第42話、久しぶりの学校Ⅱ
「士郎……どうしてるのかしら……」
眠がレベル上げを開始してから、1週間後の朝。
HW探索者専門学校の教室の一角で、眠を気にしている生徒が居た。
西麻布礼奈である。
彼女は窓際の席で、金色の髪を靡かせながら物憂げに外を眺めている。
やがて彼女はスマホを取り出し、眠とのLINEを開いた。
送ったLINEは全て未読。
彼女はもう一度溜息を吐き、今度は
そこには2か月後に迫るAランク昇格試験に向けて、金閣寺のダンジョンでレベリングをしている頬白の姿が最新動画として上げられている。
西麻布は眠の話を聞いて以来、家の弁護士や公安に所属している知人とも相談して色々調べていたのだが、結論としてはダンジョン関連の犯罪に関しては法整備が整っていないため、証拠がないと難しいとの事だった。
また頬白聖がAランクに昇格した場合、更に難しくなると彼女は聞かされている。
「……私の士郎が、こんな奴のせいで……ッ!」
西麻布が薄桜色の唇に手を当て、そう呟いた時。
「西麻布さん」
ふと頭上から聞きなれた声がした。
『そんなはずはない』
そう思って、西麻布が見上げる。
すると窓の縁に誰か立っている。
学校指定の黒いジャージを身に付け、引き締まった体に精悍な顔立ちをしている男子。
眠士郎だった。
「おい。なんだあのイケメン」
「も……もしかして、眠……?」
「ウソだろ。なんか急に逞しくね?」
「顔つきも別人なんだけど……!」
「レベル上がったとか?」
彼の登場に気付いた茶髪ピアスたちやクラスメートも、ザワザワとし始める。
そんなクラスメートたちには一切構わず、眠は窓の縁から西麻布の前へと降り立った。
西麻布は呆然としている。
「え!?
士郎!?
なんで窓に!?」
「校庭から西麻布さんが見えたから。
直接跳んできたんだ」
言って眠が窓の外を指差す。
校庭では、生徒が何人か驚いた様子でこちらを見上げていた。
どうやら彼が跳ぶところを目撃したらしい。
「ちょ……!
直接ってアンタ、レベルは!?」
西麻布が尋ねる。
探索者は体内に蓄積した魔素によって超人的な肉体を獲得するが、その力を遺憾なく発揮できるのは魔素が濃いダンジョン内においてである。
魔素の薄い地上においては、その能力は制限を受ける。
校庭から三階の窓まで跳べるということは、最低でもDランク上位ぐらいの実力はあるということだ。
西麻布にはそれが信じられなかった。
眠はつい先週までレベル1だったのである。
「うん。
この1週間で半分くらい戻した。
それで実は西麻布さんにお願いがあるんだけど」
「半分?
半分ってなによ。
まさか……800くらい……!?」
西麻布は驚かざるを得なかった。
目の前のこの男は、1週間でレベルを800まで上げたのか。
そう思ったからだった。
だが。
「いや1100。
それよりお願いがあって」
西麻布の質問に、眠が淡々と答える。
「は?」
西麻布は眠の話がよく分からない。
あれからまだ1週間である。
どこでどう経験値を稼いだら、1週間でレベル1からレベル1100に到達できるのだろう。
間違いなくレベル上げの世界最速記録であった。
ちなみに日本一の天才と持て囃された西麻布がレベル1100に到達するまでに掛かった歳月はおよそ10年。
今Aランクの面々でも軒並み7・8年は掛かっている。
皆レベル上げの最速を競っていた訳ではないが、毎日ダンジョンには潜っていた。
「……1100……ッ!?」
う、ウソでしょ!?
意味わかんない!!!
どうやったのよおおおお!?」
西麻布がそう言って、縋りついてくる。
「ちょっと裏技使って、Eランクダンジョンに3日間ほど潜り続けたんだ。
それから神奈川のDランクダンジョンにも行って。
あそこにいい狩場があるんだよね。
他にも色々レベル上げの方法があって」
「だ、だからって……!」
「それよりお願いがあるんだけど。
西麻布さんが持ってるプライベートダンジョン使わせてくれないかな。
対価はきちんと払うから」
言って、眠が鞄から取り出したのはEランクダンジョンのボス『キングデュラハン』が極稀に残す魔香水。
市販のミネラルウォーターのペットボトルに並々と入れられているその量は、確実に1リットルはあった。
価格にして4億は下らない。
「ちょ……ちょちょちょちょっと、なによこれ……!?」
受け取った西麻布の手が震える。
このペットボトルの中身だけで、西麻布がこれまで揃えてきた対三種武装や探索衣装の全てが買える。
「残り半分を上げるために、西麻布さんちのダンジョンが必要なんだ。
プライベートダンジョンなら24時間365日潜り続けられる。
ソロだと滞在許可が1日しか降りないオーガに潜るよりも圧倒的にレベル上げの効率がよくなるんだ。
1回潜ると次のライドが許可されるまで大体2週間はかかるからね。
だから潜らせて欲しい」
ちなみに眠が西麻布のダンジョンに潜りたい理由は、もう一つある。
プライベートダンジョンなら、西麻布家の人間以外誰にも見つからないで済む。
一度ライド記録を消去されている以上、オーガでレベル上げをするのは危険だった。
そこまで口頭で説明すると、西麻布はコクリ頷く。
眠が復活した以上、当然彼女はこの申し出を受け入れるつもりであった。
自分の好敵手が強くなることは大歓迎だし、ビジネス的にもそうした有望な人材に貸しを作っておくことは悪いことではない。
きっといつか、この男を助けたことが自分の窮地を救う事になるだろう。
そんな予感さえしている。
だから西麻布は、眠を助けざるを得ない。
ただし一つだけ。
彼女の高慢ちきなプライドがまだ納得していなかった。
それまでは驚いてばかり居た西麻布だったが、突然形の良い胸を持ち上げるように腕組みをすると、
「フン。
そこまで言うなら特別に貸してあげなくもないわ。
でもこの魔香水だけじゃ足りないわね」
言った。
切れ長の目を更に細くして眠を睨みつける。
「どうすればいい?
お金やアイテムなら、後でも良ければ幾らでも調達できるけれど」
「私が欲しいのは謝罪よ。
この間の事を詫びるの」
「この間の、事?」
「そうよ。せっかくこの私が特別にレベル上げに付き合ってあげるって言ったのに、アンタは無視したじゃない。
許して欲しかったらこの場で私に土下座しなさい」
「……」
そんな西麻布に対し、眠は無言で一歩詰め寄った。
ジッと西麻布の顔を見つめる。
「いっ、言っておくけど脅しても無駄よ!?
私の方がステータスは上なんだから……!」
急な眠の接近に、西麻布が慌てふためく。
すると、
「あの時は物凄く急いでたんだ。
レベル上げをしなくちゃいけなかったからね。
だからキミの話を無視した。
本当にごめん」
その場に両膝を突いて、西麻布の足元の床に額を擦り付けた。
クラスメートたちが驚きの表情で眠を見つめている。
「でも、俺にはどうしてもキミが必要なんだ」
眠が額を地面に擦り付けたまま言った。
「ず……ずるいわよ。その言い方……」
西麻布が、顔を背けてボソリ呟いた。
腕組みしていた手を解いて、今度は髪を触り始める。
落ち着かない様子だ。
「仕方ないわ。
そこまで言うなら特別に許可してあげる。
ただし、私も連れてくこと」
「本当かい!?」
西麻布がそこまで言うと、眠が立ち上がった。
目と目が合って、西麻布は途端に顔を背ける。
「もっ……もちろんデートとかじゃないわよ!?
ダンジョンの管理権は西麻布家が所持しているから、正統後継者である私が責任者として当然ついていく義務があって……ッ!」
「うん!
ありがとう西麻布さん!
本当に!」
眠はそう言うと、西麻布の両手を握ってブンブン振る。
西麻布の顔が瞬間的に赤くなった。
「ちょっと!?
やめなさいよ!?
皆が見てるでしょ!
アンタそういう所いい加減にしなさい!」
西麻布が必死な顔でキレる。
「あ、ごめん。
でもホント嬉しい。
そうと決まれば早速行こう。
西麻布さんの助けがあれば、俺はまだまだ強くなれる」
言いながら、眠は再び窓の縁に昇った。
それを見て西麻布も縁に跳び上がる。
「フン。
アンタのレベリング、どれだけのものかこの目で見てあげるわ」
2人は窓から飛び降りた。
あっという間に地面が近づいて、軽やかに着地する。
するとその時、西麻布のスカートが僅かに揺れた。
風ではない。
ポケットに入れていたスマホが振動したのだ。
西麻布がスマホを取り出して見ると、頬白聖こと、レベルイーターの新作動画の通知が入っていた
また新しいコンサル生を募集しているらしい。
それも今回はBランク以上の探索者限定。
新しいレベリング方法のテスターを1名募集とある。
実施場所がBランクダンジョンなため、命の保証はできない。
その代わり特別に無料だそうだ。
西麻布は動画を眠に見せる。
「アイツまた餌食を探しているのね……!
きっとAランク昇格試験を確実に通すために、もう一度強い探索者からレベルを吸い取るつもりなんだわ」
「わかってる。
その前にレベルを上げきろう」
眠は心に誓っていた。
『絶対にアイツをブチノメす』と。
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