第25話、レベルキャップ問題

 1週間後。

 俺は東京六本木にあるCランクダンジョン『東京オーガ』の山頂に居た。

 勿論レベル上げのためだ。


 山稜に沿って暫く歩いていると、突如として穏やかだった辺りの天候が一変し吹雪へと変わった。

 高山の空気がより一層重苦しくなり、獣の臭いが混じり始める。

 次の瞬間、透き通った雪結晶のような特殊な羽を持つ大型の鳥の姿をしたモンスターが俺の目の前に出現した。

 オーガのボスモンスター『サトウライムバード』だ。


「ギャワ……ギャワアアアアアアッ!?」


 だがライムバードは俺の姿を見るなり、クルリと俺に背中を向けて駆け出した。

 あっという間に40平米ある鞍部の隅っこにある岩場の陰に隠れる。

 そこから首だけを出して、俺を恐る恐る見つめてきた。

『頼むからこっち来ないでくれ』とでも言わんばかりだ。

 体長3メートルある怪鳥が、まるで人間に追い立てられたハトみたいに怯えている。


「……」


 俺はライムバードがいる岩場に向かって一歩踏み出した。

 すると次の瞬間吹雪が止む。

 獣臭も消えて、一気に都会の臭いへと変わる。

 それだけではない。

 俺が歩いた足跡もまた、学校の廊下っぽいリノリウムの床へと変わっていた。

 それは俺が歩く度にオーガ鞍部の雪原を浸食し、一部を学校の校舎のように変えてしまう。


 これは高ランクの探索者にのみ起こる現象で、通称『ボス化』という。

 探索者の体内に溜まった魔素の量が余りに多すぎる場合、その探索者の周辺が別のダンジョンへと変化してしまう事があるのだ。

 まるで俺がボスになって、ボスモンスターが人間に置き換わったような形である。

 立場逆転だ。


「ギュッギュ……ギュオルワアアアアッ!?」


 俺に恐れを成したライムバードが、翼を広げて崖から飛び降りようとした。

 俺と戦うよりは150メートルある氷壁から飛び降りた方がマシだとの判断だろう。

 だが、そうはさせない。


 俺は20メートル近い距離を一瞬で詰めると、ライムバードの正面へと回り込み、手に持ったナイフを力核コアがある眉間に突き立てた。


 ライムバードの動きがピタリと止まり、翼を広げた格好のまま体が白煙へと変わり始める。

 その白煙の一部は俺の体にまとわりついて吸着し、残りは空に噴き上がって結晶化し、一粒数万円単位の魔鉱石となって辺りにパラパラと落ちる。


 全て合わせればオーガのライド一回分(1人当たり約100万円)くらいになる。

 これと道中拾った魔鉱石や魔香水を合わせれば、更に100万円くらいの利益にはなるだろう。

 一昔前なら1年潜ったって手に入らなかった大金だ。

 めちゃくちゃ嬉しい。


 更に俺は、散らばった魔鉱石の中からもう一つレアアイテムを見つけた。

 魔鉱石の中に水が入っているのだ。

 天然の魔香水である。

 魔香水は基本、魔鉱石の中にある。

 内側に見える水みたいのがそれ。

 ドロップ率は驚異の0.033%。

 3000匹狩って漸く1個出現する確率だ。


 その効果や値段はモンスターによりけりで、分からない。

 よくあるのはステータスアップ系だけど、他にも最大HPを上げたりとか色んなタイプがある。


(あとで調べておくか)


 そう思い、バックの底に忍ばせる。


 すると、『ボス化』によって俺の周囲に展開されていたリノリウムの床も崩れ出した。


 この『ボス化』現象だけど、探索者の方である程度コントロールできる。

 さっき俺が『ボス化』したのは吹雪による寒さを和らげたかったからだ。

 リノリウムの床に変わったのは、たぶん俺が一番慣れてるイメージだからだろう。

 どういう空間に変えるかまでは、俺はまだコントロールできない。


 この『ボス化』を極めると、いずれは周囲の環境を自分のイメージ通りに変えられるようになるらしい。

 そんな事ができる人は世界でも数人しかいないらしいけれど、俺もいずれはその領域に辿り着きたいものだ。


「……フウ」


 とまあ、そんな風に一見順風満帆に見える俺だったけれど、実は深刻な悩みがあった。


 もう4日もレベルが上がっていない。


 この4日間で、俺はライムバードを16頭討伐している。

 つまりオーガを16周した訳だ。

 道中現れたCランクモンスターも片っ端から狩っている。

 それなのにレベルが上がらない。

 まるでゴブリンを相手にしていた頃に戻ったかのようだ。


 自分が思いつく限り最高の場所で、最高効率でレベル上げしてるのに全然上がらない。


(こういう時は相談するか)


 俺はスマホを取り出すと、画面をポチポチしてAIチャットアプリ『ChatGPDT』を起動した。

 これは『ステータス』を開発した研究チームが発表した人工知能チャットボットで、ステータスアプリと連動しており、探索者個人やダンジョン関連事象に関する回答に特化してる。

 俺はその質問欄に、


『探索者 レベルが上がらない主な理由は?』


 と書き込んでみた。

 即座にAIの回答が画面に書き込まれる。


『そりゃあ、すぐには上がらないよ。

 私だってこの半年かけてやっと20上がっただけ。

 キミが到達したこのレベル2000辺りが一番キツいのさ』


 ……。

 AIの初期設定が女性(開発者が女性らしい)になってることと、使えば使うだけ感情表現レベルが上がるというよく分からない仕様のせいで妙な回答になっちゃってるけど、彼女はおおむね正しい事を言ってる。


 上を目指す探索者なら誰もが苦しむレベル上げの壁。


 通称『レベルキャップ問題』である。


 レベルが上がるにつれ、次のレベルまでに必要な経験値や熟練度の数値は上がる。

 それに対し、各ランク帯で得られる経験値やダンジョン報酬は常に一定だった。

 そのためレベルが上がれば上がるほどに、その後のレベル上げが難しくなる。


 実際、俺も初めてCランクダンジョンに挑戦した時は、1回のライドで30近くもレベルが上がった。

 だけど1200を過ぎた辺りから徐々に上がりにくくなり、1900を超えた辺りからは殆ど上がらなくなってる。


(……せめてBランクダンジョンに潜ることができれば……!)


 レベル上げが頭打ちになった時に、それを解決する最も良い手段は1つ上のダンジョンに挑戦することである。

 ランクが1つ上がる度に得られる報酬はおよそ10倍になる。

 だから俺が初めてCランクダンジョンに挑戦した時みたいに、1回のライドで30近く上がるはずだ。


 ただしBランクダンジョンはその危険性のために、潜る際に制約がある。

『パーティリーダーの探索者ランクがB以上』というものだ。


 俺はレベルこそ上がっているものの、探索者ランクは最低のFのままだ。

 だからこの間も市ヶ谷まで再審査の申請をしにいったんだけど、ダンジョンバーストの影響で暫く審査できないらしい。


(最終手段としてBランクの人と一緒にパーティを組めば潜れなくもないんだけど、そもそも俺にBランクの知り合いなんていないし。

 となるとこのオーガでレベル上げをするしかないんだけれど、Bランクに到達するまでどれだけ周回すればいいんだ……!)


 そんな風に思って落ち込んでいると、唐突にLINE通知が入った。


 どうせファミレスか牛丼チェーンの広告だろ。


 そう思って見てみると、


【一流のプロによるレベル上げ講習に興味はありませんか?】


 俺が以前から視聴していた探索者系動画投稿者『レベルイーター』さんによるレベル上げの特別講習の案内だった。

 プロ探索者になるまでサポートしてくれるらしい。

 だけど今の俺には正直必要なかった。

 だって、自力でプロになれそうな所まで来ちゃってるし。


 そこまで考えたところで、俺はふとある事を思いついた。


(レベルイーターさんは確かBランク上位の探索者。

 ってことは、この人にお願いすれば俺はBランクダンジョンに潜れる……!?)


 そう思った俺は、即座に通知画面に表示されている『興味ある』ボタンをポチっていた。

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