第51話、千手神種Ⅱ

 ――眠視点――



 千手が俺に攻撃を仕掛けてきた。


 また黄金の手による叩きつけ攻撃。

 先ほどは200本ほどだったが、漸く本気になったのだろう、3倍近い数で攻撃してくる。


 それに加えて、別の腕も動き出している。


 奴はおよそ200本ほどの腕に、それぞれアイテムを装備している。

 そのうちの一つに、薬瓶のようなものがあった。

 瓶を傾けると、中からバケツ数杯分の空色をした液体が流れ落ちる。

 すると、俺が斬り刻んだ腕が一瞬で回復した。

 どうやら『エリクサー』級の回復アイテムらしい。

 奴は他にも掲げると雷を起こす杖や、剣のようなものなど色々持っている。


 奴を倒せば、あのアイテムも貰えるのかな。

 考えているうちに、千手がそれらの武器も総動員して攻撃してくる。


 中々歯ごたえがあった。

 敵の攻撃が当たらないよう、俺は一定の距離を取って戦い続ける。


 なんとかして隙を見つけ出し、もう一度『パワーナップ』を使おう。


 そう判断した俺は、ポケットから予備に取っておいたフォールディングナイフを取り出す。

 小型だが、材質は俺がオーガでドラゴンを斬ったナイフと同じものだ。 

 ここからは、ナイフ2本を使った二刀流で戦う。


 千手の攻撃は先ほどまでの比ではない。

 傷ついた手を回復し、装備したアイテムまで総動員した攻撃には、どう頑張っても3秒程度の猶予しかない。

 という事は残り3秒を稼ぐ必要がある。

 それをこの二刀流で稼ぐ。


 俺は千手に向かって走りながら、上下左右時には地面の下からも突き上げてくる奴の攻撃を捌き続けた。

 100本。

 200本。

 300本。

 次々斬っていく。

 スタミナが無尽蔵な俺だからこそできる芸当だった。

 一瞬でも気を抜けば、ナイフごと体が持っていかれるだろう。

 凄まじい量の血液が飛び散り続けて、辺りは沼地のようになっている。

 それらの血も次々白煙へと変わって、俺のレベルを上げ続けた。


 やがて、攻撃の手が緩んでくる。

 俺の攻撃の速度に千手の回復が追いつかないのだ。

 それを機に俺は奴の足元へと突っ込む。

 そして、今まさに液体をかけようとしていた瓶を破壊した。


「ユン・オウ」


 千手が低い声で唸る。

 どうやら驚いているようだ。


 今がチャンス!


 俺は仮眠スキルを発動すると、眠る前に奴の足を斬り付けてその場に崩し、後方へとジャンプした。

 着地と共にパワーナップが発動する計算だ。


 ……。

 目覚める。


 俺の眼前に、憤怒の形相を浮かべた千手の顔があった。

 横倒しになったまま、俺を追いかけて這いずってきたのだろう。

 その顔が開いて、中から裸形の鬼女が姿を現す。

 その鬼女も激怒していた。

 コアがあるその胸元に、超々規模の魔素が集まっている。


 ドンピシャで間に合った。

 これで奴を倒せる。


 そう思って即座にコアを斬ろうとしたが、斬れない。

 表面に僅かに切れ込みが入っただけ。

 恐らく極度に魔素が集中しているためだ。

 パワーナップでは筋力STRが足りない。

 このままでは反撃で消し飛ばされるだろう。


 ならば、


 俺は仮眠スキルを発動した。

 同時に光線が発射される。

 その熱でナイフの刀身が一瞬で蒸発した。

 それよりも一瞬早く俺は空中へと跳び上がった。

 ロケットのように。

 どこまでも高く。

 グングン跳んで、さっき俺と頬白が落ちてきた穴が見える。


「まさか逃げる気か!?」


 下から頬白の叫ぶ声が微かに聞こえてきた。


 逃げはしない。

 これだけの距離を稼いだのは、ため。


 ……。

 目覚める。

 千手の顔がすぐ下にあった。

 どうやら俺の体は自由落下を始めているらしい。

 ここは何もない空中。

 この状況では、敵の攻撃を躱す術はない。

 俺に最大威力の攻撃が直撃するだろう。

 だが今の俺は、パワーナップ二回分の効果が発動している。


 そう。

 パワーナップの効果が発動している時間中にことで、20パーセントアップする効果が重複するのだ。

 重複した場合の効果量は『44パーセント』。

 ただし効果時間は15-6秒で最大9秒。

 今の時点で残り『3秒』。

 小細工を弄している時間はない。

 もう一本のナイフを持つ左手に力を籠める。


 この一撃で奴を倒す。


 俺はナイフを奴に向かって思い切り投げた。

 同時に光線が発射される。


 俺が投げたナイフは超高速で回転しながら、黄金色の光線を引き裂いた。

 ナイフはそのまま鬼女の胸に輝くコアを貫き、千手の体をも貫通して大地に超巨大なクレーターを作った。

 千手の姿が丸ごとクレーターの中に倒れ、地下で大爆発が起きる。

 余りにも高すぎる魔素密度のせいで、局所的なダンジョンバースト現象を起こしたのだ。

 爆発によって四散した魔素の白煙が、竜巻のようになって俺の体へと一挙に集う。


 途端に、ポケットに仕舞っていたスマホがピロンピロン鳴り出した。

 10。

 20。

 30と上がって、まだまだレベルアップが止まらない。

 あの千手の体には、いったいどれだけの魔素が蓄えられていたんだろう。

 やはり格上を倒すのは美味しい。


 更には、クレーターの中にも何か落ちている。

 それらは、明らかに地面と違う色をしたもので、どうやらさっき千手が使っていたものが、幾つかそのまま残っているようだった。

 さっそくクレーターの中に降りて拾う。

 それらを片っ端からフリマアプリ『マーキュリー』で調べてみた。


 1つ目は、さっき千手が腕を回復させていた蓋つきの小瓶。

 名前は『千手の薬壺やっこ』というらしい。

 サイズは千手が使っていた時の10分の1くらいだが、その効果は俺が以前見つけた『エリクサー』の更に上位種。

 飲むと欠損部位が完全に再生するレベルの回復効果に加え、レベルが10上がる効果があるらしい。

 これは後で頬白にレベルを吸われた松本って探索者の人に渡そう。

 足もこれで確実に治せるだろうし、彼は少しでもレベルを取り戻したいはずだ。

 俺も人助けすることで評判が良くなるし、一石二鳥。


 2つ目。

 さっきの奴とは別のタイプの小瓶が落ちている。

 こちらは鳥の頭の形をしている。

 名前は『千手の鳥宝瓶とりほうびん』。

 効果は『壊すとランダムで魔鉱石が手に入る』らしい。量は1000カラット。

 って、1000カラット!?

 今まで0・5カラットとか2カラットとかの次元の話をしていたのだ。

 仮に一番安い魔鉱石を引いたとして、1000カラットあればマーキュリー価格でも2000万円くらいにはなる。

 もしも最高級クラスの魔鉱石を引いた場合は……計算したこともないけど、100億とか1000億円くらいの価値にはなるんじゃないか。

 だとしたら俺、一夜にして大金持ちになれるぞ。

 楽しみだ。


 更にもう一つ。

 刃渡り23センチぐらいの短刀が落ちていた。

 名前は『千手刀せんじゅとう(欠損)』というらしい。

 手に持つとズシリと重く、その割に手に吸い付く感じがして握りやすい。

 刃の一部が欠けているが、それでも俺がさっき使っていたナイフよりも刃に厚みがあり切れ味が鋭そうだった。

 実際この短刀は攻撃力がめっちゃ高い上に、装備者の筋力STRを5パーセント上げる効果もあるらしい。

 市場価格は1億円。

 更に『羂索けんさく』というアイテムと合わせることで、真の効果を発揮するそうだ。


 この短刀はいいな。

 さっき投げたナイフも刃が溶けちゃってるし、もう使い物にはならなそうだ。

 次からはこいつを使おう。


 そして更にもう1つ。

 今回は謎のアイテムもゲットした。

 アンティークっぽい錆び付いた金属の鍵だ。

 表面に蓮の花っぽい彫りこみがされている。

 これも早速調べてみたが、フリマアプリ内ではヒットしない。

 どうやら世界で誰もまだ売ったことのないアイテムらしい。

 仕方がないのでチャットGPDTに尋ねてみると(最近バージョンアップで写真を張り付けることで画像に関する質問もできるようになった)、次のような回答が為された。


 アイテムの名前:『秘密鍵ひみつかぎ紅蓮華ぐれんげ』。


 効果:『天上世界』の鍵を1つ開ける。


 秘密保持者:夏目シュティル


 なんだこれ。

 天上世界?

 鍵ってことは、普通に考えればどこかのダンジョンにある部屋の鍵なんだろうけれど、『1つ』開けるってことは、鍵は複数あるのか?

 それに、この秘密保持者ってのはよく分からない。

 夏目シュティルは国内ランキング2位の探索者だ。

 彼女が何か知ってる可能性が高い。

 

 ともかく、このアイテムは持っておこう。

 鍵だからそんなに場所取らないし、いつか使うかもしれない。


 俺は鍵をポケットにしまうと、片手に短刀を持ち、もう片方の手に2つの瓶を持ってクレーターを後にした。


 さて。

 レベルも上がったし、アイテムも手に入れた。

 残るは頬白だが。

 あいつちゃんと生きてるだろうな。


 そう思って辺りを見回すと、10メートルくらい離れた場所に頬白が居た。

 奴は地べたにしゃがみ込み、千手がさっきまで居た辺りの空間を見上げてブツブツとなにか呟いている。

 どうやら俺と千手の戦いを見て、随分ショックを受けているらしい。

 あの顔を見る限り、『分かった』ようだ。

 だがまだ奴への仕置きが終わっていない。


 俺は頬白の下へと歩いていった。

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