36.一対一。男の度胸、そして度量を見せろ!

「……ユハナス様?」


 僕は、息を呑んだ。

 白いぱっつんの長髪。それが、綺麗に流れ落ちていて。

 身体の周りに、軽く優しく、纏わっている。


 着ている服は、いつもの黒づくめのゴスロリドレスではなく。

 色味は変わらないものの、ブラックビロードのロングタイトドレス。


 イジョリア・イデス号の中で、イデスちゃんは。

 そんな姿をして、エアロックから中に入ってきた僕を、驚いた目で見た。


「……? ユハナス様? 何をしにいらっしゃったのです? トイロニ様から、聞いているのかと思いましたが……?」


 えっと? 何をイデスちゃんは。驚いているのだろうか?


「私は、もう。ユハナス様とご一緒することはできません。役割が与えられました。行き先は、惑星メーフィス。暗黒星系宙域に近いベラドンナ星系の首都惑星です。私は、その惑星においての。軍事、政治の双方の担い手としての教育を、実地で受けるために、そこに向かうのです」


 無表情だ。なんで無表情なんだ? イデスちゃん。それに、トイロニおじいちゃんは、イデスちゃんを。イジョリア・イデス号を僕にくれるといったのに。

 そのことを、イデスちゃんに伝えてはくれていなかったのか?


 ……いや。そうだろうな、伝えないだろうな。

 僕ら、ユヴェンハザ家の者ならばみな知っていることだが。

 我らがおじいちゃん、トイロニ・ユヴェンハザの世の中からの評判。


『食わせてはくれるが食い潰せない男』

『とても温和な人たらし』

『優しい悪魔』


 もろもろ。


 おじいちゃんは、とても人の心に通じていて、多分この際。

 イデスちゃんを僕が口説き落とす際に当たっても。

 一切の前情報をイデスちゃんに与えず、その状態のイデスちゃんを僕が口説き落とすのがもっともよい形を呼ぶ。

 そう思ったのだろうな……。たしかに、優しい悪魔だ。

 おじいちゃんの微妙なセンスによる気遣いは。

 確かに感じられるけど、こうなってくると僕がイデスちゃんを口説き落とすのは、凄まじく難易度が高いじゃないか!!


「あの……、さ。イデスちゃん」

「……なんでしょうか? ユハナス様?」

「イデスちゃん、その。その、暗黒星系宙域になんて……。行きたい?」

「はい。勿論です。AIとしての栄達。宇宙開発の最先端領域とも言える、暗黒星系宙域の星系の首都星において。軍事政治の実地学習を為すことは、この私のAIのデータバンク並びに思考回路の強化に、大いにつながるでしょう」

「本気で思ってる?」

「私は、AIです。いわゆる人間が言う気、生気などという物で思考は致しません。電気では思考をいたしますが」

「……本気なんだね」

「はい。ユハナス様には、大きな感謝をしています。機械知性体であったとはいえ、それ以上の成長が無ければ、機械の船体の寿命と共に、AIが持っている生体も生命活動を停止し。船と共に廃棄処分にされる未来があった、ナビゲーションドールの私に、理性の光を与えてくれた。……理由はわかります」

「理由? 何の理由?」


 僕が、そう言って。

 イデスちゃんの顔を見つめると、イデスちゃんは切なそうに笑いながら。


 涙をこぼして、こう言った。


「貴方が、とても優しかったからです! 優しくされて、宇宙船リジョリア・イデスのAIが発する電気と! この生体のボディ、イデスの発する生気が混ざりあってしまって……。そこに貴方の、本気の優しさが満たされて……。自覚しているのです、私は、貴方から優しさを受けなければ。理性に目覚めることはなく、タダのサポートプログラムを思考するだけのAIと、それを実行するだけの生体人形に過ぎませんでした……!」


 ……AIが考えると、理性というものはそう言う段階を踏んで芽生えることになるのか……。いや。

 今は、もう。イデスちゃんはAIではない。タダのAIではない。理性と意志と心を持つ、独立意識存在だ。だとしたら。

 その心を捕まえるには。僕のそばにいてもらえるには。


 こっちも、畢生の好意を叩きつけるしかない!!


「イデスちゃん」


 僕は、そういって。一人寂し気に立っている、イデスちゃんに歩み寄った。

 イデスちゃんは、近づく僕に。

 拒絶の結界でも築くように言葉を紡いだ。


「……留恋の、想い。大昔の人類の詩にあった単語です。なぜでしょうか? 私は、今の心情に。今の私の心情に、この言葉が当てはまるような気がして……。私は、ダメな理性体AIですね……。強くあらねばなりません。これから、知らない宙域、星系、惑星で。自分一人で頑張らなければならないのです。それが、AIの栄達。AIの幸せなのですか……ら……?」

「その必要は、ないよ。確かに、そこに行けば。その惑星に行けば。イデスちゃんは栄達を掴めるかもしれない。でもさ……」


 そんな事を言い続けるイデスちゃんに。僕は、イデスちゃんの背中に手を回して抱き寄せて。さほど高くない位置にある、彼女の耳に、言葉を吹き込んだ。


「僕は、これから。イデスちゃんにそれ以上の未来を与えて見せる。信じて、イデスちゃん。僕と。僕ら。みんなも待っているから、行こう。僕らと行こう、イデスちゃん!!」

「……!」


 一瞬、僕の言葉に。びくっとした動きを示したイデスちゃん。

 それから、イデスちゃんの頭を抱きしめている僕の肩のあたりが。

 なんだか、熱いもので湿ってきた。


「あの……さ。なんていうか! 僕ら、まだやらないといけない事あるだろ! そ、そう、ニール君を助けないといけない!! それに、僕はこれからもっと成長して、宇宙一の商人になきゃいけない!! それに、それに……!」

「……ふふ。生意気なんですから。このイデスにとっては、貴方はいつまでも15歳の頃の頼りない子供に見えていたのですのに」


 イデスちゃんが、僕が抱きしめているのを振り払って、少し距離を取って。

 赤くなった目を、手首でこすりながら、笑った。

 わらって、こう言った。


「仕方がないですね!! あれから7年!! お坊ちゃんだったユハナス様も使い物になるようになってきたみたいですし!! このイデス、栄達の機会を放擲して。引き受けた仕事を完遂して、ユハナス様を宇宙一の商人に仕上げてみせますわ!!」


 そういうと、何がおかしいのか。

 きょほほほほほ! と高笑いするのだった!!


 ともあれ、イデスちゃんは、戻ってきた。

 僕らの仲間の、イデスちゃんは。やっぱり僕らの仲間のイデスちゃんのままで。


 これからも僕らみんな、一緒に成長し続けるんだ。

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