5.その行動は密航というんだ
テーブルルームで、テーブルの前に着いた僕。テーブルの上には、何やら旨そうに人参やらポテトやら香草が添えられた、肉の塊が乗ったデカい皿が置いてある。
「ユハナス様。イノシシ肉のローストです。質素に塩味だけしかつけていませんが、横のお皿にあるガーリックソースとジンジャーソース。お好きな方をつけて召し上がってください」
と、僕の前でトレイをもって言う、イデスちゃん。
「お飲み物は……。ユハナス様、お酒は飲めますか?」
そう聞かれたけど、僕は15歳。今まで、行事の時ぐらいしかお酒は飲んだことがないので。
「まともに飲んだことがないから。わからないよ」
と答える。すると、イデスちゃんは。
「でしたら、アルコール分低めのスパークリングワインからですね。お持ちします」
と言って、また厨房に向かった。
「……おい。いるんだろ? 出て来いよ」
突然だけど、僕はそう大声を出した。イデスちゃんに対してじゃなく。
惑星ニレディアに寄港してから、どうやら。この船に何かが入り込んでいるらしい。しかも、知的生物だ。そうじゃなきゃ、船のセキュリティに引っかかる筈だからね。実は、僕はそれに気が付いていた。
「なんだぁ……。知ってたんだね?」
案の定。テーブルルームまで僕をつけて来ていたらしい、どうやら人間のような影が物陰から出てきた。
「……? 子供? 随分小っちゃい……」
「うるさい!! 子供じゃないよ、私は!!」
あ。この子。女の子らしいけど、その格好を見ればわかる。どう見ても惑星ニレディアの女性僧侶である、プリーステスだ。ひどく身長が低いが、背中には豊かな紫の髪がウェーブを描いて広がっている。
「……ニレディアの港で。乗り込んだんだね?」
僕がそう問いただすと。彼女は眉間にシワを寄せて答えた。
「うん。悪いとは思ったんだけどさ。千載一遇のチャンスだと思ったから」
「そう。でもさ、それは。その行動は密航というんだ、よ」
惑星間の宇宙航行のルールにおいて。密航というのは結構な罪過の犯罪である。それを平気で犯した彼女。一体、何の目的があって、この船に乗り込んできたんだろうか……。
「私を、強制送還する? 役に立つよ、私」
「? 何の役に立つんだい?」
そんなことをプリーステスの女性と話していると、イデスちゃんがスパークリングワインのボトルをもって戻ってきた。そして女性を見るなり一言。
「……ユハナス様。それはなんです?」
「⁈ それ⁈ それって、私の事を言っているの⁈」
イデスちゃんに、それ、という物同然の呼び方をされたプリーステスの女性が逆上する。
「私は!! シオン! シオン・カデュス! 僧院惑星ニレディアの中でも高位の神聖術使いの! 司祭職の偉い人だよ!!」
「司祭……ですか。あの神聖霊力を生命体に注ぐことで、自己治癒能力を極限まで高める神聖術の使い手たちの事ですね」
「そう、それ!」
「では、ミズ・シオン。お尋ねします。貴女は何をしにこの船に乗り込んできたのですか? どうも、惑星ニレディアに寄ってから妙な生体反応が船内にあると思っていたのです」
「……君たちさ。今の惑星ニレディアの現状。知ってる?」
うん? 惑星ニレディアの現状って……。とか考えてると。
「貧しいのよ! 凄く貧しいの!!」
シオンさんは僕らが答える前に口火を切った。
「いつも食べるのは、小麦の粉を水で溶いて焼いたクレープ生地に!! ジャムやバターがつけば御馳走で! お肉やお酒なんて、とても手が届かないのよ! 私みたいな高位の司祭職にあってもそうなのよ⁈ 末端に及んでは、推して知るべしだわ!」
「お、おう……」
シオンさんは、それでも言葉を連ねる。
「もう、ニレディアはダメだわ。神聖術を極めるにはいいけど、もはや本当に富を生み出す能力を失ってる。だから、私は。ニレディアから逃げ出してきたの。そこの君!! 君が今から食べようとしているその豪勢な塊のお肉や! そこの美少女ちゃんが持っている、いいお酒を飲食できるようになる為に!!」
目をギラギラさせて、僕の目の前のお皿に盛られたイノシシ肉のローストを凝視するシオンさん。どんだけ肉に餓えてるのだろうか……。こわい。
「シオンさん……。良ければ、食事を共にしませんか?」
僕はこういう時、余り自分の独占欲を振り回さない。分けられる類の物であれば、分けてしまって共に楽しむタイプの性格をしている。だから、そう言ったら……!
「え⁈ いいの⁈ 君、凄く気前がいいのね!! 大物になるわよぉ!!」
そう嬉しげに絶叫すると、僕の隣の席に素早く座ってしまった。
「イデスちゃん。これ、三つに切り分けて」
僕は自分の目の前のイノシシのローストを指さした。
「宜しいですが……。三つに、ですか?」
「うん。イデスちゃんって、身体は生体だよね?」
「……はい。そうですが……?」
「イデスちゃんも、一緒に食べようよ」
僕がそう言うと、イデスちゃんは何やら感極まったような顔を一瞬した。
「わかりました、頂きます。嬉しいです、キャプテン」
ん? 僕はそんなに大したことを言ってないと思うんだけど。
何やらイデスちゃんが、少しだけ落涙したように見えた。
* * *
「わーっはっは!! 酒うめぇ!!」
「きょほほほ!! お肉美味しいですわー!!」
「……君たちうるさい……」
という訳で、開いた小宴で。
シオンさんは酒におぼれるし、イデスちゃんはやたらと肉をがっついてるし。
意外と、ナビゲーションドールや女性って、綺麗でもだらしないんだなってことを、知ってしまった僕だった……。
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