15.農業師のメガネっちゃん

「……いんげんまめ~」


 惑星セルベルトアのニーディット市。そこの、野菜市場。


「……いんげんまめ~。やすくしとく~……」


 野菜市場の一角の露店に女性がいる。酒場で聞いた、インゲン豆を売っているメガネの女の人。ルーニンという人は、多分この人なんだろうけど……。


「そこの~。身なりのいい商人さん~。いんげんまめ~……」


 うわっ! 陰気な声で客引きをしていた、そのメガネ女性が。いきなり頭の向きをこっちに向けて、怨念でも放ちそうな声で言ってきた!


「あ、あの。ちょっとお聞きしたいことが……」


 僕とシオンさんが近づいて、話を聞こうとすると。


「試食ね~。ゆでたいんげんまめ~……」


 そう言うと、茹でインゲンマメの乗った試食用トレイを。こちらにぬずい、と突き出してくる。


「マヨネーズ……。あるよ~」

「い、いや、インゲン豆よりも大切な話が……」


 僕が、この失言をした途端に!!


「いんげんまめよりも……? いんげんまめよりも大切なことなど、ない~~~っ!!」


 わあ!! 女性がいきなりブチ切れて!! 僕とシオンさんの口に、茹でてマヨネーズをかけたインゲン豆を放り込んできた!!


「おいしい?」


 僕とシオンさんが、口に放り込まれたのでモグモグやって。ごっくんと飲み込むと、女性は元のテンションに戻って、そう聞いてくる。なんだこの人? ちょっとヤバ目の人なのかな?


「……! シオンさん、これ……!!」

「うむー……! 美味しいわね、たかがインゲン豆なのに!!」

「たか……が?」


 僕とシオンさんが、インゲン豆の美味しさにびっくりしてそう言うと。インゲン豆売りの女性は、一瞬ぴくっっ! と目を怒らせたが。落ち着いて聞いてきた。


「それで~。いんげんまめ、何袋買ってくれる~の~?」

「い、いや。インゲン豆よりも話を聞いてほしいかな、なんてさ……?」

「いんげんまめ買わないなら、話聞かないよ~……」


 僕は、その一点だけは絶対に譲りそうにない、インゲン豆売りの女性に。困っているとシオンさんが僕に耳打ちをしてきた。


「こういうお仕事の子はね。目の前の事を済ませないと動かないのよ。いいじゃない、買って帰ってイデスちゃんに調理して貰いましょう」


 シオンさんがそう言ったので。僕は懐からマネーカードを取り出した。


「二袋。頂戴」

「は~い~な~♪ まいど~あ~り~♪」


 さて。インゲン豆売りの女性は、やたらつやっつやのインゲン豆を二袋僕らに渡すと、僕から受け取ったマネーカードを携帯端末でスキャンして、決済を終えた。


「では、話聞いてくれますか?」


 僕がそう聞くと、女性は頷いた。そして、持っていた水筒からあったかいムギ茶を僕らに出してくれる。


「いいよ~。なに聞きたいの~?」


 そこで僕は、シオンさんとバトンタッチ。シオンさんにこの女性を口説き落としてもらって、仲間に入って貰うつもりだった。


「あなた、ルーニンさんと仰るんでしょ?」


 シオンさんが酒場で聞いた名前を言ったので。女性は目をぱちくりとさせた。


「そうだけど~? なんでわたしの名前~?」

「腕の立つ農業師と、聞いて参りました。私たち、この星系で小惑星を買って農業を行おうと思っているのですが。ぜひ、あなたの知恵と力と技術をお貸しいただきたいと思いまして……」


 ルーニンさんで間違いない女性は、即座に首を横に振った。


「だめよ~、だめ~。わたしがいなくなったら~、お父さんの畑、誰が耕すのよ~?」

「お父さんと、一緒に畑仕事をなさっているのですか?」

「ちがうよ~。お父さんは畑の持ち主で~。私は小作人だよ~。お父さんは働かないの~」


 それを聞いて、僕は首を傾げた。

 ルーニンさんのお父さんという人は、娘のルーニンさんを家族としてではなく、小作人として使っている? どういうことだろう、と。


「今は、小作人という事ですか? ゆくゆくは田畑を譲り受けるということで?」


 シオンさんが踏み込んで聞く。


「ちがうよ~? お父さんは、私に土地を貸してくれる代わりに。上がりの8割を持っていく約束なの~」


 おいおいおい! なんだろう、絶対におかしい!! 僕がまだ十五歳でも、それはわかる。実の娘に働かせて、自分は地主で。働かないで上がりの8割を持っていく? これって……。


「シオンさん、ちょっと」

「うん、ユハナス君。私も思った」


 僕はシオンさんに耳打ちした。


「ルーニンさんのお父さんって。毒親ですよね?」

「そう言う事だと思う。このルーニンさん、野菜育てる腕はあるけど、ちょっとぱやぱやしてるし。呑気な感じもする、そこを突いて、あんまり性質の良くない父親が酷使をしている。そんな印象を受ける話ね……」


 僕らがいろいろ話している間も。ルーニンさんは罪のない笑顔でニコニコ笑っている。そんな感じなので、こんどは。僕が聞くことにした。


「ルーニンさん。人のお家の事情に首を突っ込むようで申し訳ないのですが……」

「ん? な~に~?」

「ルーニンさんのお母さんは、お父さんとは離婚されたんですか?」


 僕がそう聞くと……。ルーニンさんは突然ぼたぼたと大粒の涙を落とし始めた。


「おか~さん……。流行り病で……。私が子供の頃に死んじゃったよ~!! うえ~! うえ~!! うえええええええええんんん~~~~~!!」


 あ、まずい。

 周りの目が集まってきた。


 ルーニンさんは、周りの目を気にせずに泣き続ける……。

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