第26話、レベリング講習

 3日後。

 都内。

 東京赤坂にある『キャピタルホテル東京』3階にあるオシャレラウンジに俺は来ていた。

 レベルイーターさんの講習案内に応募したら、すぐに『一度お会いしましょう』となったのだ。

 それで待ち合わせである。

 ちなみに制服姿。

 俺が持ってるまともな服はこれしかない。

 今の俺はそれなりに収入があるが、レベル上げ以外の事には極力お金を使いたくなかったからだ。

 店内には優雅なお姉さんやイケメンしかいないため、非常に肩身が狭い。

 メニュー表にはコーヒー1杯2500円と書いてある。

 一桁間違えてません?


 なんて思ってると5分後、


「お待たせ」


 俺の座っていた席に、全身黒のハイブランド服を着込んだ銀髪のイケメンが現れた。

 国内ランク10位の探索者『頬白つらじろひじり』さん。

 ネットでの通称は『レベルイーター』さんだ。

 その大物感に俺は一発で当てられてしまう。


 これが国内10位か。

 カッケエ。


「何か頼んだ?」


「あ、いえ別に……えっと、何か頼まれますか?」


 慌てて俺はメニュー表を頬白さんに差し出した。

 すると頬白さんは糸目の端っこを緩めてニッコリ笑う。


「アイスコーヒー貰おうかな。

 キミは?」


「じゃあ僕も同じもので……!」


 すぐに頬白さんが片手を上げて店員を呼ぶ。

 彼は注文を済ませると、


「講習希望してくれてありがとう。

 さっそくだけど話を始めようか。

 これを見て」


 すぐ俺に言った。

 自分のスマホを取り出して、俺に見せる。


 最新機種の画面が少し大きいタイプのやつだ。

 俺の持ってる安物とは全然違う。


 その画面には、『講習の流れ』と書かれた動画が表示されている。

 俺はさっそくスタートボタンを押して、動画を視聴し始めた。


 俺が見させられた内容は、以下の通りだった。


 いかにレベル上げが難しいか。

 命の危険や収入等の問題。

 高位の探索者による手助けの必要性。

 頬白さんによるサポート内容と、それがいかに優れているかというコンサル生の口コミ。


「僕のコンサルを受けてくれれば、キミは3か月以内にプロ探索者になれる」


 およそ10分ほどの動画を見終わると、イーターさんが言った。


 恐らくスライムと戦っていた頃の俺が聞いていたら、きっと感動で咽び泣いていた事だろう。

 でも俺は既に、実力的にはプロになれそうな所まで来ている。

 この1か月とちょっとで。


 今日俺がこの場所に来たのは、コンサルを受けに来たわけじゃない。

 頬白さんにお願いしたい事があるからだ。


「あの……実はお願いしたいことがあるんですけど……」


「なにかな? 料金の相談?」


「えっと、俺とBランクダンジョン潜って欲しいんです」


 俺がハッキリそう言うと、イーターさんの糸目が一瞬開く。

 驚いたらしい。


「うん?

 僕の聞き間違えかな。

 Dランクだよね?

 ディー」


「Bです。ビー。ABCのB」


「いやはは」


 冗談だと思ったのか、頬白さんが笑った。

 俺は笑わない。


「キミはFランクなんだよね?

 LINEのアンケート欄にそう書いてあった。

 Bランクのダンジョンは僕が普段潜っている所だ。

 プロでも潜れる人は少ないんだよ?」


 やがて、頬白さんが尋ねてきた。


「はい。

 だけど俺、行ってみたいんです。

 そのためにこの話し合いの場に来ました。

 コンサル料金は払います。

 その代わり3か月間俺とBランクダンジョンに潜って欲しいんです」


 そう言うと俺は、持ってきた学生鞄から現金2000万円が入った紙袋を取り出して机の上に置いた。

 俺がこれまでの探索で貯めた全財産だった。

 わざわざ現金にしたのは、俺が本気である事を示すためだ。

 これできっと分かってくれる。


 そう思っていたんだけれど、頬白さんは何故か溜息を吐いて、


「世間知らずのお坊ちゃんか。たまに来るんだよな」


 ちょっと残念そうに何事か呟いた。


 今なんて言ったんだ?

 小声で聞こえなかったけど。


「わかった。

 仕事だからね。

 僕は構わない。

 だけど、Bランクダンジョンに潜りたい理由は何だい?

 キミには大金だろう?」


「もちろん、レベル上げのためです。

俺が目指しているのは世界一ですから」


 即答する。


 すると頬白さんは「フッ」鼻で俺の事を嘲笑った。

『そんなわけねえだろ』って顔だ。

 学校のクラスメートにもしょっちゅうされてたから、分かる。


 どうも信じてくれてないらしい。

 ステータス画面でも見せようかな。


 そう思って俺がスマホを取り出そうとすると、


「……」


 頬白さんが、突然無言で俺の手を掴んだ。

 それと共に一瞬頬白さんの体がほのかに光り出す。


 これは『ボス化』だ。

 ボス化によって魔素の光が発生している。

 この光は一般の人には見えない。

 魔素を感知できるのは同じ魔素を体内に蓄えている者だけだ。


 やがて、周りに居た客のうち一組が、俺たちを見た。

 恐らく探索者の人なんだろう。

 頬白さんの体から発せられる光が段々と強くなるうち、その人たちは「うわああああ!?」突然叫んでその場から逃げ出す。

 まるで俺がライムバードと戦った時みたいに。


 店内は一時騒然となった。

 頬白さんは何事もなかったかのようにアイスコーヒーを飲んでいる。


 魔素の薄い地上で使ってもあんまり意味がないんだけど、なんでそんな事するんだ。


 俺が疑問に思っていると、


「ふむ。どうやら口だけじゃなさそうだね」


 頬白さんが呟く。


「よし、話を戻そう。

 確かにキミの考えは効率的だ。

 キミがBランクダンジョンに潜れば、すぐさまレベルが上がる。

 僕の見たところ、1度のライドで『50』は硬い。

 そうなればキミは一躍クラスの人気者だ。

 今までバカにしてきた連中を見返すこともできれば、好みの女の子と付き合うこともできる」


 ……。

 クラスの人気者どころかその真逆になっているんですけど、とは突っ込まない。


「素晴らしい学校生活が待っているだろうね。

 だが同時にそれは危険でもある。

 キミも探索者だ。

 命の危険については、分かっているよね?」


 頬白さんが俺の目を見ながら言った。

 一緒に潜る事は構わないけれど、責任は取れないと言いたいらしい。


「はい」


 俺は即答した。

 頬白さんはやれやれ、と言わんばかりに首を横に振る。


「だったら僕は構わない。

 ただしその場合、コンサル料とは別にライド料金として毎回300万頂くけど、それも大丈夫かな?

 入口で引き返したとしても300万円。

 それでも良ければ引き受けるよ」


「もちろんです」


 俺は再度即答した。


 Bランク以上のダンジョンは世界的にも珍しい。

 日本にも2か所しかないんだけれど、どちらも1周すれば最低でも1000万円ぐらいの魔鉱石や魔香水が手に入る。

 もちろん周回自体が難しいらしいんだけど、スタミナ値を回復できる俺なら全然いけるはず。


「わかった。

 キミの情熱にやられたよ。

 これから宜しく。

 えっと……」


「眠です」


「ネムリくんか。

 まあ、せいぜい死なないようにね。

 幾ら本人が了承済みとはいえ、キミは未成年だし、死なれたら僕の責任にもなるから」


「もちろんですよ。

 簡単には死にません」


「その意気だね」


 溜息を吐きながら、頬白さんが現金2000万円の入った袋に手を伸ばした。

 お金を確認している。


(よし。

 お金を受け取ったってことは、これで契約は成立ってことで。

 これで今月中には俺も一流探索者の仲間入りだ!)


 俺は息巻いていた。

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