6.法によって稼ぐ手段。僕それやりません

「ぉおいしぃーわねぇ♡ ユハナス君、君の所の船の食事!!」


 うむむ。シオンさんはよく食べるなぁ……。


「ユハナス様。こんな珍獣を本当にこの船で飼う気ですか?」


 僕とシオンさんに食事の給仕をしてから、自分の席についてご飯を食べ始めるイデスちゃん。何か微妙に棘のある口調で、シオンさんを珍獣呼ばわりする。


「うう~ん♡ 飼ってよぉ~♡ 私、こんなにおいしいご飯が毎日食べられるなら。何でも言う事聞くし、何でもがんばって役に立つわよぅ~♡」


 人間としての尊厳とか、そう言う事は口うるさく言わないで。やたらと目の前のご飯がおいしいと喜ぶシオンさん。これでもこの人、この近隣星系で名高い僧院惑星、ニレディアの高位の司祭様である。


「シオンさん。とりあえず惑星ニレディアには連絡を取りました。当面は、惑星アーナムの貿易会社、ユヴェンハザ・カンパニーの下部組織である、この僕の船が貴女を引き受けると。まあ、組織と言っても船と僕しかいないんですけどね、まだ」


 僕が、そう言うと。シオンさんは首を傾げた。


「イデスちゃんって言うんだっけ? その白髪黒ゴスロリの子は頭数に入れていないの?」


 そう言う風に聞いてくる。


「イデスちゃんは、このリジョリア・イデス号その物ですから。彼女、この船のナビゲーションドールなんです」

「ああ、ナビドールなのね。納得。道理で何でもできるはずだわ」


 シャンパングラスに入ったスパークリングワインを一気飲みして。ぷっはと息を吐きながら、シオンさんはそう言う。


「ところで、船長ユハナス君。きみ、なんでこの船で宇宙に出ているの? 宇宙冒険旅行でもしているの?」


 なんか、呑気なことを聞いてきたシオンさん。


「違いますよ。僕の実家、ユヴェンハザ家の男子は15歳になると宇宙船を与えられて、それからは自分で自活の道を拓かなければならないんです」

「へー……。厳しいわねぇ。それでどう? 食べていけそうなの?」

「今のところの稼ぎの手段は、宇宙悪霊退治だけですが。とりあえずは食べていけるみたいですね」

「まあ、宇宙漁師みたいなものねぇ……」

「確かにそうとも言えますが」

「手を拡げれば、宇宙漁師でも相当に稼げるわよ?」

「残念ながら。僕に与えられているのは、この船一隻だけなんです。だから、ずっと宇宙悪霊退治を唯一の生計の道にしているわけにもいかない」


 僕がそう言ったのを聞いて。しばらく、考え込むシオンさん。その間にもかっぱかっぱとスパークリングワインを飲んでるんだけど。


「ねえ、良い事教えてあげよっか?」


 シャンパングラスを目の高さに構えて、それ越しに僕を見るシオンさん。


「良いコト、ですか?」


 おうむ返しに聞き返す。


「そう。私の母星、ニレディアの富の作り方」

「ニレディアって。貧乏なんじゃないですか?」

「うん。今はね。でも、昔は、恐るべき財力を誇っていた時代もあった。その頃の事を聞いても。君のこれからの人生の無駄にはならないと思うんだ」

「……お聞かせくださいますか、シオンさん」

「いいわよ。美味しいご飯のお礼に」


 シオンさんはそういうと。ようやくナプキンで口を拭って食事を終えた。


   * * *


「惑星のね。腐敗霊というか悪気霊が強い星で、まず現地の人々が望むのは何だと思う? ユハナス君」


 ブリッジ下階のリラックスルームで。僕、シオンさん、イデスちゃんがソファに座って話を始める。


「腐敗霊と悪気霊が強い星ですか……。腐敗霊が多いと言う事は、土地は腐っているでしょうし。悪気霊が強いという事は、動物は互いに争い合って止まらない……。そうですね、田畑の開発、都市開発、それに法の充実……。そうなるのかなぁ」


 僕がシオンさんの質問に答えると、シオンさんは妙に色気のある視線で僕を見て。答えた。


「はい、御名答。そうなのよ、今のニレディアからは想像もつかないでしょうけど。昔のニレディアは腐った土地が広がって、都市整備もろくに進まず、巷には無頼漢が溢れていたわ」

「はい。それを優れた法によって統治し、その間は黄金時代が続いた。そのようにデータベースには、ニレディアの歴史がつづられていますね」

「うん。で、どこが大切かがわかる?」

「え?」

「今のニレディアは、統治が進みすぎて貧しい。昔のニレディアは、混沌の世界で住むに快くない。とすれば。一番心地いい黄金時代は、どの時代かしら?」

「……混沌から、法に移行する途中の段階……。物事にシステムが添い、形作られて行く段階……、ですか?」

「はい、またまた御名答。要するに、アレよ。ニレディアの法はもうある意味一般宇宙社会では骨董品扱いになってるの。それが故に、ニレディアの法を学ぼうとするものは少なく、昔のように大量の富や金銭を持ち込んでまで、ニレディアに留学や修行に来るものはいなくなってしまった。そう言う事なの」


 シオンさんは、そう言うとちょっと寂しそうにウインクをしてきた。


「うん……。なるほど。つまり、大きく稼ぐには法というものが威力を発揮すると。ただし、法も用済みになることもある。そう言う事ですね」

「そうね。古い法はアップデートを繰り返す事をしないと。使い物にならないのよ」

「まあ、法というものはトップダウン形式で物事を操るもの。混沌という力は、法を動かすための力。こういったことは、今ではジュニアハイスクールでも学びますからね」

「そうなるかしら。で、君にお勧めなのがね、ユハナス君」

「はい」

「『快い法』を作る事。法を操る側にも、法に縛られる側にも。快感を与える法というものは、とても長持ちするし産み出す富も大きい。そのことを忘れないでね」


 そう言ってくるシオンさんだけど。僕は答えた。


「僕は。人を操ったり縛ったりすることも嫌いですし、人に操られたり縛られることも嫌いです。それよりは、『個人』の連結による『共有組織体』という形で友達と一緒に物事を行えたら。それは凄くいいことだと思うんです。それに対して、力による強制力や、押しつけをする法によって稼ぐ手段は効率的に思えますが、僕はそれを行いません」


 うん。実はこの考え方は、昔から僕が持っているもので。

 幼いころから、学校に通っているときにも。

 腕力が強い奴や、成績がいい奴。お金を自由にできる奴。

 実家が金持ちなのは僕もそうだけど。


 そう言った立場を利用して、相手を屈服させる手の人間が。

 僕は大嫌いだったから。

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