23.どうやらこの子。そういう境遇

「あー……。よくあるんですよ、店長さん。こういう捨てられ方をする子供は」


 結局、僕は。ニール君が嫌がっていたけれど、イデスちゃんの宇宙船で近くの星の警察署まで出向いて、ニール君がウチの店に一人で現れたことを話した。

 リジョリア・イデス号の中でイデスちゃんがニール君をあやしていて、僕はエアロックで警察官と話していてそのような言葉を受け取った。


「どうしますか? 店長さん。迷惑でしょう? いきなりどこの誰の子供ともわからない、小さな子供があらわれては」


 警察官はこういう事の処理をしていることが多いんだろう。乾いた声でそう言った。


「おそらくその子、密入星系国者の子供ですなぁ……。行方不明の子供はまあ、結構いるんですが。生体データや他諸々の条件が捜索願が出ている子供達とは一致しない。あなたのお店は宇宙街道沿いのお店と聞いたので、まあよくある話だと。おそらくはこれは親が密入星系国者で、それが発覚して。逃げるにあたって子供が足手まといになり、街道沿いの店先に置き去りにして逃げる。後はお優しい方々が育ててくれるさ、という頭の悪いお花畑発想でね。そう言った事例の一つですよ」


 さらに、このようにも言う警察官だった。


「……密入星系国者の子供ですか……。それで警察を怖がっていたんですね」

「そうですなぁ。我々も治安上、密入星系国者には厳しく当たって検挙して。本来の国籍がある星系国に強制送還しなければならない。ただ、彼らも賃金が高い星系国に密入してくれば稼げるという、質の悪い連中の口車に乗せられて来ているので、母星系国では密入するための準備金と称する大きな借金を抱えていることが多い。その為に、警察の追及を逃れて、なんとか豊かな星系で生きようとするのですが。それは法の上では到底認められることではありません。荒っぽく当たる、警察の者もいる。そのような者に半分脅されて家族で逃げまわっていれば……。当然その子供のように警察は怖いものだと思い、怯えるようになる。仕方のない事ですよ」

「……仰ることは。わかります」

「まあ、警察にご協力ありがとうございます。その子供は引き取らせていただきますよ」

「はい。それが筋ですが……。この子供の行く末、どうなります? 数日間ですけれど、共に過ごしてみて。光り輝かんばかりな天使のように素晴らしい子だとは思いませんでしたが、いい笑顔を時々浮かべる、優しい心を持ったいい子だなとは思い始めたんです」


 僕がそう聞くと、警察は凄く事務的に答えた。


「孤児院か、孤児教育施設に収納されることになりますね。この形になってしまうと、もう親の足跡もない。かといって、生きるに困らせてやたらな犯罪に走られるのもまた拙い。最低限の生活保障と、将来は末端労働者ぐらいにはなれる教育を与えるぐらいのことは、この星系でも福祉としてやっていますよ」


 なんだろうか。僕の心に引っかかるこの気持ちは。

 警察官の言う事は、本当に尤もだと言う事はわかる。

 でも、この子。ニール君が密入星系国者の息子だとしても、その咎は両親にあり、この星系で産まれてしまっただけのニール君にはない。

 でも、孤児の立場に落ちてしまったニール君は、孤児院や孤児教育施設に収容され、ある意味では将来は末端労働者になるしかないという、閉じた未来しか待っていない。

 そう思った僕は口を開いていた。


「将来は、末端労働者になるしか……。ないんですね」

「そこですか、店長さん。貴方、優しいのですね。しかし、星系の財源も無限ではない。それに……。もし、我が星系に子供を産み捨てにしたら、その後は手厚く生活の面倒を見て、なおかつ。良い仕事に付けるだけの教育を与えている、などと言う事が貧しい星系国家に知れたらどうなるか。わかりますよね、店長さん?」


 そう。警察官の言っていることは、全くもって尤もなんだ。

 仮にだけど、この星系が。捨てられた子供を手厚く面倒を見て、将来も明るく過ごせるようにしていると言う事が知れたら。

 周辺の星系から、邪魔になった子供を捨てに来る連中がそれこそ山のように現れる。それもあって、孤児に厚遇を与えるわけにはいかないというのは理屈上はよくわかる。

 ただ、心情的には全くついていけないとしか言えない。

 親の責任なんだ、全部。親の責任で与えられた環境で、子供が苦しむ。

 僕は学校をジュニアハイスクールまでしか行ってなくて、おじいちゃんから宇宙船を与えられて。それから自活の道を3年間歩んできた。

 おじいちゃんは、自分の会社の名前はあまり使うなと言っていたけれど、いざという時にはその名前を出して身を守れと言ってくれた。

 つまり、僕の自活は経済面だけであり、後ろについている勢力によって。

 不当な扱いを、この宇宙でされることから免れていたという訳なんだ。


 でも、このニール君にはそれはない。

 それどころか、無責任に感じられる親の負の遺産のせいで、将来が暗く閉じていく。

 これはいけないよ、本当にいけない。

 そう思っても、この星系に待遇改善を乞うわけにもいかないことはよくわかる。

 そこまで分かった時、僕はもう口を開いていた。


「警察官さん。この子を僕らが私財で面倒を見ることに支障はありますか?」


 と。

 僕らは、商売が上手く行っていることもあって、経済面ではほぼ全く不足や不満を抱えていない。

 ニール君一人が成人するまでの面倒を見るなんて、ある意味容易いことかもしれない。

 少なくともこの時僕はそう思って、このような事を言った。


「……それは、とてもありがたい申し出です。孤児院で子供一人にかかる費用もバカにはならない。戸籍やそう言ったことの手続きをして下されば、特に支障や問題はありませんよ」


 うん、そうだよな。これが、今のベストだ。

 僕は、こういう不遇な環境に置かれた人間を放って置く気には、全くなれなかった。


   * * *


「ほう。この子供を育てるのか。いい目をしている子供じゃないか。少々の怯えがあるが、そう言ったものは武を鍛えれば消える」


 僕がイデスちゃんの船で小惑星FLStまで戻って、いきさつをみんなに告げると。

 まずはレウペウさんがそう言った。


「可愛いわねー、ニール君って言うんだっけ? 黒髪おかっぱ、サラサラじゃん!」


 マティアさんは、ニール君の頭をわしわしと撫でる。たしかに、ちゃんと清潔にしてきちんとした服を着たニール君は可愛い感じだ。


「ユハナス君。良く引き受けて来たわね。私は、君がそうだから君と一緒に働いているのよ?」


 そう言ってふっくらと笑うシオンさん。なにか、視線がすごく柔らかくて優しい。


「このこに~。はたけのおしごと~、おしえてあげるよ~♪」


 ルーニンさんも、ニール君の近くに来て。マティアさんと一緒に頭をなでる。


「ユハナス様。私、ちょっとウルっときてしまいましたわ。私たちの商団長で、私のキャプテンは。本当に優しい方なんですねって」


 イデスちゃんが、目尻の涙滴を指でこすっている。いや、そんな風に感動されると……。


「心のままに動いただけだよ。甘い奴だと言われるかもしれなかったのに、そんな風に言ってくれるなんて。照れちゃうってば、イデスちゃん」


 僕は、イデスちゃんにそう言うのだった。

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