4.とりあえずは食料作成用の悪霊粘土卸業者から
「イデスちゃん、これで何体目になるんだろう?」
僕は、惑星アーナムを出て以来。何度目かをカウントし忘れた、宇宙悪霊との戦闘を終えてから思念粘土を回収し、宇宙船のAIのアナザーボディであるイデスちゃんに尋ねた。
「大切なのは、倒した数ではなく成果です。元々が宇宙悪霊である思念粘土は、今はこの船の積荷格納庫に収められていますが。格納庫の格納重量率はMAX格納量の7割を超えています。そろそろ、思念粘土を『売り』に行く頃ですね」
ん? 売る? イデスちゃんは最初、宇宙航行用の食料を得るための宇宙悪霊狩りって言ってなかったっけ?
僕がそう尋ねると、イデスちゃんはペロッと舌を出して言った。
「この船で食料にできるのですから。別に惑星上でも肥料にすることは可能という理屈です」
あー、なるほどね。そう言う事か。この船に積んである悪霊の思念粘土を農業肥料として売りに出すわけか。近隣の惑星に。
「でも、肥料でしょ? 用途は。そんなに高く売れないんじゃない?」
僕は、思わずそう聞いたけど。
「レアリティというものです。腐食土類が少ない惑星では、こういった腐食悪想念土類は、信じられないほどの高値で売れるのですよ」
イデスちゃんはそう返してきた。
「ってことは。しばらくそれでお金を稼ぐってこと?」
「そうなりますね。言っては何ですが、ユハナスキャプテン。この船の交易用準備金銭は非常に少ない。何というか、子供のお小遣いレベルしかありません」
「……確かにそうだけどさ」
「スタートダッシュの資金は多い方がいいのです」
「確かにそうだけど……」
「ですから、本格的な貿易を始める前に。準備をきっちりと整えてからに致しましょう」
「そうか……。んで、しばらくは悪霊退治をしながら、準備資金を集めると?」
「そうです。とりあえずは食料作成用の悪霊粘土卸業者から、始めるのです」
「よし、わかったよイデスちゃん。とにかく、重くなってきた積荷をどこかで売ろう。ここら辺だと、どのあたりの星が悪想念粘土を高く買い取ってくれる?」
「うん! 少々お待ちを! メインAIのデータベースをソートします」
そういって、船のAIとのリンク時の姿勢。祈るように手を組む格好をするイデスちゃん。
「……ニレディア・プラネット。この近隣で最も高い買取相場を提示しているのが、この星です。寺院惑星らしいのですが……。生命体の浄化能力が高いために、惑星の放つ腐敗霊をすぐに浄化してしまって、富を積むには繋がりづらいとのこと。されども、惑星ニレディアの寺院組織の上層部は、美食や酒、または色や芸事を嗜むとのこと。この惑星にでしたら、正式に持ち込んでも高く売れますね」
ふむむ。寺院惑星かぁ。まあ、俗欲を断てという寺院のお偉方が贅沢をするのも、またおかしなもんだなぁと僕は思いつつも。
美味しいご飯も食べないで、高位の僧職をこなすモチベーションも出てこないんじゃないだろうかとか、また小難しい疑問で悩んでしまった。それはさておき。
「じゃあ、行こう。イデスちゃん。座標割り出し後、ペア・アニヒーレーション・ドライブ開始!!」
「了解、キャプテン!!」
イデスちゃんがそう答え、中枢AIに指令を出すと。
リジョリア・イデス号は惑星ニレディアに向かって舵を切り。
宇宙の海を快走し始めた。
* * *
「はへー……。なんて見事な……」
「木造建築物ですね。あれが一番、霊的浄性の高い建物だそうです。この惑星ニレディアも、昔は惑星の腐敗霊が濃く、あの歴史的な建造物も大いに惑星浄化の役に立ち、この星も賑わっていたそうなのですが……。まさか、その高度の浄化文化によって惑星の腐敗霊を喰いつくしかけ、このような貧しさに襲われるとは。ニレディアの僧民たちも思っていなかったとのことです」
僕の船、リジョリア・イデス号は惑星ニレディアに寄港許可を取り、それが認められたので大気圏に入り宇宙港を目指して降下している最中だ。
ブリッジのワイドスクリーンから見える、見事な木造建築物が連なる街並みを見下ろし僕はその美しさに息が止まりそうだった。
それほどに見事な街並みを持つ星なのに……。貧しいとはまた、皮肉なものだ。
「取り引きはすでに通信で終えています。向こうの買取価格はこちらを満足させるものでした。あとは、こちらからの物資の受け渡しです。私は、この船から出ることができませんので。キャプテン、よろしくお願いいたしますよ?」
イデスちゃんがそう言う。そっか、イデスちゃんはこの船のAIと連結したアナザーボディ。この船の外では活動できないのか。僕は、そのことを初めて知ったが、不思議があることではなかったのでイデスちゃんに向かって頷いた。
* * *
「うわっ!! くっさいな、この粘土!! 悪と腐食の臭いがプンプンするぜ! だが、これこそが豊かさの素だ。お坊ちゃん船長さん、随分いい品を回してくれたな。感謝するぜ!」
惑星ニレディアの中央僧院から遣わされてきたという、品物の受取人の代表がそんなことを言ってきたので、僕は愛想と営業用の笑顔を作って応えた。
「さて、と。お金も振り込まれたし……。ブリッジに戻ろうかな……」
船外に出て、品物の受け渡しをしていた僕は。
「ん?」
何かが目の端に映ったような気がして、そちらを振り向いた。
だけど、何もいないし。動くものもない。
「……目が疲れてるのかな、僕……」
少し目をこすって、タラップを登り。宇宙船のブリッジに戻った。
「お帰りなさい、キャプテン。要領は掴めましたか? 要は、これを繰り返して初動資金を貯めればいいのです」
ブリッジではイデスちゃんがいつものようにいて、僕を迎えてくれた。
「ユハナスお坊ちゃま。ご飯作りましょうか? 初取引成功のお祝いです!」
イデスちゃんは、そんな事を言い始めた。
「いつもの、保存携帯食じゃなくて?」
「あれも味は悪くないですが。主たる目的が栄養補給ですからね。私が今から作るのは、味を楽しむことを主目的にした料理です。お任せくださいますか?」
へえ。船のAIが作る、楽しむための食事。それはどんな料理なんだろうかと興味がわいた僕は、頷いて答えた。
「頼むよ、イデスちゃん。作ってくれる? 楽しみだよ」
僕がそう言うと、イデスちゃんは嬉しそうに笑って答えた。
「お任せください、お坊ちゃんキャプテン!!」
そういって、ゴスロリドレスの前に白いエプロンを付け、腕まくりをして厨房スペースの方に降りて行った。
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