14.大きなお買い物をする前に

 僕らは、アルアテラギ星系から離れて。

 ここらで最も大きな宙域を治める星系である、クーリアドッツ星系に訪れていた。

 何をするためかというと。このクーリアドッツ星系には、サイズ不足で惑星や衛星になり損ねた小型天体である、小惑星が沢山あって。それを一つ買い取って農耕拠点にするためである。


「クーリアドッツ星系の首都星って。どこなの? イデスちゃん」


 船のブリッジで僕がイデスちゃんに聞くと、答えが返ってきた。


「第七惑星のセルベルトアですね。恒星からの距離が生物生育に適しているのは、このクーリアドッツ星系では、第六、第七、第八の惑星群です。その中で最も熱量吸収と放熱冷却のバランスの取れた第七惑星セルベルトアを首都星にしている模様ですね」

「そっか。ありがとう、イデスちゃん。小惑星の物件案内も、購入手続きも。その首都星じゃなくちゃできないもんね」

「そうなりますね」


 僕とイデスちゃんがそう話していると。

 僕の頭をシオンさんが杖で軽くたたいた。


「ユハナス君。小惑星を手に入れるだけじゃ、農耕は出来ないじゃないの」

「え?」


 謎のような事を言う、シオンさん。


「いえ、勿論。種や苗や農耕機や。光熱源発生用のライトヒーターとかは買っていきますよ、首都星で」


 僕がそう言うと、更に言い募るシオンさん。杖でポコポコ僕の頭をはたく。


「バッカねぇ、ユハナス君。そういうのはいわゆる資源や資材。その用い方を知っている人材が必要だって言っているのに」

「人材って?」


 僕がいまいちその意味を掴めないでいると、シオンさんが押し込んで言ってきた。


「だから! ユハナス君。農業ってさ、命を育てる産業よ? それに詳しいか、もしくは熟練した人間に指導を任せないと。事はどうにも進まないって言っているのよ」

「む! そういうことか。専門家を仲間に加える必要があるって言ってるんだね、シオンさん?」

「そそ。そういうことーよ」


 ようやく僕の頭を杖でたたくことを止めてくれたシオンさんは、イデスちゃんの方に向き直って口を開いた。


「AIさん、船外での交渉役がまだ決まっていなかったわね、この船のメンバーには。それ、私が引き受けてもいいかしら?」


 あ、そういえばそうだ。イデスちゃんは船のAIとのリンクが切れるとまずいから、この船からは降りられないし、そうなると船外に出た際の交渉役が必要になる。


「そうですね。今のメンバーの中ではシオンさん。あなたが最も適任とは思われますが。そう言った人事の最終決定をするのは、船長であるユハナス様です。そこの筋を外すと、組織というものは瓦解してしまいますから」


 そう言うイデスちゃん。頷くシオンさん。レウペウさんも、マティアさんも。

 僕がどうするかを見ている。


「そうですね……。僕は人生経験不足から、高度な交渉には話術も凄みも欠けますし。今まで司祭として人の心に光明を灯してきたシオンさんならば、人心の掌握も上手いでしょう。お任せします、シオンさん。船外での交渉役、あなたに任じることにいたします」


 僕がそう言うと、シオンさんは妙に色っぽい笑みを浮かべた。


「お仕事に責任が出たわね。となれば、張り切るのが大人というものよ。存在意義の大切さって言うか。今までみたいに、タダ同然で美味しいご飯やいいお酒を飲ませてもらうのも気が引けていたんだ。さて、シオン・カデュス。頑張るわよ!!」


 司祭帽をぐっと被り直して、シオンさんは張り切ってそう言った。


   * * *


「ウェイターさーん!! エスカルゴのガーリック焼き、まだなの⁈」


 クーリアドッツ星系首都星、惑星セルベルトア。更にその惑星首都の、ニーディット市。そこにある街酒場で、僕らは情報収集をしていた。


 しかし、シオンさんは酒場でやたらと食べ物とお酒を飲みまくるし、マティアさんはブティックに入ったまま、集合時間にも戻ってこないし。

 あの冷静そうなレウペウさんまで、アームドアーマーのショールームで足止めを喰らって、後で合流すると言ってまだ来ないでいる。


「シオンさん。お金は今はありますけど。これ、小惑星を買うお金ですよ? 無駄使いは……」


 僕がそう言いかけると、シオンさんは杖で僕の頭をポコリと叩いた。


「いい? ユハナス君。こういう酒場で大切なのは……」


 シオンさんは、僕がクルー全員に配った、マネーカードを懐から出して。


「マスター!! この酒場のみんなに、お酒奢っちゃってー♪」


 とか、言葉をぶっ放した!! えー⁈

 それを聞いたとたんに、近くにいた酒場の客が一斉にどよめき、シオンさんに挨拶に来る人達もいる。


「姐さん。御馳走になるぜ!!」

「やったぁ! 毎日ちびちびしかお酒飲めないのきつかったのー!!」


 そんなことを口々に言って、シオンさんの周りに人の輪ができて、会話が活発になる。そこですかさず、シオンさんは会話を切り出す。


「ねえ、地元民さん。私たちさ、この星系で小惑星を買って、農業を始めようと思ってるんだけど。いい物件を当たったり、農業指導をしてくれる人材探してるんだ。みんなの知り合いで、腕のいい農業師さんって、いないかしら?」


 シオンさんのその言葉に、幾人かが反応した。


「背の小っちゃい姐さん、それなら。野菜市場にまわると良い。そこで、サヤエンドウを売っている、ルーニンってメガネ娘に声をかけてみな。あの娘の実家は、瘦せた土地ながらもいい作物作るって有名なんだ」


 お? 何か良さそうな情報ゲット。

 でも、シオンさんは急には動かなかった。


「レウペウ君も、マティアちゃんも。まだ集合してないじゃない。それに、テーブルの上の肴もお酒もまだ残っているし。片付けてから、市場に回りましょうよ」


 といって、手酌で一杯二杯とお酒を注いでまだ飲み続けている。


 でも、シオンさんって。

 こういった、人の心の掴み方と情報の得方を心得ているとわかったので。

 僕は以前のようにシオンさんをタダの酔っぱらいとは思わなくなってきていた。

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