35.ある男の、憤り。そして
その男は、憤っていた。
「トイロニ総帥!! なんということを!」
その男は、とあることで憤っており、自分の雇い主にそう噛みついていた。
「機械理性体のような、貴重なものを! 会社の利益も考えずに、身内の孫になどあげてしまう約束をした? 正気ですか⁉」
男にとって、自分の雇い主であり、いわば主人と言っていいほどに自分が忠誠を捧げてきた、大人物だとみていた人間。
その主人が、会社の利よりも、親族の血の交わりによって動かされた。
男には、そのことがどうしても許せなかった。
「キリアン。ユハナスに言われたのだがな。たしかに、機械理性体はこの上ない価値を持つ、いわば宝だ。だが、その宝を産んだのもまた、儂が宝を与えてもいいと思っているユハナスなのだ。親族の情に駆られているように見えるかもしれぬが、儂は計算を欠かしてはいない。確かにリジョリア・イデス号のAIは、理性を持った。しかし、理性を持ったとはいえ、それはここ最近の事。今後も、あの理性が産まれたばかりのAIには教育が必要となる。と、したとき。それをAIに理性を持たせることに成功した人間に任せる。これはベストではないのか?」
ぐっ、と。男は主人の言葉に詰まる。
「そこまで……。お考えの上で?」
男は、息を苦し気にして。主人に尋ねた。
「それは、そうだろう。聞いてみるが、キリアン。お前は機械やAIに関しては非常に詳しいし、その整備や設定の腕も確かだ。だが、機械知性体に理性を宿らせる事が出来るか? 出来ないだろう? ユハナスは、それをやってのけた。とすれば。そのユハナスに、わが社には唯一の機械理性体を預ける。これはその利点を伸ばすための手段としては、この上ない。先程も言ったが、ユハナスはリジョリア・イデス号の持ち主としては、ベストの人材だと儂は思うのだ」
主人にそこまで言わせて、男は。
ユヴェンハザカンパニーの船舶整備部門取締役の男。
キリアン・サーネガルは、少し悔しそうにだが。
やっと憤りを収めた。
「そう、ですか。ユハナス様可愛さに、目が曇った。そう言うわけではないのですね?」
キリアンは、自分が懸案に思っていた気持ちを吐いた。
すると、主人のトイロニは笑うのだった。
「それは当たらぬ推測だな、キリアン。ユハナスは、実に可愛い孫だ。儂は、あの子には色々としてやりたいが……。それでも、あの子は分家の子だ。直系の孫、アルテムの重さには敵わぬ。重要性と可愛いという意味においてもだ」
「アルテム様は……。今は、ハルネゲルダ星系近隣という、商業の激戦区で相当な健闘をなされています」
「ふむ。アルテムは、優秀というよりも逸材の類の子だ。あの子の、経営思想を聞かされた時。儂は満身の毛が逆立つような感覚を覚えたぞ……」
「……アルテム様は……。私は、ユハナス様は温室育ちの甘い人間だとは思いますが。アルテム様にだけは、何やら恐怖に似た感情を抱いて見ています……」
「あの子は、言っていたな。『自分は必要でないものを買うような愚行を犯す客は軽んじるし、必要なものを買わないという愚行を犯す客はいずれ滅ぶと考える』と。あそこまで商業にシビアなのは、儂の孫が数多く居るとはいえ。あのアルテムだけだ……」
男が憤って主人に噛みつくことで始まったこの一幕は、主人の直系の孫のある意味の『怖ろしさ』の話が話題に上ったことで。
冷めて終わってしまった。
* * *
さて、僕は。
機械理性体になったと聞かされた後のイデスちゃんと。
初めて話すことになった。
「……今までは。タダのAIに過ぎないって。僕をヘルプしてくれて当然の役割を持っているって、思っていた部分もあったから。緊張しなかったけど、アレだな……」
僕は、機械の機能によって僕の面倒を見ていると思っていた、イデスちゃんが。
実は途中からは意志を持っていて、普通の人間と同じように、その好意で以って僕を助けてくれていたと知った時。
すごく嬉しく思うのと同時に、頼りない僕をどんなふうにイデスちゃんが思っていたのか、という事を考えて。
ちょっと怖くなったことも確かだった。
「まあ、独自の理性を持っている、意志を持ったAIだとしたら。情けない男を嫌いになることもあるかもしれない。そうよねー」
なんか。性質の悪いにやにや笑いを僕にぶつけてくるマティアさん。
僕らは、キリアンさんに案内されて、ユヴェンハザ宇宙港でイデスちゃん、というか。リジョリア・イデス号と対談を持つことになって、今までのクルー全員で、宇宙港のドックまで来ていたんだ。
「ふむ……。既にイデス殿が。人と変わらぬ意志と理性を持っているとしたら。それはかえって、ユハナス。イデス殿の心に君と共にいるよりも、惑星の政治や艦隊の参謀。そう言った将来を望む可能性も産む。君は、そのことを重々承知のうえで、イデス殿を口説くんだ。将来の明るい女性に、自分の為にその将来を捨ててくれと頼むに近い。相当な男っぷりを見せなければ、いわばイデス殿は。君に『惚れ直して』はくれんぞ?」
うっが!! そういえば、そう言う事だよな。イデスちゃんに、将来の栄光栄達を捨てて、僕と一緒に来てくれと頼むことは。
そのことをよくわかっている、レウペウさんの言葉が胸にぶっ刺さってきた。
「まあ、ね。私はなーんとなくわかってたけど。イデスちゃん、最初っからユハナス君に、AIとしての役割以上の好意を持って接していたことは。だとしたら、ユハナス君。ここは、君がそれに対しての酬いを。イデスちゃんに見せるところよ。踏ん張りなさいな」
シオンさんには。イデスちゃんには、相当に早い時期から。僕に対する好意があったことが見えていたという。だったら早くそう言う事教えてよ!! 機械相手だからいいとか思ってた部分もあったから! 本当に保護者相手みたいに、僕は今までイデスちゃんに甘えっきりだったんだから!
「ユハナス君~。私思うよ~。大丈夫、イデスちゃんは~。ユハナス君のことが~、大好きだから~」
ルーニンさんの言葉で、少し落ち着く僕。そうだよな、今までイデスちゃんは、本当に僕に良くしてくれた。だから、僕は。
これから、イデスちゃんにそう言ったことの恩返しをしたい。
そうとでもしか、イデスちゃんを口説く手段はないような気がする僕だった。
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