24.みえないきっかけ、なにかのきっかけ

「おいおいおい! 最近どうかしているぞ、ユハナス商団長!!」


 フードFLStの厨房で。ニシンそばを大量に盛り付けしながら、レウペウさんがそう言った。


「? 僕が最近おかしいって? どういうこと、レウペウさん?」


 僕は、その突然の言葉に戸惑ったけど、レウペウさんの言葉には続きがあった。


「どうかしてるというのは、商団長の事ではなく。この店の込み具合、いや、繁盛具合か。客の回転が速すぎて、休む暇がない。嬉しい悲鳴というものも出る」


 ざざっと、お湯から上げた蕎麦の麺をざるで湯切りして、丼にどんどんと放り込むレウペウさん。上から、かえしとあったかい出汁を注いで、味の濃度調整。そこに小口切りのネギをパラパラと散らして、仕込んであった身欠きにしんを片身ずつ載せていく。その上に、細切りしょうがをちょこんと乗せて、ニシンそばの完成。

 結構手間的には楽なメニューだけど、身欠きにしんが美味しくないとどうにもならないし、麺が伸びたり固かったりしても、また蕎麦料理はおいしくない。

 ちなみにこの蕎麦、ルーニンさんの手打ちだったりするので、一日単位で言えばそんなに多くの在庫はないんだ。

 ところが、それがかえってレアリティを持って価値が出たのか。

 最近はこのニシンそばを食べに、わざわざ宇宙船を出してこの宇宙街道沿いの店に食べにくるお客さんも少なくない。いや、かなり多くなっている。


「ユハナス君ー。またニシンそばの注文入ったけど。在庫あるの?」


 ウェイトレス姿のマティアさんがホールからデシャップスペースに入って来て、そこから洗い場越しに僕に聞いてきた。


「え? 確かもうないよ?」

「はいはい了解。この店がニシンそばを切らすのは、お客さんみんなもう知っているから。丁重に謝っておくね」

「ごめん、伝えるのが遅れた」

「そんだけ狂乱して忙しい厨房が。それくらいのミスするのは承知の上よ」


 マティアさんは、なんていうか。ウェイトレスとしての能力が凄く高い。まあ、究極の接客業を幼いころから強要されてきたんだもんな。そりゃ、接客度胸もつくってもんだけど、なんだかそれはちょっと痛々しい度胸の付き方だよなって。僕は、思ったから。

 童貞はあげないけど、お給料を少しベースアップしようかな、とか考えていた。


「天麩羅盛り合わせ膳に、釜揚げうどん。山菜ごはんと肉じゃがの定食。ウナギのお重も入ったわよ、レウペウ君にユハナス君」


 シオンさんがホールに出て行ったマティアさんと入れ替わりになって、デシャップスペースに入ってくる。そして、そうオーダーを伝えてきた。

 そう、ハンディオーダーで、注文は口頭でなくとも伝票で伝わっては来てるんだけど、この口頭と仕事中に顔をよく合わせるようなシステム。

 僕はそれを頑なというほどに守っていた。

 だって、僕らは機械じゃなくて人間だから。顔色や口調などで、店の様子も店のみんなの体調も分かるし、それに。

 ホールの二人はお客さんとじかに接しているので、味の好みを聞いてくるといういいアドリブもしてくれる。

 そのおかげで、お客さんアンケートではこの店はかなりいい結果を持ってるし、時折うわさを聞き付けた星間インターネットのインフルエンサーとかも来店して、この店の紹介動画を打ってくれたりする。

 で、まあ。この店の知名度はめきめき上がっていて、それに伴ってちょっとした問題が起こっていたので、僕は先日ある決心をした。


「店員、増やさないと。僕ら過労死するよね、コレ」


 僕が、リジョリア・イデス号の船内でテーブルルームにみんなで集まって遅めの夕食を取っているときに。そう切り出すと、みんなは一考の余地もなく頷いた。


「私とシオンさんだから、辛うじて回せているようなものの。普通の人間だったらパニクッてる仕事量よ? 連日連日ね」


 マティアさんはそう言うし。


「万一誰かが倒れたら。非常にまずいわよね、これ。人材層が薄すぎるわ」


 シオンさんもそう言った感じに言う。


「俺も気張ってはいるが……。この店のラッシュ時の忙しさは戦場並みだぞ?」


 レウペウさんは厨房の忙しさを戦場に例える。


「だよねえ……。僕も最近、だいぶ体重が落ちてるんだ。無茶してるのは承知だよ」


 僕はそう言って、テーブルの上のイカフライリングを口に入れた。イデスちゃん謹製。美味しい。


「……お店、繁盛しすぎ?」


 イデスちゃんの隣で、オムライスを食べていたニール君がそんなことをポソッと言った。


「ん? ニール君。心配することはないぞ。店を経営している側にとって、店は繁盛すればそれだけ儲かって嬉しいものだからな。ただ、皆忙しすぎて少し疲れているだけだ」

「……うん。少し加減したほうが……いい?」

「? 何を言っているんだ? ニール君。意味が分からないぞ」

「……いえ、なんでもない……」


 レウペウさんとニール君のやり取りは、みんなが聞いていて。

 それでも誰一人として、ニール君の言っていることは理解できない。無論、僕にもだ。


「さってとー!! まずは、女性陣がお風呂貰っていい? 昨日は男性陣が先だったから!」


 みんなが食事を終えたとき。マティアさんが、宇宙船内のお風呂の使用順を聞いてきた。


「……まあ、男を立てる必要というものは、女が家事をやって男が外で働いている場合くらいなものだからな。俺は構わんぞ。ユハナス君、今日は女たちが先でいいか?」

「いいよ、別に。垢が浮いた風呂に入ることにはならないから。この船の清浄機能は高いからね」


 僕とレウペウさんがそう言うと、シオンさん、マティアさん、ルーニンさん。それに、イデスちゃんがいそいそと入浴準備を始めた。


   * * *


 女性陣がお風呂に入っている間、レウペウさんと僕、それにニール君は。テーブルルームでルーニンさんの自信作のサヤエンドウを茹でたものに七味唐辛子をかけたマヨネーズをつけたもので食べながら、少し話した。


「なあ、キャプテン。いや、商団長か」

「ん? なんですか、レウペウさん」

「皆で働いて、皆で稼いで。皆で生活をするというのは、実にいいものだな」

「はい。僕も、三年前までは。自分で稼いで自分で食べることが、こんなに幸せだとは知らずに、実家の甘い環境で呆けかけていましたよ」

「ふむ。してみれば、君の家の家訓。15歳で独り立ちをさせるというのは、実に現実に即しているものなのかもしれんな」

「ええ、僕も今になれば。そう思います。最初おじいちゃんに言われたときは、絶対無理だと思ったんですが。やればできると言う事が分かってきました」

「そうだな。戦場でもそれは同じだ。臆していては全くできる事はない」

「はい。しかし、厨房が戦場ですか。レウペウさんは面白いたとえを食事の時になさいましたね」

「実際の、気を抜けないところと人数的な無理があるところは。まさに戦場だぞ?」


 レウペウさんはそう言って笑った。


「まあ、それでは苦しすぎるようになってきたから。新規で店員を雇うのだろう? ユハナス商団長?」


 そう言う言葉で締めたレウペウさんに、僕は頷いた。

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