第28話、Bランクダンジョン

 世界のダンジョン資源は偏っている。

 ごく一部の例外を除いて、ユーラシア大陸東部とヨーロッパの一部、南北アメリカと南極、そして深海にしかない。


 とりわけ数が少ないのが高ランク帯のダンジョンである。

 Bランクダンジョンは世界に15箇所しか存在しない。

 その内の稀有な一例がここ、金閣寺の『獄楽土ごくらくど』ダンジョンだった。

 総面積及び最深部深度は測定不可能。

 今判明している場所だけでも、東京オーガが丸ごと3つは入るらしい。

 2006年に発見されて以来、まだ6回しか踏破されていない。


 俺は今、その入口から100メートルほど降りた場所に居る。

 通称『七宝池しっぽうち』と呼ばれる場所だ。


「……!」


 目の前に広がっているのは、見渡す限り一面魔鉱石でできた蓮の花畑。

 赤・青・黄・緑・ピンク・金・銀と色とりどりの花が、湖の中から頭を出して咲いている。

 それも全部等身大の大きさがあった。

 この場所だけで1億円分くらいはあるんじゃないか。

 それが遥か地平線の先……本当に地平線が見える……までずっと続いている。


 正直片っ端から全部拾い集めて持って帰りたいけれど、それはできない。

 ダンジョン内の環境保全という名目で、ここにある魔鉱石は全て国が所有しているのだ。

 探索者が取っていいのはモンスターを倒した時に出る魔鉱石だけ。

 それでも一回のライドで1000万は稼げるらしいんだけど。


 興奮した俺は、あちこち歩き回る。

 オーガの時もヤバイって思ったけど、Bランクはマジで異次元。

 初めて遊園地に来た子供みたいな気分になる


 だけど嗅いだことのない匂いだ。

 物凄く濃い血と金属の臭いに、なにか甘ったるい花の香りみたいのが追加されてる。


 恐らく死霊騎士族のモンスターが出るんだろう。

 甘ったるいのは何かな。

 とにかくヤバい奴だといい。


 そんな風に俺がはしゃいでいると、


「あまりあちこちうろつかないで貰えるかな。

 邪魔だよ」


 探索者向けに開発された戦闘用スーツを着込んだ頬白さんが言った。

 ちなみに俺はいつものジャージ。


「すんません」


 俺は頭を下げる。

 流石にちょっとはしゃぎ過ぎだった。

 申し訳ない。


「フウ……」


 っていうか頬白さん少し疲れてないか?

 若干だけど呼吸が乱れてる。


 たぶんスタミナを消費しているからだ。

 ここは魔素密度が余りにも高すぎて、毎秒スタミナが削られまくる。

 それもあってイラついてるんだ。


 これがどんなキツさかって例えるのは難しいんだけど、たぶん放射能汚染された場所に入っていくような感じだ。

 最初は何も感じないんだけど、気付くとめっちゃ疲労してる。

 それと共に頭痛とか吐き気とかし始めて、そのうち体が動かなくなって、意識を失い死に至る。


 一方俺は全くキツくない。

 仮眠スキルのレベル上げたお陰で、『スタミナ自動回復【小】』という効果を持っているからだ。

 これはスタミナが毎秒最大値の1パーセントずつ回復するというもので、スタミナ消費値がゼロになっている。

 つまり、ダンジョンの中で俺だけが常に本来の力を100パーセント発揮できるというわけだ。

 このアドバンテージがあるから俺は強い。


「キミなんか、ここのモンスターの手にかかったら一瞬でひき肉にされてしまうんだからね。

 わかったら大人しくしていること。

 いいね?」


 なんて思っていると、頬白さんが念を押すようにして言った。


 っていうか、結局俺のステータス教えてなかったな。

 取りあえずステータス画面見てもらうか。

 そしたら俺がBランク相当の強さがあるって分かってもらえるだろうし、俺と頬白さんの2人ならそれなりに深い所まで潜れるだろう。

 報酬山分けしても、借金分の500万くらいは返せそうだ。


「そういえば俺のステータスなんですけど……」


 言って、俺は頬白さんにスマホ画面を見せようとした。


 すると、またも頬白さんに頭を掴まれて伏せさせられる。


 なんでこんなことするんだって思ったその時、

 直後に砲弾みたいのが飛んでって、視界の先の方の花畑に着弾するのが見えた。

 地面が一瞬オレンジ色に光って爆発する。

 黒煙が上がった。

 花畑が燃えている。


 その様を観察しているうちに、俺の上空を戦闘機が2機ずつ4機、通り過ぎていった。

 更に俺の右方から2両の戦車……キャタピラじゃなくてタイヤだから、機動戦闘車っていうのかな……が走っていく。

 走りながら主砲発射。

 直後に、さっき爆発した地点が再度爆発する。


「自衛隊の哨戒部隊だ。

 モンスターと遭遇したんだろう。

 だがそれにしては戦闘が激しい……!」


 頬白さんが状況を説明してくれた。

 その時、


 一面の花畑だった場所が山のように盛り上がって、地中から腰布を纏ったバカでかい半裸のマッチョ……お寺とかにたまに飾られている『仁王(におう)像』みたい……のが、ぬうっと現れる。

 オーガのドラゴンが子供サイズに見える程の大きさだった。

 確実に4……いや、50メートルはある。


「神種……!?

 どうしてこんな浅い階層に……!?」


 頬白さんが緊迫した様子で言った。


 神種……。

 たしか特別に強いモンスター三種類のうちの一種だったな。

 どうしてそうなるのかは分かってないけれど、神話とかに出て来る神様に似た姿をしている事が多い。

 だから神種って言うんだけど、ここの奴は仏教の神様っぽい感じだな。

 ネットで調べた情報だと、『神種』はどんなにランクの低い奴でも、俺がこの間倒したオーガのドラゴンより強いらしい。


 しかし、俺ってよく強敵に遭うよな。

 もしかしたら強いモンスターに好かれてるのかも。

 こないだの骨の奴も俺を見るなり近づいて来たし。

 体内に魔素が大分沈着しているからか。


 なんて俺が思い出していると、仁王(仮)が右手を振った。

 すると、右手はゴムか何かで出来てるみたいに伸び、上空を旋回する戦闘機を掴んだ。

 そのまま握りつぶす。

 パイロットはギリギリで脱出した。

 直後に機動戦闘車の主砲が仁王型モンスターの胸元に着弾する。

 だがオレンジ色の爆炎が上がっただけで、効いているのか分からない。

 仁王が歩き出す。


 すると、頬白さんが俺の前に出た。


「下がっていてくれ。

 とっておきを使う」


 頬白さんはそう言いながら、右手に嵌めた黒い手袋を外そうとする。


 どうやら頬白さんが戦うらしい。


(それは困る。

 だって、暫くぶりの強そうな奴だから!!!)


「俺、行きますッ!!」


 叫びながら、一面魔鉱石でできた花畑を蹴って仁王に向かい走っていく。


「ちょっ!?

 眠くん!?」


 背後で俺を呼び止める声が聞こえる。


 頬白さんには悪いけれど、もう居ても立っても居られなかった。

 テンションバカ上がり過ぎてヤバい!

 だって敵がヤバい!

 あんなに強いってことは、めちゃくちゃ美味しい経験値を持っているってことで!

 久々にレベルが上がるかもしれない!


 俺が内心でガッツポーズをしたその時、仁王と目が合った。

 さっき戦闘機を落とした右手をブルンと振って、俺目がけてロング射程のパンチを繰り出してくる。


 衝突する寸前、俺は両手を使って敵の拳を右に逸らした。

 今の俺のDEX(器用さ)があれば、ピンポイントで敵の攻撃を受け流すことができる。

 ただ、仁王の拳はヤバい。

 単に受け流すだけでは威力が収まらない。

 同時に俺は、錐もみ回転も加えて、前へと跳んだ。

 俺の数センチ横を、肌色をした壁みたいな仁王の拳が通り過ぎる。

 奴の拳はそのまま、一瞬前まで俺が居た場所を吹き飛ばした。

 まるで隕石の衝突みたいな威力。

 地面ごと粉砕された魔鉱石の欠片が、大量の土砂となって辺りに飛び散る。


 あんなの食らったら一撃で死ぬ!


 そう直感した俺は、即座に仮眠スキルを発動した。

 仁王の拳はロングレンジな代わりに小回りが利かない。

 今の一瞬で俺がした計算では、再度俺を攻撃するまでに6秒かかる。


 ……ッ!


 俺は目覚める。

 目の前には一面の花。

 俺はどうやら眠ったまま花畑に突っ込んだらしい。

 視界の端に見える仁王の足。

 ここは奴の足元。

 同時に上部から迫る凄まじい魔素の圧力で、奴が追撃で踏みつけようとしているが事が解った。


「パワーナップⅡ!」


 俺は叫んで立ち上がった。


 一気に畳みかける!

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