第35話、積み上げてきたもの

――頬白視点――



「フフ……」


奥の手『レベルイーター』を使い、黒ジャージの少年のレベルを吸い取った後。

僕は暫く、彼を見下ろしていた。

彼は横たわったまま動かない。

肩にかけていた学生鞄を枕にして、無防備に眠っている。

その顔を見ていると、とてもいい気分がした。

僕が生涯出遭う中で恐らく最も手ごわい敵を今、倒した。

だから僕は心から安心している。


こいつのステータスを見た時、僕は驚いた。

レベルが殆ど僕と同じだったから。

その驚きはすぐに怒りへと変わった。

いずれこいつは世界一の探索者になる。

そう確信させられたからだ。

この僕が。


だが。

同時に僕は『勝った』とも思っていた。

なぜなら、こいつのレベルは僕よりほんの少し低い。

将来どんな化け物に成長するにせよ、今ここでこいつを殺しておけば何の問題ない。

今やこいつはレベル1のザコ。

このまま放っておいても、スタミナ欠乏症を起こし5分、長くても10分程度で死ぬだろう。

後は勝手にダンジョンに居るモンスターが魔素を得る目的でこいつを貪ってくれる。

ここには警察も防犯カメラもないから、僕の犯行だと証明できるものは何もない。

だが。

こいつだけは直接僕の手で殺す。

言っておくが、『念のために』ではない。

』からだ。

この僕に、一瞬でも『追い抜かれるかもしれない』という恐怖を与えたこいつを僕は絶対に許さない。


そんな事を考えながら、僕は少年が使っていたナイフを拾う。

手袋をしている右手で拾えば指紋も付かない。

このナイフで殺そう。

思って、さっそくナイフを振った。

僕ぐらいのレベルになると、軽く振るだけでもナイフの先から衝撃波が飛ぶ。

鋭利な切り口が肩から胸を斜めに横断するように走り、直後に鮮血が飛び散った。

気持ちいい。

ムカツクやつを殺す時はいつも最高だ。

どれだけ徹夜でも一瞬で眠気が飛ぶし、股間もつ。


「ヒャハハハハハハハハハッ!!!!!!」


返り血を浴びながら僕は何度も奴を斬りつけた。


まったく笑いが止まらないッ!!

この僕をバカにするからこういう目に遭うッ!!!


満足し、立ち去ろうとする。


「……」


その時ふと違和感が過ぎる。

血は飛んでいるが、なんとなくしっかり斬れていない感じがしたのだ。

もう一度黒ジャージ……今はもう赤ジャージ……の少年を見る。


そういえば……さっき何かアイテムを手に入れていたような……。

万が一蘇生アイテムだとマズいな。


僕のカンが囁く。

赤く染まったやつの体を調べると、腰に金色のベルトのようなものを巻いていた。

一見布のように見えるが、非常に硬い素材らしく僕の斬撃でも切れていない。

更には少年の胸が僅かに上下していた。

呼吸しているのだ。

こいつはまだ生きている。


「違和感の正体はこれか」


試しにフリマアプリの『マーキュリー』で検索してみると、超レアアイテムだということが分かった。

耐久性VIT筋力STRが上がる他、『物理的に破壊されない』らしい。

このベルトのせいで、幾らか僕の攻撃が防がれていたようだ。


まったく運がいい子だ。

よし、このアイテムは僕が貰ってあげよう。


僕は奴の腰に巻かれたベルトを外す。

そして再度ナイフで斬った。

すると、これまでにない量の鮮血が飛び散り、奴が枕にしていた鞄ごと斬れた。

大量の血だまりができ、奴の呼吸もどんどん弱くなっていく。


よし。

これで100パーセント死んだ。

万が一にも生き残ることはない。

だが一応いつもの処理もしておくか。

どんな所から疑いが掛かるか分からないから。


「フフ……!

キミのお陰でレベルが400近くも上がった。

並みの探索者やモンスターじゃこうはいかなかったからね。

本当にありがとう。

僕のためにレベルを上げてくれて」


僕はボロ雑巾みたいになった奴の体を踏みつけ、その場を去った。






 ――眠視点――




 頬白から蹴りを喰らって、気が遠くなった次の瞬間。

 急に体が軽くなった感じがして、俺は目を覚ました。


 視界に映っているのは、雲が6割に青い空が3割。

 それと木の葉が沢山茂った木の枝。

 さっきまで居たBランクダンジョンの光景とは似ても似つかない。


 ってことは、どうやら俺はダンジョンの外に居るらしい。

 恐らく金閣寺の境内だろう。


 そこまでぼんやりと考えたところで、ようやく意識がはっきりしてくる。


「……ッ!?」


 そうだ……!

 俺は……頬白に殺されかけて……!

 俺は生きてるのか!?

 ここは!?

 アイツはまだ傍にいるのか!?


 命の危機を感じた俺は、辺りを見回そうとして上体を起こそうとした。


「痛……ッ!?」


 すると全身に激痛が走る。

 今まで感じたこともない痛みだった。


 気付けば上半身を裸にされ、包帯を全身に巻かれている。

 更にポーションも振りかけられていた。


「動くな。傷が開く」


 そんな俺の顔を覗き込んで、デカい筋肉質の男が言った。

 歳は20代の中ごろから後半。

 精悍な顔立ちで、屈強な体つきと長い金色の髪が獅子のたてがみを想起させる。


 この人知ってる……!

 たしか国内ランキング3位の獅子神アキラだ……!

 なんでこの人がこんな所に居る……?


 いやそれよりも、俺はなんで生きてるんだ……!?

 頬白はどうなった!?


 俺がそんな風に幾つも疑問を浮かべていると、


「お前、ダンジョンで死にかけてたんだよ。

 公安の依頼で巡回に来てた俺が拾ってやったんだ」


 獅子神さんが言った。


「ったく。

 素直に死んでればその場に埋めてやったものを。

 中途半端に生き残ってやがるから、わざわざ地上まで運んでやらなきゃいけなくなっちまったじゃねえか」


 獅子神さんが溜息を吐く。


「俺、どうして生き残って……?」


「ライムバードの魔香水がブチまけられてたんだ。

 あれには一定時間HPとスタミナ値を回復し続ける効果があるからな。

 死にかけのお前をギリギリの所で支え続けてたんだ」


 獅子神さんが面倒くさそうに言った。


 ライムバードの魔香水……?

 そういえば最後にオーガ行った時に手に入れてたっけ。

 たしか鞄に入れっぱなしにしてたような。


 そうか。

 頬白がナイフで俺を斬った時、たまたま一緒に斬れたんだ……!

 あれのお陰で助かったんだ……!

 よかった……ッ!

 生きてて……ッ!!


 助かった。

 その事を意識した時、俺の目から涙が溢れ出した。

 寒くもないのに体が震えた。

 生を実感したからだ。


「それよりてめえ、なんであんなとこに居た?

 自殺でもしたかったのかよ」


 獅子神さんがため息混じりに俺に尋ねる。


 その言葉に俺はハッとする。

 頬白を思い出したからだ。


「そうだ!?

 アイツは!?」


「アイツ?」


「頬白です!

 レベルイーターですよ!

 俺はアイツに連れてこられて、あいつにレベルを奪われたんだ!

 だから俺こんな目に遭って……!!」


 俺がそう言うと、獅子神さんは怪訝そうに眉を顰めた。


「あ?

 アイツは今日東京に居るはずだぜ。

 だから俺が代わりに金閣寺に来る羽目になったんだ。

 ちょうど彼女と遊びに来てたからよ。

 ったく、法律で義務付けられてなきゃこんな所来なかったぜ」


 頬白が……居ない?

 そんなバカな!


「それに、アイツのスキルは人間相手には使えないだろ?」


「いや!

 アイツ、ウソ吐いてるんですよ!

 本当は使えるんです!

 それで俺も騙されて!

 アイツのコンサルを受けたら、ここのダンジョンに呼び出されてレベルを吸い取られたんです!

 本当なんです!」


「そうかい。

 顔を見る限りはウソ言ってるようには見えねえな。

 ちょっと待ってろ」


 獅子神さんはそう言うと、ピッチリしたジーパンのポケットからスマホを取り出した。

 どうやら金閣寺を管理している自衛隊基地に直接連絡を取るらしい。


「おい俺だ。

 頬白はここに来てんのか?

 ……。

 そうか」


 短い通話を終えると、俺の方を向き、


「来てねえって」


 言った。

 俺は一瞬固まる。

 そんなはずはない。


「は……!?

 ウソですよ!

 だって俺は実際にあの人と潜って……!」


「ライドの記録がねえって言うんだ。

 隊員がウソを吐く理由もねえだろ」


 そんなバカな……!?

 なんで……!?


 思った時、俺の脳裏に一瞬ブレザーの両胸にバッジを付けた中年くらいのおじさんの姿が浮かんだ。


 そう言えば、頬白の奴は確か金閣寺に来た時偉そうな奴と親しくしてた……!

 あのおじさんがここの自衛隊基地のトップなんだとしたら、ライド記録が残ってないことも理由がつく。


 もしかして、頬白とあの偉そうな奴はグルなんじゃないか……!?

 なんで両者が結託しているのか、推測しかできないけれど、多分頬白は自分が安心してレベルを吸い取れるダンジョンを、あの偉そうな奴はその見返りにお金、或いは今の地位を頬白から貰っているんじゃないか。

 国内ランキング10位にもなれば、警察はもちろん政府や自衛隊にすらもかなりの影響力を持てる。

 だから頬白はこの金閣寺に俺を連れてきて……!

 ここなら万が一何かあってももみ消せるから……!


「全部グルなんですよ!!

 ここの連中と頬白が結託して、俺からレベルを奪ったんだ!!」


「あ? 一般人からレベル吸ってどうすんだ」


「だから一般人じゃないんですって!!」


 獅子神さんに分かってもらいたい一心で、俺は叫んだ。

 だが獅子神さんは怪訝そうに眉をヒクつかせるだけだ。


 どうする!?

 いっそのこと獅子神さんと一緒に自衛官たちの所に行ってみようか。

 いやそれは危険だ。

 あの偉い奴が敵である以上、他の自衛官たちも敵って可能性が高い。

 もし万が一何かあった場合、レベルが1の俺は簡単に殺されてしまうだろう。


 どうする……!?

 何か方法はないか……!?

 俺が正しいと伝える方法は……!?


 俺が必死に考えていると、一瞬獅子神さんと目が合った。

 真偽がどうなのか探っているような顔だ。


「あー……。

 まあ、確かにおかしい所もある。

 どうしててめえがBランクダンジョンに居たってところだ。

 一般人は入れねえし、そもそも入る理由がねえ。

 いや、ダンジョン内の魔鉱石を盗み出せば1000万や2000万ぐらいの利益はすぐに稼げるからな。

 盗掘目的でコッソリ潜ろうとする奴はいるか。

 それでスタミナが尽きて死にかけたとか」


「違いますよ!

 俺は頬白と2人で潜ったんです!!」


 獅子神さんは黙って俺を見ている。


「小僧。

 お前もしかして『黒ジャージ』じゃねえか?」


「黒ジャージ?」


 俺は聞き返した。

 確かに俺は学校指定の黒ジャージを着ている。


「ああ。

『黒ジャージの少年』ってのが居てな。

 そいつが滅茶苦茶つええってんで、一部で噂になってる。

 もしてめえが黒ジャージの少年なら、頬白がてめえを食う理由になる。

 一般人がライムバードの魔香水持ってるってのもおかしな話だ」


 黒ジャージの少年……!?

 そういや、頬白が俺に動画を見せたな!


「お、俺がその黒ジャージの少年です!!」


 俺は叫んだ。


 獅子神さんは国内3位の実力者。

 ここで納得させられれば、頬白だって逮捕できる!


「だが、証拠はあんのか?」


「証拠……?

 俺はあの日市ヶ谷に居て……!

 あの骨の塊の倒し方とか、そういう事でしょうか!?」


「そんなの調べりゃ幾らでも書いてある。

 動画がバズってるからな。

 他になんかねえのか。

 お前が黒ジャージの少年だっていう証拠が出せるのなら、お前の言う事を信じてやる」


 俺が黒ジャージの少年だっていう証拠……?

 そんなのって。

 いや……!

 一つだけある!


「俺は何度も東京オーガに潜っています!

 オーガに潜れる一般人なんていないはずです!

 少なくとも、俺のレベルが今以上だったって証明にはなります!

 それなら頬白がレベルを吸い取るのも不自然じゃないはず!」


「ちょっと待て。問い合わせる」


 その場で獅子神さんがダンジョンセンターを管理しているダンジョン庁に電話をして、問い合わせてくれた。

 だが返事は怖ろしいものだった。


『眠士郎という人物のライド記録はない』


 俺がダンジョンに潜っていた経歴が、全て消されていたのだ。

 それを聞いた時、俺の脳裏に糸目を歪めて笑う頬白聖の顔が思い浮かんだ。


 アイツだ……!

 アイツが俺のライド記録を消したんだ……!

 万が一俺が生き残った場合にも、俺が黒ジャージの少年だって誰にも分からないように……!

 だってもしBランクダンジョンに潜れるくらい強い少年のレベルが1に戻っていたなんて話になれば、レベルを吸えるスキルを持つ自分に疑いが掛かるに決まっているから。

 この分だと、恐らく俺が今日ここに居るって情報もないだろう。

 ということは……。

 俺は、逆に不法侵入者として捕まる……!?


「ウソだ!

 俺は確かに潜ったんだ!!

 何度も何度も!!

 血反吐を吐くぐらい!!!

 それを全部アイツがもみ消した!!!

 自分が俺を殺したことを、万が一にも疑われることがないようにって!!」


 俺は怒りに震えながら叫んだ。


「証拠がねえよ」


 獅子神さんは子供の戯言に付き合わされたみたいな、そんな顔をしている。


 畜生……ッ!

 どうにかならないのかよ……!!

 他に……!

 他……ッ!?

 クソ……ッ!?

 焦れば焦るほど頭が真っ白になっていく……ッ!

 ……そうだ!?


「こ、これを見て下さい!

 俺はまだFランクだけど、実力的にはBランク相当の探索者で……ッ!」


 俺はスマホを見せようとした。

 ステータスを見て貰えれば、分かってもらえると思……!




 ──────────────────



[レベル]   1




[スタミナ値] 50/50

       (現在値/最大値)



[称号]    なし




[HP]     50/50(ー0)

        (現在値/最大値)

        ※マイナスはスタミナ値による補正


 ◆

 ──────────────────


 STR(筋力)         11(ー0)

 DEX(器用さ)         11(ー0)

 AGI(素早さ)          10(ー0)

 VIT(耐久性)        10(ー0)

 INT(知能)          15(ー0)

 CHA(魅力)          9(ー0)


 ステータス振り分けポイント  0


 ◆

 ──────────────────



「……」


 俺は、自分のステータス画面を見て固まってしまった。


 レベルは1。

 称号も何も無い。

 しかも、



 ──────────────────



[スキル] 仮眠(レベル1:1/100)

 1回仮眠することで熟練度を1得る。消費スタミナ:1


 レベル1:〔即眠〕どんな場所でも3秒で仮眠を取ることができる。


 レベル2:睡眠後に【スタミナ回復量UP(小)】の効果を得る。


 レベル3:********************。



 ──────────────────




 仮眠スキルまで、レベルが1に戻っていた。


 改めて現実を目の当たりにしてしまい、俺はその場に崩れ落ちる。


 ……ッ!!

 なにやってんだ、俺……ッ!!

 レベルはアイツに奪われたじゃないか……ッ!!


 悔しさで涙が溢れて来る。


「どう見てもFランクだな。

 このステータスならスライムといい勝負だぜ。

 他には何かねえのか?」


 俺のスマホ画面をのぞき込んで、獅子神さんが言った。


 頭が真っ白で何も考えられない。


「決まりみてえだな」


 獅子神さんが大きな手で俺の肩を掴んだ。

 ひょっとして、俺を逮捕するつもりなのだろうか。

 事実を証明できない以上、今の俺は訳の分からない妄言を吐いている不法侵入者だ。


 それを直感した時、俺の心の底から悔しさが沸き上がる。


「くそ……!?

 くっそおおおおおおッ!?

 アイツが……ッ!!!!

 アイツが全部やったんだッ!!!

 畜生!!!!

 レベルッ!!!

 俺のレベル返せえええええッ!!!!」


 俺はジタバタ暴れ出した。


 レベルも金も奪われて……!

 ボコボコにされて……!

 このうえ捕まるとか、なんだ!?

 そんな酷いことが許されていいのか!?


 その一心だった。

 そんな俺を見て、獅子神さんがまたフウと溜息を吐く。

 そして俺の体を持ち上げてその場に立たせた。


「ま、本来なら不法侵入者としてしょっぴく所だが。

 実際に何か盗んだわけじゃねえし、盗もうとしたって意図も証明できねえ。

 痛い目も見たみてえだし、充分思い知っただろ。

 分かったらさっさと帰れ」


 獅子神さんはそれだけ言うと、俺の前から立ち去っていった。


 俺は1人になってしまった。

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