34.ナビドールも仲間。そういう意識
「……なるほどね。イデスちゃんの価値がそんなことに……」
シオンさんは、ソファーに座って緑茶を飲みながら。大きく息をついた。
「機械知性体など、幾らでもいるのが。今の科学万能のこの宇宙だが……。イデス殿は、その上を行く機械理性体に、か。なってしまったんだな、ユハナス」
レウペウさんも、また。ソファーに腰かけて緑茶をすする。
「関係ないじゃん!! イデスちゃんは仲間よ! 私たちの仲間! 幾ら価値が出たからって、元々おじいさんに貰ったものだからって! 手放したりしないよね? ユハナス君!!」
マティアさんが、激しい熱情、激情を迸らせて叫ぶ。
「わたし~……。イデスちゃんがいなくなるの~、やだよ~!!」
半泣き状態のルーニンさん。そうだよ、そうだ。
僕らは、どれくらいイデスちゃんに助けられてきたか。
イデスちゃんは、いつだって献身的に。
どれだけ僕らを支えて来てくれたか。
それを考えれば、そうだ。
薄情に、縁を切る事なんてとてもできない。
イデスちゃんは今後、僕らとの縁を切った場合だけど。
惑星一つを任される政治顧問や、星系宇宙艦隊を一つ任される戦略顧問の座に就けるかもしれない。でも、だ。
僕だって、バカじゃない。キリアンさんから、イデスちゃんには自分の意志が芽生えていると聞かされればなおさらに。
彼女が今まで僕に。僕らに向けてくれた好意を、無下に切るわけにはいかないし、切りたくもない。
一回、聞いてみよう。イデスちゃんに。
僕らとともに行動するのと、AIとしての大きな役目を持つ、いわば栄達。
イデスちゃんはそのどちらを望んでいるのか、という事を。
僕はその決心を決めると、携帯端末を取り出して。おじいちゃんのプライベートの方の携帯端末に連絡を入れた。
コール音が、しばらく続き。向こうが出れないときのコール数が刻まれたと思った時。
『ユハナスか。どうした? 電話でなど』
おじいちゃんが通話に出た。
「おじいちゃん。実は、リジョリア・イデス号の事なんだけど……」
僕がそう言いかけると、おじいちゃんは罪のないながらも喜んだ声で笑った。
『そうだ、キリアンから話を聞いたぞ! でかした、ユハナス!! まさか、機械知性体を機械理性体にまでレベルアップしてくれるとはな! どうやったかはわからんが、お前はあの船の価値を著しく上げてくれたぞ!!』
あー。喜んでるよおじいちゃん。こりゃまさか……、だよなぁ。
「おじいちゃん、リジョリア・イデス号の事……」
『ああ。高値が付くぞ! お前は優秀だな、ユハナス。船一隻で宇宙に旅立って。自分なりの商法で、財産を築き。その上に、儂から借りて行った船を高機能化させてくれるとは!! お前は、この儂の自慢の孫と言っても差支えない!』
「えっと、やっぱりなんだけど。リジョリア・イデス号は売っちゃうの?」
『無論だろう? AIナビドールのイデスが機械理性体になった。となれば、その頭脳や理性は、一船舶のコントロールをすることでは満足もしないし、能力の無駄遣いとなる。然るべき場所で、然るべき仕事を為せるように、この私が手配をする』
「……おじいちゃん」
『……どうした? ユハナス。浮かない声だな?』
「リジョリア・イデス号を。かえしたくないって、僕が言ったら?」
僕が、電話口でそう言うと。
『……船に情けが、移ったか。ユハナス……』
何やら、僕の心情を理解していそうな口調でそう言った。
「わがまま、言っていることはわかってるんだ。それに、リジョリア・イデス号の価値は以前とは全然違う。はっきり言って、キリアンさんの説明を聞く限りじゃ、僕が今まで稼いだ財産を全部支払っても。買い取れやしないだろうってことはわかる……。けど」
『そうだ。けど、は余計だ。お前の財産などで、機械理性体を購う事は出来ない。お前も商人の家系の男だろう? 取り引きをするには、欲しいものを手に入れるには。対価が必要になる。その対価が払えない以上、欲しいものは手に入らない。当然の話で、商道徳の話でもあるぞ? そんなことは承知だろうに』
「うん、わかってるよ。でもね、おじいちゃん」
『なんだ? ユハナス』
「リジョリア・イデス号を機械知性体から、機械理性体に。レベルアップさせた報酬を、僕はまだおじいちゃんから受け取ってはいない。それに、おじいちゃんはリジョリア・イデス号を僕に貸した、と言っているけれど。僕はおじいちゃんがくれた物だと思っていたから、懸命にイデスちゃんを育てたんだよ? その手間と成果に。おじいちゃんはどう報いるつもりなの?」
さて、僕の最後の言葉は、実は嘘だ。僕は、イデスちゃんやみんなと共に行動はし続けたけど、みんなにもイデスちゃんにも。
育ててやっている、なんてことをしたこともなければ、考えたこともない。
だけど、この際。こうでもいわないと、リジョリア・イデス号はおじいちゃんの手によって、それなりの場所と役割を持たされるとはいえ。
売り飛ばされることになってしまう。
僕としては、それは避けたい。これは僕の仲間みんなの意志だし、僕の意志でもある。だから、おじいちゃんに対しては。
リジョリア・イデス号が機械理性体になったのは、僕と僕らの教育の結果だ、と言い張ることにしたんだ。
すると。
おじいちゃんは電話の向こうで高らかに笑い始めた!
『わはははは! 愉快だぞ、ユハナス! お前も言うようになった!! それでこそユヴェンハザ家の男だ!! 欲しいものを手に入れようとするとき! 対価が無ければ話術でねじりこむ!! 交渉こそが、商売手腕の全てと言ってもいいほどに!! その交渉会話術は大事だ!! お前にならば、任せられる!! リジョリア・イデス号は、本当にお前にくれてやるぞ!!』
あ、こりゃ。
おじいちゃん、こっちの手の内全部わかってるな。
でも、交渉をすることの大切さと、僕の切った言葉のカードの強さを認めて。
おじいちゃんは今度は僕に対して、ユヴェンハザ家の男子の15歳の独り立ちの時の為に。代々使われてきた、リジョリア・イデス号を僕にくれると言ってくれた!!
交渉って、してみるもんだ。
しかし、おじいちゃんは最後にこう言った。
『ただしだ。リジョリア・イデス号が。それを望んだ場合に限るぞ』
と。
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