親父は。参ったなー、という顔をしている。そりゃそうだ、15年間放っておいた負い目もあるだろうし……。とか思っていると。


「お前、怒っているんだな、ニメリア。まあ、当然だな……」

「そうです。当然です!! ゼキリス、あなたともあろう人間が!! 負けて帰ってくるだなんて!!」


 ……ん? なんだ? 母さんなんて言った?


「そうだよな……。お前は、戦って負けなしの俺に惚れたんだもんな」

「そうです。あなたはいつだって、強く猛々しく雄々しい。そんな、男らしいあなただからこそ!! わたしは惚れもするし、15年も連絡もなかったのに待てたのです!! ゼキリス! 行ってきなさい!! そして今度こそは勝って、凱歌を上げて戻ってきてください!!」


 うわあ!! 母さん、そんな!! 怒ってたのは、15年待たされたことや、帰ってこない事じゃなかった!! 母さんにとって大切なのは、ゼキリス親父が自分の惚れた男のままでいる事。それが最も大事だったんだ。我が母親ながら、女の人って……。業が深いなぁ……。


「心配すんな、ニメリア。俺はまた行ってくる。そして、向こう側にこの曲者の柔弱息子を送り届けて。帰ってくるさ」


 ゼキリス親父? 何言ってんだ? 僕の事を柔弱呼ばわりは昔からしていたけれど。曲者って、何のことだ?


「ゼキリス親父! なんで僕が曲者なんだよ!!」


 僕がそう怒鳴ると、親父はにやにや笑って言うのだった。


「そこの、お前の船のクルーだっていう、黒髪の兄と妹。シャルシーダ星系の先王の忘れ形見だろ? あの強大な星系国家の亡国王子と亡国王女を抱え込んで。お前は何を企んでいるんだ? 人畜無害なフリしても、仲間を見りゃあお前の曲者っぷりはよくわかるぞ?」


 黒髪の兄と妹? レウペウさんとマティアさんの事か? 何の話だ? シャルシーダ星系って? 聞いたことはあるような……?


「にい! バレた!! 拙いよっ!!」


 同席していたマティアさんが、そう叫ぶが……。


「落ち着け、マティア。俺は今まで、ユハナスを見てきた。共に行動もした。この男は、俺達をシャルシーダ星系に売るような事はせん。落ち着いて座れ」


 レウペウさんが、マティアさんを落ち着かせる。

 シャルシーダ星系に、売るの売らないの以前に、僕には状況が全く理解できていないのだが……。どゆこと?


「ユハナス君。状況わからないみたいだから、言っておくよ」


 そこで言葉を放ったのは、シオンさん。


「惑星ニレディアにも、情報が入ってたんだけどさ。今から凡そ、17年前。君が5歳の頃かな? 私たちの銀河の中央にほど近いところにある、強大な星系国家シャルシーダの先王が崩御したの。その時、まあ。先王には王子と王女ができていたんだけどさ。まだ幼かったんだ。そこで、まあ、アレね。よからぬ欲を起こした、国家宰相がシャルシーダ星系を乗っ取っちゃったんだよ、クーデターを起こして。クーデターは、見事に成功した。ってことは、先王の為政に不満を持つものが結構いたって事なのか、どうなのかは。そこはわからないけれど」


 んー……? 何の話なんだ? シオンさん。僕は、そう聞き返した。


「まあ、聞きなさいよ、ユハナス君。それで、ね。幼い王子と、幼い王女は。先王の遺臣の手で、宰相の手の者に消されないように、星系の外に逃がされて。様々な艱難辛苦を味わって、一時は海賊の中に混じって暮らしてすら、生き延びてきた」


 んん? えっとこれって?


「その後、王子と王女は頼りないけれど器のデカいお坊ちゃん商人と出会って、そこそこ幸せな時期を過ごしている……。まあ、そう言う訳ね」

「何の話?」


 僕がそう聞くと!! 後頭部に凄まじい衝撃が走った!!


「この鈍ちん!! いい加減気が付きなさいよっ!! その、王子ってのはレウペウ・シャルシーダ兄さんの事で! 妹の王女って言うのは、私! マティア・シャルシーダの事よっ!!」


 マティアさんが、スリッパで僕の頭にクリティカルヒットを叩き込んだんだ!!


「ホントに……。感謝してるんだから!!」


 マティアさんは、グスッと泣くと。そう呟いた。そんな過去があったのか……。


「……何か取り込み中、悪いんだがよ。お前は行くのか? ユハナス。その攫われたニールって餓鬼を取り戻しによ?」


 しばらくすると。場を見ていた、ゼキリス親父がそう聞いてきた。

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