33.ナビゲーションドールに芽生えた、意志

「つまりだ。普通の船舶やAIのようには、使い手の言う事を素直に聞かなくなることもあるようになる。その可能性が出てきた。私はそう言っているんだ」


 キリアンさんは、続ける。リジョリア・イデス号のAIが、理性というか自分の意志を持ち始めたことに対しての話だ。


「……イデスちゃんが、意志を? 持っているって……。仰るんですか? キリアンさん」

「それと思わしき行動は? ナビゲーションドールが取っていなかったかね? ユハナス君」


 思わしき行動……。

 

 僕の成長に、嬉しそうな顔をしていたこと。


 やたらと僕に、手作りのご飯を作って食べさせてくれること。


 一緒にご飯を食べないかと勧めたときに、泣いたこと。


 判断に困ったときに、僕に意見はするけど、僕の決定を待つこと。


 僕が落ち込んでいるときに、そっとそばにいてくれること。


 それに。


 目標を失っていじけている僕に、指示に従うような順々とした態度なのに。


『しっかりしてください!!』


 とでも言わないばかりに、皮肉と力づけをしてくれたこと。


 あれらは全部、船のAIやイデスちゃんが、計算で行っていたことではなく。

 自分の意志で、僕にぶつかって来てくれた。

 その結果の行動だったのか!!


「キリアンさん……。船が、意志を持ってしまった場合。理性を持ってしまった場合。そのAIは、どうなるんですか? 初期化処理されて理性を消されてしまうとか、メモリーデータを廃棄されるとか……?」


 僕は怖くなった。イデスちゃんがいなくなる。僕は実際もう、そんなことが起こったら耐えられないという、確かな自覚があった。


「そのような、もったいないことはしない。実は、時々あるんだよ、機械知性が意志を持つことは。その際には、その知性を持つAIの思考部分は取り外されて」

「廃棄、ではないのですね」

「だから。それはもったいないといっているんだ。用いられ方としては、惑星の政治顧問や星系軍の戦略顧問。そんな役割を負って、惑星上の機械知性の中央部品になったり、星系軍の宇宙戦艦隊旗艦の機械知性体として据えられたりすることが多いな。いわば、価値が上がってしまっているわけだ」

「では……。僕がイデスちゃんと共に旅を続けることに対しての影響は?」


 キリアンさんは、額を親指でとんとんっと叩いて。それから口を開く。


「トイロニ総帥が。会長が、どう判断をするか。機械知性体の上を行っている、機械理性体というのは、実に希少で貴重で。もし、売ったとしたら、とてつもない利を産む。総帥が、このリジョリア・イデス号を君から取り上げる可能性も、無くはないといえる。それほどの、貴重なものなのだよ、機械理性体とは」


 そうか……。もともと、リジョリア・イデス号は僕が独り立ちするにあたって、おじいちゃんから与えられたもの。それを元手にいま、普通に数十隻の宇宙商船を揃えた商船団を組めるくらいの資産を手に入れた僕からは。

 新しい価値を得てしまったイデスちゃんは、取り上げられる可能性もある。


「おじいちゃんは……。なんていうかな……」


 僕がそう言うと、呟くと。キリアンさんはメガネを押し上げてボソッと言った。


「あのお方は……。親族にだから甘い、というところはなかったはずなのに。何故ユハナス様の事を妙に気にかけているのか……。孫など、それこそ幾らでもいると言うのに……」


 聴こえるか聴こえないかの、声の大きさだったけど。

 キリアンさんは、何か不満そうだった。


   * * *


「ここ、いい部屋ねぇ。ね、ユハナス君。君のお家、ホントに超ド級のお金持ちなのね!!」


 ドアを開いてはいると、マティアさんの声がした。

 僕が、おじいちゃんの宇宙港で話している間。宇宙港内のホテルの一室で、僕が来るのを待っていた、マティアさんや、レウペウさん。ルーニンさんにシオンさんがその部屋の中でくつろいでいた。


「ああ。この宇宙港は。丸ごとおじいちゃんの物なんだ」


 僕はそう言って、部屋の電気ケトルに水を入れて、沸かし始めた。


「さっき、ご飯頂いたわよ。とんかつ膳に、ホタテ貝柱のフライ。もう、すごく美味しくて! ユハナス君、あなた。幼いころから、こういった食生活なの?」


 なんだろうか? 食べたごはんの味を、思い出しているのか。シオンさんが頬っぺたを両手で覆って、幸せそうな顔をしている。


「まあ、このホテルは。料理人の腕がいいからねぇ……」


 そんな風に僕が言いかけると。


「何やら悔しかったぞ? 俺も、ユハナス。君との仕事で外食を手掛けて、相当に料理が上手くなったと自負していたのに。このホテルで食べたカツオのたたき膳の味は、これは敵わんと思わされた……」


 無念といった顔のレウペウさん。まあ、僕ら。半外食業を仕事で手掛けているせいで、食べ物分野には相当の価値を認めているからな……。


「野菜が~、野菜が~、やまいもも~!! すごく美味しかったの~!!」


 ルーニンさんは、このホテルの食事で出てくるフレッシュベジタブルの山芋ソースサラダをたべて、カルチャーショックを受けたという感じだ。


「あのさ、みんな。食べ物のことはさておいて……」


 僕は、みんなが食べ物で幸せになってる中でも。

 一人沈痛の思いが取れなかった。


 だから、みんなに。

 リジョリア・イデス号の変化と、イデスちゃんの身に起こるであろう、これからの事。


 それを話してみることにしたんだ。

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