第29話、黒ジャージの少年

 ――頬白聖視点――



 京都金閣寺境内にあるBランクダンジョン『獄楽土ごくらくど』。

 その上層入口付近にある『七宝池しっぽうち』フロアに僕は居た。

 一緒にコンサル生となった少年を連れてきたんだ。


 彼はずいぶんと生意気な少年だった。

 その言動を聞くに、国内ランキング10位の僕と互角だという妄想に取りつかれている。

 いい年してまだ自分がこの世界の主人公だとでも思っているんだろう。

 思春期の学生にはよくある話だ。

 現実の厳しさを知らない。

 教えてやる必要がある。


 僕はそう思っていた。

 だが。

 現実を教えられたのは、むしろ僕の方だった。

 彼は戦車や戦闘機が戦う相手と互角に戦っている。


「『神種』はこの僕でさえ苦戦するんだ……!

 日本中探しても、あのモンスターに勝てる探索者は10人と居ない。

 それをどうしてあんな子供が……!

 どうして……!?」


 僕は怒りを感じていた。


(どうしてあんなFランクの冴えないクソガキが、を持っているッ!?)




 ――眠視点――




 仮眠スキルから目覚めると、俺は仁王の足元に居た。

 頭上から、凄まじい速度で奴の足が降ってくる。

 肌色の隕石みたいだ。


「パワーナップⅡ!」


 胸板やふとももが熱くなって、一瞬筋肉質になる。

 あれから仮眠スキルのレベルも大分上がって、パワーナップも進化していた。

 効果時間は15秒で変わらないが、以前は筋力STRだけだったステータスアップ効果が『全ステータス2割アップ』に強化されている。


(この15秒で畳みかけるッ!)


 俺は上がった素早さAGIで、咄嗟に横に跳んで仁王の足を躱すとすぐさま反転して仁王の足に体当たりを決めた。

 狙う場所はくるぶし。

 そこが奴の重心の中心。

 的確に重心を押した事で、何トンあるのか分からない仁王の体がぐらり、バランスを崩して花畑に倒れ込む。


 奴のコアはどこだ!?

 そこを攻撃する!


 俺は仁王の体の上を走り回った。

 仁王は倒れる時も、今も、1秒たりとも攻撃の手を緩めていない。

 その伸縮自在の腕を、まるでムチのように振り回して俺を攻撃してくる。


 俺は更にスピードを上げて攻撃を躱した。

 余りの速度に、摩擦熱で体が赤く発光し始める。

 学校指定の探索者用黒ジャージじゃなかったら生地が燃え上がっていただろう。


 パワーナップの効果が切れるまで、あと7秒。

 今の速度が維持できなくなれば、俺は恐らくあのムチみたいな攻撃を避けられない。

 もし直撃すれば、耐久性VITの低い俺の体は水風船みたいに弾け飛ぶだろう。

 急がなくては!


 体には見当たらない!

 すると頭か!?


 そう判断した俺は仁王の顔へと向かった。

 右目だけ赤い。


 恐らくこれッ!!


 俺は持ってきた魔鉱石合金製対三種特化ナイフ、通称『明星3』で切りかかる。

 俺がオーガのドラゴンを真っ二つにした時のナイフだ。

 これで奴を切り刻む!


 だが、寸前で目蓋に阻まれる。

 薄皮一枚……それでも毛布くらいの厚さはあるが……なのに、俺が大金叩いて買った虎の子のナイフでも切り裂けない。

 耐久性VITが高すぎる。

 ってことはこれは力核コアじゃないッ!


 脳内でそうした思考を走らせながらも、俺は奴の背後に回り込もうとした。

 反撃が来ると予測したからだ。

 だが俺以上の速度で奴の首が伸び、俺の行く先に回り込んでくる。


 素早さAGIも高い!

 こいつ、パワーナップ使ってる俺に追いつけるのか!?


 思っているうち、奴の右手に体を掴まれてしまった。

 俺は大地に叩きつけられ、更にキツツキみたいな速度で頭突きを連発される。

 毎秒10階ぐらいのビルから飛び降り自殺してるみたいな衝撃が俺の全身を襲い続けた。

 殆ど目も開けられない!


 思っていると、頭突きが止んだ。

 目を開けると、俺の眼前30センチくらいの所に奴の暑苦しい顔が迫っている。

 その顔の中心に真っすぐ線が入り、パカッと両サイドに開いた。

 顔の中からは等身大の少女……天女っていうのか!? そんな感じの奴が出て来る。

 そいつは明らかにヤバい。

 露わになった胸元からは、凄まじい甘い匂いがしているのだ。

 前に戦った骨の塊みたいな奴の3倍……いや5倍近い魔素密度がある!?


 そこまで考えたところで、俺は胸板や太ももの熱さが消えるのを感じた。

 パワーナップⅡが切れてしまったのだ。

 それを待っていたかのように、天女の胸元にある高出力の魔素の塊……恐らくこれが力核コアだ……がブクブクと膨れ上がる。


 マズい!?

 何か発射され……ッ!?


 6秒後。

 俺の体は光に包まれた。

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