第34話、一流探索者の世界


 頬白さんと握手した瞬間、俺の体に電流が走った。

 握手した掌を中心に、焼けるような痛みを覚える。

 同時に俺の胸元やジャージの袖から白煙が上がり出した。

 物凄い量の煙だった。

 余りの煙の量に、頬白さんの顔が一瞬で見えなくなる。


 何が起きているのか分からなかった。

 とにかくその場から動こうとして、自分が動けない事に気付く。

 頬白さんが物凄い握力で俺の手を握りしめているからだ。

 そのうちに脱力して、俺はその場に両膝をついてしまった。


 なんだ……これ……ッ!?

 体が、重い……ッ!?


 考えているうちに今度はスマホが鳴り出す。

 ステータスアプリの警告だ。


「レベルが減少しました。

 レベルが減少しました。

 レベルが減少しました。

 レベルが減少しました。

 レベルが減少しました。

 レベルが減少しました。

 レベルが減少しました。

 レベルが減少しました……」


 アプリが同じ文句を延々と垂れ流してくる。

 悪夢のような言葉だった。


 お……俺のレベルが下がっているッ!?


『ピロリン♪』というレベルが上がった時の音もした。

 だが俺のスマホじゃない。

 音は正面……恐らく頬白さんのスマホからだった。

 何度も何度も何度も何度も同じ音が聞こえる。


 やがて体から煙が出なくなった。

 同時に俺は花畑の中へと倒れ込む。

 体がとてつもなく重い。

 俺の周りだけ重力が10倍になったような感じだ。

 ジーンと眩暈がしてきて、視界が徐々に暗くなる。


 え……Fランク時代に散々味わったから分かる……!

 これは恐らくスタミナ切れの症状……!

 オーガで吉良くんたちが罹っていたのと同じ……!

 一度気を失えば、二度と自力では起きられない……!

 それはダンジョンでは死を意味する……!

 くそ……!?

 一体何が起きている……!?


「……ッ!」


 いや。

 俺には分かっている。

 頬白さんが恐らく俺にをしたこと。

 そして、そのが何なのかもよく分かっていた。

 だが俺はそうした自分の直感を信じたくない。

 きっと何かの間違い。


 そう思って、俺は首にありったけの力を入れて、藁にも縋る思いで頬白さんを見上げた。

 だが、


「ハハハハハ!!

 レベルが上がった!!!

 それも一気に400近くも!

 ここ半年、いや一年分くらいの経験値だったぞ!!

 ハハハ!!!

 これは素晴らしい!!」


 俺が見たものは、耳元まで口を開いて、まるでゴブリンみたいな笑顔で笑っている頬白さんの姿だった。

 その顔を見れば、何もかもが明白だった。



 ッ!!



 それを自覚した瞬間、頭が真っ白になる。

 悔しくて、涙が出てきた。


「……どういう……ことなんですか……ッ!?

 ……どうして……ッ!!

 頬白さん……ッ!?」


 それでも猶、信じたくない。

 だから本人に問うのだ。

 きっと否定してくれる。


「だって、頬白さんは俺をみんなに紹介してくれるって言った……!

 俺の事を誇りだって……!

 みんなの希望になるって……!

 世界一の探索者だって、喜んでくれてたんだ……ッ!

 そんな人が俺に酷い事をするわけ……ッ!」


「うるさい!!!

 お前みたいなクソガキが、世界一になれるわけないだろうが!!!」


 頬白さんが突然俺の胸を蹴り飛ばした。

 メキャという致命的な音と共に、俺の体が数メートル吹っ飛ばされる。


 ……ァッ!?

 アバラが……折れ……ッ!

 どこか背中辺りの骨も……ッ!

 痛い……ッ!!


「……ッ!?」


 余りの痛みに転がったままでいると、更にお腹を踏みつけられる。

 一瞬の悶絶の後、


「アア……ッ!?」


 俺は苦痛に喘いだ。

 そんな俺の頭を掴み上げ、頬白さんが嬉しそうに俺の顔を覗き込んでくる。


「眠クン、僕はね。

 キミみたいに調子に乗ってる連中からレベルを吸い取ってやるのが大好きなんだ。

 皆いい顔をするからね。

 今のキミみたいに」


「ぁ……人からは……吸えないって……ッ」


「そんなのウソに決まってるだろ?

 いざって時のカムフラージュさ。

 この世の中は弱肉強食。

 奥の手は常に隠し持っておくものさ」


 そう言って、頬白さんは右手をコキコキ鳴らす。


「僕の奥の手は、これ。

 通称『レベルイーター』。

 この手で触れた者の体内魔素を吸い取って自分のものにすることができるってユニークスキルだ。

 自分よりもレベルが低い奴なら、人間でもモンスターでも関係なくね」


「まさか……俺以外にも……!?」


「もちろん。

 このスキルを使って僕は、キミのような生意気な探索者を見つけてはレベルを吸ってあげているのさ。

 世の中の厳しさを教えてあげるために。

 もっとも誰1人として生き残ってはいないけれど。

 みんなダンジョンで死んでるからね。

 モンスターにやられましたって事で」


 く……!

 ダンジョンの中には監視カメラも無ければ警察もいない……!

 だからこんな真似ができる……!

 畜生……ッ!

 なんて奴を信じてしまったんだ……ッ!


「ふざけるな……ッ!

 この人殺し野郎……ッ!!!」


「ハハ!

 無能は黙って有能な人間のエサになっていろ!!」


 言って、また蹴り飛ばされる。


 ヤバイ……ッ!

 もう、痛みすら感じない……ッ!

 HPもスタミナも限界なんだ……ッ!

 ヤバい……!

 ここで意識を失ったら……!

 俺は……!

 ……死……!


 俺の意識は、どんどん暗闇へ落ちていく。


 ……眠りたくない……!

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