37.おじいちゃんに、相談

「……ふむ。で、その少年は。その『顔のあるブラックホール』と共に。姿を消したというのだな?」


 おじいちゃんが、感慨深げに、考え深げに。呟いて頷いた。

 リジョリア・イデス号内の、ミーティングルーム。

 僕らクルーのフルメンバー、それにトイロニおじいちゃんに、キリアンさん。

 更になぜか、ゼキリス親父。更にはニメリア母さんの計十人が集まっている場で。

 僕はこの惑星アーナムのユヴェンハザ宇宙港に帰ってきた理由を説明していた。

 そう、『向こうの世界』にさらわれた、ニール君を取り戻すための手段を聞くためにという事を。


「……顔のある、ブラックホールってなぁ……。おい、親父。多分アレだぜ」


 ん? なんだろうか? ゼキリス親父は、何か知っているらしい。


「はい。たしか、あの顔には名前があって。その、消えた少年、ニール君が叫んでいました。『闇の魔導司祭、ジルガド』と。音声データは、イデスちゃんが記録していてくれました」


 僕は、ゼキリス親父の呟きよりも、トイロニおじいちゃんの質問に答えている。


「ユハナス。その、ニールという少年は。『自分は向こうの宇宙の出自』と言っていたのだな?」

「どうなのでしょうか……。肉体はこっちのものだ、と。こちらにもちゃんと親がいたが、親は自分を捨てた。そう言っていましたが」

「……ふむ」

「ただし、僕は妄言だと思って聞いていたのですが。『自分の魂は向こう側の宇宙で重い存在である』とも言っていました」

「向こうの宇宙、か。おい、ゼキリス。ユハナスに話してみろ。お前の、してきたことを。冒険を捨てられない儂の不肖の三男坊よ」


 おじいちゃんが、ゼキリス親父に声をかける。


「なんだよ、トイロニ親父。15年かかったけどよ。俺は冒険の目的を達成しただろ? 宇宙悪霊の産まれ処の大本、『アビスゲート』の存在する宇宙座標を探し当てて特定したんだからよ」


 アビスゲート……? 僕も聞いたことあるぞ、おとぎ話みたいな話だけど。

 なんでも、宇宙悪霊の発生源の大本で。この宇宙にいる宇宙悪霊は、全てそのアビスゲートという宇宙に空いた穴の向こう側からやってくるとかなんとか。


「そうだ、ゼキリス。いい年になっても、自分の食い扶持以上は稼がず。宇宙をフラフラして回ってお遊び冒険三昧。そんなお前の大殊勲だ。その成果は認める」


 トイロニおじいちゃんと、ゼキリス親父は。何の話をしているんだ? 僕は、ニール君を取り戻しに、あの顔のブラックホールを追いかけないといけないのに。

 僕がそう言うと、おじいちゃんは。

 キリアンさんに命じて、イジョリア・イデス号のミーティングルームの大型モニターに、ある映像を映させた。


「さて、皆さん。お聞きください。今の時点の宇宙物理学でわかっている範囲の事なのですが……。無窮の闇が広がっている、この我らの物理宇宙ではありますが。実は、これには『外側』が存在します」


 キリアンさんが映し出した映像には。黒い黄身を持った、卵の断面図のようなものが示されてあった。

 キリアンさんは、その黒い黄身の部分にポインタを動かし示して言う。


「これが。この黒い云わば宇宙卵の黄身の部分のようなところが、我々の主物理宇宙となります。そして、この主物理宇宙に住まう者たちの大部分には知らされていないのですが……」


 ポインタを、白身の部分に動かして続けるキリアンさん。


「この部分。正確には別次元というか、外次元に当たるので。このように二つの宇宙は接触はしていませんが。この部分に当たるのが、いわば主魔導世界宇宙とでも呼ぶべき宇宙世界です。なぜ、これが外側になるのかというと。いままで、主物理世界宇宙からブラックホールによって吸い出された宇宙船とその乗組員。その乗組員のうち戻ってくる事が出来たごく少数の者たちの証言が、全く規を一にしたように、同じ光景と同じ空気組成データを示しているためです。ようするに、我ら主物理世界宇宙からのブラックホール・ワームホール航法で出ていく先は、必ずあちらの世界である主魔導世界宇宙なのです。故に、彼の世界は、我々の主物理世界宇宙の外側に存在する。そう結論付けられるわけです」


 ……こりゃ、マジか。僕は、ニール君が言っていたことを絵空事だと言ったことを大きく恥じた。

 トイロニおじいちゃんや、キリアンさんや。魔法とか絵空事には全く興味を示しそうにない、ゼキリス親父までが。

 主物理世界宇宙以外の世界は存在しない、というこの僕らの宇宙の常識の外側の事に、大きな興味を示し、そこの事に科学的なアプローチでここまで迫っているなんて。

 思いもよらなかった。


「と、いうわけだよ。ユハナス。そのお前が言う、ニール君。魔導皇ニールヘルズという者が。顔のあるブラックホールに迎えられ、向こうに連れ帰られたと言う事は。そう言う事なのだ。その少年は向こうの世界で身分が高い者なのだろう。そして……。あちらの主魔導世界宇宙では、こちらの主物理世界宇宙よりも力を持つものが溢れるほどいる。その事は、ゼキリスが良く経験しているのだ」


 と、トイロニおじいちゃんは、ゼキリス親父に話をバトンタッチ。

 ゼキリス親父が、僕に向かって口を開いた。


「ユハナス、いいか? よく聞けよ。俺が見つけ出した、アビスゲート。まあ、バカでっかいブラックホールなんだが。俺と俺の武装商船団は、実はアレを潜って、向こう側に行こうとした。まあ、方法は色々あるんだが。ペア・アニヒレーションドライブで対消滅エネルギーを取り出すのと、逆の物理現象を起こす装置でな。真空のエネルギーの空間拡張作用を活かして。あのブラックホール、アビスゲートの空間を押し拡げて。向こう側への道を開くことには成功したんだが……」


 ゼキリス親父は、そこで沈痛な面持ちになった。


「成功はした。道を開くことにはな。だが、向こう側にはたどり着けなかった。物凄まじい濃度の、宇宙悪霊が噴き出して来てな。俺の武装商船団は、実は今の十倍くらいの規模があったんだが。それでだいぶ撃ち減らされた。だが、俺や俺の船団はしつこいのが信条でね。宇宙悪霊の群れを撃退して、さあ、向こうの世界に突っ込むぞ、となった時……」


 トイロニおじいちゃんも、キリアンさんも。ニメリア母さんも、この話はすでに聞いているようだ。落ち着いてはいるが……。何やら怯えのような色が見える。


「最初は、巨大な顔が現れたんだ。で、そいつが消えたらな。真っ白な、船……、と。言っていいのか。言ってしまえば白い惑星レベルのサイズの岩石を組み合わせた、巨大構造体か。呆れるほどにバカデカイそんな代物が、アビスゲートの向こうから姿を現わしやがった。そいつが、その構造物の白い岩石の突端部分から、光線を撃って来たり。構造体を切り離しての体当たり攻撃をかけて来て、こっちの船団は滅茶苦茶にされて。俺は命からがら逃げかえってきた。まぁ、そう言うわけだ……な。クソッ!!」


 憤っている、ゼキリス親父。

 こと宇宙船舶を用いた戦闘に関しては、負けたことがなかったという、軍人顔負けの経歴を持っていたと自分でも言っている親父だけど。

 そんな、この世界のものではない、いわば異世界の存在に。


 打ち負かされて死にそうになったのか……。

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