第36話、積み上げてきたものⅡ

 Bランクダンジョンに潜った日の夕方。

 俺は東京まで戻ってきていた。

 鞄に入れていた財布は無くなっていたが、スマホの交通系ICカードアプリの残高がかなりあったので、戻って来られた。


 今は1人、自宅へと向かう裏路地を歩いている。


「……」


 心が、重い。

 帰宅する車内で俺は、スマホを使って高ランクの探索者が犯罪を犯した場合の対処法を調べていた。


 基本的には泣き寝入り一択らしい。

 なぜなら彼らはあまりにも超人過ぎる。

 警察はもちろん軍隊でもカンタンには捕まえられないし、捕まえたところで収容する施設がない。


 仮に捕まえられるとすれば、頬白以上のランクの探索者にお願いするって方法があるんだけど、そんな知り合い居るはずもない。

 唯一説得できそうだった獅子神さんには疑われてしまった。

 もう何を言っても信じて貰えなさそうな雰囲気だった。


 そして何よりも。



 



 これが一番辛かった。

 今からだと仮眠スキルを成長させるのに1か月近くかかる。

 しかも、その後もずっと俺はレベル上げをしなくちゃいけない。

 スライムやゴブリンやデュラハンやドラゴン。

 そう言った連中を相手に、今日まで死に物狂いにやってきた努力をもう一度やらなくちゃならないんだ。

 あんなキツい努力はもうしたくない。

 もうイヤだ……!

 今すぐ死にたい……!

 なんでこんな事に……!


 そんな事を考えながら、俺が家の前までやってくると、門の前に誰か立っている。

 金髪碧眼で、俺と同じ学校の制服を着ている女子高生。

 西麻布さんだった。


 よりによってこんな時に。

 今一番会いたくない人だ。


 俺は無視して家に入ろうとする。

 すると、そんな俺の前に細長い足が出された。


「フン。

 死んだのかと思ってたわよ。

 ちっとも学校に来ないから」


 西麻布さんが、髪を掻き上げながら言う。

 だが今の俺に話をする気力なんてない。

 彼女の足を跨いで、家に入ろうとする。


「待ちなさいよ。

 アンタ、この私の誘いを無視しておいてタダで済むと思ってるんじゃないわよね?」


 すると肩を掴まれてしまう。

 どうしても相手をしなければならないらしい。

 俺はその場で振り向き、そのまま黙りこむ。


 なんでだろう……!

 今この人と話したくない……!


「なんで黙ってるのよ」


 西麻布さんはしつこい。

 学校に来るように言った誘いを無視したからか。


 適当にウソを吐いてもいいけど、見破られると面倒。


 そう思った俺は、仕方なく彼女に事の経緯を話した。

 彼女は俺の話を黙って聞いている。

 真剣な顔だった。

 西麻布さんの性格からして『他人の不幸は蜜の味』くらいに思っていそうな感じがしてたけど、そんな事は無かったらしい。

 俺の話を最後まで聞くと彼女は「フン」俺の事を鼻で笑い、


「そんなの探索者協会に訴えればいいじゃない。

 なんならこの私が口利きしてあげたっていいわ」


 言った。


「そんなことはできない」


 西麻布さんの提案に対して、俺は即答する。


「どうしてよ」


「どうしてって、レベルイーターは国内10位の実力者だ。

 彼を裁ける人は限られてくる。

 その人たちが動いてくれるまでに、俺はもちろん最悪の場合西麻布さんまで酷い目に遭わされる可能性があるんだ。

 そんな危険はとても冒せない」


「じゃあ泣き寝入りするっていうの!?」


「俺やキミが生き永らえるには、それしか方法はないと思う……」


 この世は所詮弱肉強食なんだ。

 ザコはザコらしく大人しくしているしか方法はない。


 そう思っていた。

 すると西麻布さんが俺を睨みつける。


「はあ!?

 私のせいにしないで!!

 アイツと戦うのが怖いだけでしょう!!」


「……ッ!」


 西麻布さんにハッキリとそう言われて、俺は黙り込んだ。

 頭が重い。

 何も言い返せない。

 図星だったから。


 俺は……アイツと戦うことを怖れている……!


 そんな重苦しい時間が、数分は経過しただろうか。

 俺はやっと口を開く。


「……そうだね。

 戦うのが怖いよ。

 だって俺は失ってしまったから。

 レベルはもちろん、お金も」


「要はあいつより強くなればいいんでしょ!?

 だったら今からレベルを上げて!

 それでやり返しましょうよ!!

 アナタなら絶対にできるわ!!

 だってそうやってこの私を超え……追いついたんだから!!」


「無理だよ。今からじゃ、とても……」


 俺はもう泣きそうだった。

 これ以上何も言わないで欲しい。

 全部失ったんだ。

 もう許して。


 すると俺の見ている前で西麻布さんが急に拳を握りしめて、


「ふざけないで……ッ!!

 この私が認めた男(ライバル)が、なんでこんなにブザマで情けないのよッ!!?」


 俺に向かって叫んだ。

 そんな彼女の頬は紅潮し、目には涙が溜まっている。

 彼女も悔しいのだ。

 どうして悔しいのかは分からないけれど。


 そんな事を考えている内に、俺は肩を掴まれる。

 彼女は俺の目を真っすぐ見据えて、


「アンタ世界一になるんじゃなかったの!?」


 言った。

 俺は彼女から目をそらさずにはいられなかった。

 こんなのは耐えられない。


「黙ってないで何か言いなさいよッ!!」


 彼女の目から、涙が零れ落ちた。

 俺も泣きそうだった。

 なんで泣きそうなのか解らない。

 ただ悔しかった。

 悔しくて悔しくて。

 悔しくて悔しくて悔しくて悔しくてしょうがない。

 そんな気持ちを今すぐこの場でぶちまけたかった。

 だけど、それすらできない。


 だって怖いから。

 俺はもうクソザコだから……。


「……ッ!

 見損なったわ!

 二度とそのツラ見せないでよねッ!!!」


 やがて俺が何も言い返さないと見ると、西麻布さんはキレて帰ってしまった。


『世界一になるんじゃなかったの!?』


 堪らず目を閉じたその時、西麻布さんの吐いた言葉が脳裏に浮かぶ。


「……うるさい……ッ!!

 天才のお前に何が分かんだよ……ッ!!」


 俺は拳を握って呟いた。


 そう。

 俺にはかつて夢があった。

 世界一の探索者になる。

 そんな夢が。

 だが。


「レベルだけじゃない……!

 俺は……!

 夢さえも失ってしまったんだ……ッ!」


 眩しくなる夕日に背を向け、俺はそう呟かずにはいられなかった。




 ◆




 1週間後。

 俺は自室に引きこもっていた。

 着ているものは、よれよれとシャツとパンツ。

 不精髭が大分伸びている。

 そんな格好で俺は、一日中布団に横たわり、スマホで動画を見続けていた。

 見るのは一発ネタ系とか食い物系とか動物系とか。

 もうダンジョン系の動画は一切見ない。


 そんな俺の周りに散らかっているのは、コンビニの袋やお菓子、パンやインスタントラーメンやカップ焼きそばといったゴミ。

 以前は世界一の探索者になるからって健康にも気を使っていたけど、もうそんな必要はない。

 好きなものを好きなだけ食べられる。

 もう命がけでレベルを上げる必要もないし、仮眠スキルの熟練度のためにムリに眠る必要もない。

 穏やかで幸せな生活。


 そうだよ。

 そもそも俺なんかが世界一の探索者になろうとしたことが間違いだったんだ。

 これで良かったんだよ。

 全部、良かったんだ。


 そう思って俺は溜息を吐く。


 おかしい。

 なんで溜息が出るんだろう。


 すると、スマホに動画の新着通知が入った。

 俺はなんとはなしに通知を見る。

 頬白聖の動画だった。


 しまった、フォロー外すの忘れてた……!


 チラッと見てしまったタイトルには『Aランク昇格試験』という文字があった。

 そのワードが目に突き刺さった俺は、結局検索してしまう。

 すると頬白聖のことがニュースになっていた。

 なんでも来月Aランクへの昇格試験を受けるらしい。

 合格すれば、日本人で4人目となるAランクだった。

『日本人全員の期待がかかっている』らしい。


 そのニュース記事を見て俺は凹む。


 ……俺のレベルを吸収したからだ……!


 そう思った俺は、突発的にスマホをぶん投げたくなった。

 だが辛うじて堪える。

 今の俺にはスマホを買い替える余裕すら無い。

 つうかそもそも八つ当たり自体ダサいし意味ない。

 いったい何やってるんだ俺は……!

 自分がムカつく……!


 そう思って自分の体を殴る。

 ついこの間まで、アスリート並みに引き締まっていた俺の体は、今はすっかりモヤシ同然の貧弱な体になってしまっている。

 レベルが1に戻ってしまったからだった。

 その事実を再確認したとき、暫く考えないようにしていた頬白との事が頭に浮かぶ。


 うかつだった……!

 今思えば、なんであんな奴信じたんだ……?

 最初から胡散臭い男だったじゃないか……!

 普通なら気付けたんだ……!

 お人好しのバカ野郎……!

 そんなんだから騙される……!


 畜生……ッ!

 今さら自分を責めても遅い……ッ!


「…………なんか喉乾いた」


 その場に居た堪れなくなってきた俺は、気分転換に家を出た。




 ◆




 家の外に出ると、陽が昇っていた。

 いつの間にか朝になっていたらしい。

 昼夜逆転していたから、陽射しがだいぶキツい。

 さっさと行って戻ろう。


 コンビニにやってくると、俺は奥にある飲料棚へと向かった。

 するとイートインスペースで、高校生くらいの男女がたむろしているのが目に入る。

 普通に剣とか魔法杖とか背負ってるところを見ると、探索者学校の生徒なのだろう。

 装備の質や体格から想像するに、Eランクの中ごろぐらいか。

 今の俺は色々と知識があるので、パッと見ただけで相手の力量がだいたい分かる。


 うっわ。

 探索者とか今一番会いたくない連中だ。

 さっさと買って帰ろ。


 俺はそう思って、目当てのコーラに手を伸ばす。

 その際、奴らの話し声が聞こえてきた。


「つかさー、デュラハンって怖くね?

 あいつどこが力核コアなんだっけ」

「しらねー」

「今調べるよ。えっと……」


 頭。


 俺は頭の中で即答をしてしまう。

 ぶっちゃけ、Cランクダンジョンまでに出現するモンスターの力核コアの位置は全て頭に入っていた。

 死ぬほど倒してきたから。


「あ、頭らしいよ。頭砕けば倒せるって」

「必要筋力STRは?

 それが分からねえと戦いたくねえ」

「必要筋力STRは……書いてないね……」


 デュラハンの頭を砕くのに必要な筋力STRは、最低でも『35』から。

 個体差があるから、安定して倒すなら『40』は欲しい。

 ちなみに鎧ごと壊すなら『200』は要る。

 更にこれが上位モンスターの『キングデュラハン』とかの鎧になると最低『2000』くらい必要だ。

 実戦で何度も試したから、俺はその辺の数値をよく理解している。


 っつか、こいつらそんな事も知らないのかよ?

 そんなんでよく探索者やってるよな。

 クソ。

 俺がこいつらぐらいのレベルだったら、速攻でデュラハン倒してレベルアップしてやるのに……!


 俺はだいぶイラついていた。

 のんきにやってる連中に腹が立ったからだ。

 こいつら全員ブチ殺してやりたい。


「……」


 まあ、でもそれが普通か。

 だって、デュラハンに苦戦するってことは、こいつらは恐らくレベル30前後。

 どんなに高くても40はいってない。

 一方俺はレベル2316まで上がった経験がある。

 何度も戦った経験がないと、そういうの分からないものな。


「……!?」


 その時、俺は気付いた。



 俺、……!



 そうだ。

 確かにレベルは失ったけれど、レベルを上げた時の知識や経験は残ってる。

 だからどのモンスターがどれぐらいのステータスや経験値やアイテムを持ってるかとか、力核コアがどこかとかそういう情報を全部知ってる。

 普通の探索者が苦労する所の、どこのダンジョンでどう経験値稼ぎをすればいいかとか、自分のスキルの有用性とか、そういうノウハウを全部知ってるんだ。

 これはいわゆる『経験知プレイヤースキル』とかいう奴。

 レベルやステータスに頼らない、俺だけの強み。


 だったら。

 俺は昔よりも、んじゃないか?


 例えばステータスの割り振り。

 俺はソロでやるからって筋力STR器用さDEXを同じだけ上げてきたんだけど、実は少しだけ無駄があった。

 っていうのは、成長したから分かったんだけど、器用さDEXはある程度知識や経験でカバーできる。

 ようは敵に攻撃がちゃんと当たればいい。

 俺はもう敵の行動パターンや弱点、ステータスまで殆ど把握してる。

 Cランクまでのダンジョンがどんな環境かとか、トラップとか隠し通路とかそういうのも知ってる。

 だから次にレベルを上げるなら、筋力STRを最優先にして、器用さDEX素早さAGIは補助的に上げればいい。

 そうすれば、俺は以前よりも早くデュラハンを狩れるだろう。

 これが多分最速だろう。

 いや、もっと速く成長できる。

 例えば装備品とかも改善できるし、ダンジョンごとの効率のいい経験値稼ぎのやり方とかも全部知ってるから、今の俺なら色々試せるぞ。

 かなり無茶する事になるけれど、1か月以内には元のレベルに戻れるかもしれない。


 すごい……!

 これまで俺が積み上げてきたものが、全部俺のアドバンテージになってるんだ……!

 そりゃそうだよな。

 だって高校生でBランクダンジョンに潜れた奴なんて殆どいないんだから。

 それこそヘンリーウォルターぐらいなもので。

 その経験はレベルと同じで、俺の力になっている。


 今の俺は、昔の俺とは明らかに違う。

 一度Bランクの高みにまで至れた俺なんだ。

 だったら、絶対にもう一度這い上がれる。


「……よしッ」


 俺は手に取ったコーラを棚に戻すと、即座にコンビニを出た。


 ちょうど朝だ。

 これからダンジョンセンターが開く。

 家に帰って準備をして、さっそくダンジョンに向かおう。

 いや、待て。

 その前に仮眠スキルのレベル上げだ。

 この1週間でなんだかんだ眠ってたから、今から頑張れば明日の朝にはレベル2にできる。

 『パワーナップ』までは最低でも覚えておいた方がいい。

 それか、もしDランク以上のダンジョンに潜るのであれば、『自然回復【小】』も欲しいな。

 どこまで仮眠スキルのレベルを上げるかも、再考する必要があるぞ。


「おはよう士郎」


 俺がワクワクしながら来た道を戻っていくと、門の前にまた誰か立っていた。

 金髪碧眼で、俺と同じ学校の制服を着ているスタイル抜群な女子高生。

 西麻布さんだ。

 彼女は俺を見つけるなり髪を掻き上げて、


「この間は私も少し言い過ぎたわ。

 だからアンタのレベル上げに協力してあげる。

 今なら特別に、時給10万と生涯私の言う事をなんでも聞く奴隷になるだけでいいわ。

 どうかしら?」


 何やら言ってきた。

 俺は即座に答える。


「ごめん!

 俺レベル上げしなくちゃいけないから!」


 西麻布さんの横を通り過ぎると、家のドアをバタン! と閉めた。


 ありがとう西麻布さん!

 俺、世界一になる!

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