16.メガネっちゃんのお家

「ほんとに~? ほんとにいんげんまめ、ぜんぶかってくれるの~?」


 さっきまでの泣き顔はどこへやらで。にこにこにこにこ笑うルーニンさん。


「うん。船に持って帰って、タイムシーリングをかければ。腐らないからね」


 僕はそう言うと、借りたトラックを回してきたレウペウさんとマティアさんに、支払いを済まして買い取った、ルーニンさんのインゲン豆を預けて。船に持って帰ってくれるように頼んだ。


「船長。こんなに大量に豆などを買って。どうするんだ?」


 レウペウさんが、首をひねって聞いてくるが。


「先行投資だよ。代金はこのルーニンさんとの契約金の一部だと思えばいい」


 僕はそんな風に答えた。


   * * *


 レウペウさんとマティアさんに豆をもって先に船に帰ってもらい、僕とシオンさんは電車で二時間のあとに徒歩で二時間という場所にある、ルーニンさんの実家に向かうことにした。むろん、インゲン豆を全部売り終えたルーニンさんと一緒に。


「あら~……。わたしに友達になってって。言ってくる人なんて、すごい久しぶり~。うれしい~」


 ニコニコ笑って。電車の席で、でっかい手作りおにぎりを僕とシオンさんに分けてくれるルーニンさん。


「あら、おいしそー」


 シオンさんはそういって、おにぎりにかぶりつく。


「僕も食べよ……」


 僕もおにぎりにかぶりつく。むむ!! これは!!


「昆布と高菜のばくだんおにぎりだよ~。おいしいよ~」


 ルーニンさんも、おにぎりにかぶりつきながらそう言う。たしかに、煮昆布と炒め高菜がたっぷり入っている。こりゃ旨いぞ。


「それで~? 私の家に来たいって、来てどうするの~?」


 水筒の麦茶を、僕らに出して。自分の分も淹れるルーニンさん。


「うん。僕らは、ルーニンさんとの契約を結びたいからね。ところでルーニンさんって、インゲン豆以外の作物は育てられる?」


 僕がそう聞くと、ルーニンさんはおにぎりで頬っぺたを膨らましながらも、頷く。そして、お茶で口の中身を流し込むと答えた。


「お金にする売り物はいんげんまめだけど~。お父さんやお母さんのたべるお米とか、野菜とかを作るのは~。私の仕事だから~」


 ん? お母さん?


「ルーニンさん? お母さんは確か、疫病でお亡くなりにと……?」

「うん。ぐすっ。お母さんが死んじゃったら、三日後にお父さんが連れてきた人。お父さんが新しいお母さんだって。ルーニンもおかあさんだと思って、良く言う事を聞けって言われてる人がいるんだ~……。あっふ~……」


 あれ? いわゆる継母ってものかな? そう僕が聞こうとしたら。

 おにぎりを食べ終えたルーニンさんは。行商で疲れたのか、電車の席でくーくー寝てしまっていた。


   * * *


「なんでっ!! バスも通ってないのよここっ!!」


 キレ声をあげるシオンさん。電車を降りての徒歩行。もう1時間も歩いている僕ら。軽装の僕はともかく、司祭服を着換えないで来たシオンさんは、ローブ仕立てのその服が身体に絡んで歩きづらいそうな。


「もうはんぶんきたよ~」


 空っぽになって軽くはなっているが、豆を満載したら酷く重いだろうと思われる背負子を背負って、僕らを先導するルーニンさん。まあ、当然だろうけど歩きなれている。

 周辺は、高速鉄道で都市部から二時間も移動したので、すっかり農村田園模様。ここら辺の土地は、随分豊かそうだ。確かにここでならば、あのおいしかったインゲン豆も育つだろうなって思えるような土質の良さが。なんとなく僕にも感じられた。


   * * *


「あそこだよ~」


 さて、ようやく着いたみたい。ルーニンさんが指差す先には、まあ結構立派な農村家宅があった。本宅と納屋に分かれている形式のお家だ。


「おとうさ~ん。ただいま~……」


 僕らを前庭に待たせて、本宅の玄関を叩くルーニンさん。

 すると、玄関がいきなり開いて……っ!!


「ルーニン!! てっめぇ、豆が全部売れるまで帰ってくるんじゃねえって言っただろうがっ!!」


 こめかみに青筋を浮かべた、神経質そうな痩せて背の低い男が。

 いきなり飛び出してきて、ルーニンさんのお腹に蹴りを入れて来たっ!!


「ごむっ!! ごほっ!! ごうっ!!」


 変な声を出して、呻くルーニンさん。あんな風に強い蹴りがみぞおちに入ったら。そりゃ苦しいだろう……!!

 というか。

 その目の前で起こった事に、僕はプッツン来た。

 前情報もいろいろあったし、多分間違いない。このルーニンさんを蹴った男が。


 ルーニンさんを苦しめている元凶の毒父に違いない。


「シオンさん。これは……」


 ルーニンさんの髪を掴んで、お腹や背中にどんどんと蹴りを加え続ける、父親らしき男。酷い。こんなのは酷い!!


「……ユハナス君。ボコってきていいわよ。君だってお坊ちゃんだけど体格は悪くないし。あんな小っちゃくて貧相で気品のかけらもない暴虐男。片付けられるでしょ?」


 見れば、シオンさんは眉間に凄い皺を寄せている。やはり不快なんだ、あの男の酷い所業は!!


「うええ! うえええん!! お父さんごめんなさいごめんなさい!! いんげんまめが全部売れたから帰ってきたの~!!」

「嘘つくんじゃねぇ、この知恵遅れのどん臭い娘がっ!! 俺はちゃんと日数を数えてるんだっ!! おまえが街に出て、まだ三日じゃねぇかっ!!」

「ほんとだよほんとだよほんとだよ~!!」

「嘘を吐くなぁ――――――――!!」


 そんな風な様子で。男がさらにルーニンさんを蹴ろうとしたので……。


「おい。いい加減にしろよ? カビた大豆みたいな顔しやがって!! ルーニンさんから手を離せっ!!」


 そう言いざまに、僕はその男の横っ面を殴りつけた!!

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