第24話、久しぶりの学校

 球体型の骨モンスターを撃破した日の翌朝。

 久々に俺は学校に来ていた。

 もう10分近く自分の教室のドアの前を行ったり来たりしている。


 教室に、入りたくない。


 なんで俺が学校に来てるかって、前回オーガに潜った後、別れ際に西麻布さんから『学校に来なさい』と言われていたからだ。

 それで登校したんだけど、未だに教室に入れずにいる。


 主な理由は二つあった。


 一つは、あの西麻布さんから目を付けられてしまったのではないかという怖れ。

 俺が彼女に何をしたのか分からないが、何かしらの報復を受けるかもしれない。

 スタミナ値の関係でダンジョンの底なら俺の方が強いけれど、地上では多分西麻布さんの方が強い。

 ボコられたらお終いだ。


 もう一つは、クラスメートに会うのが気まずい。

 俺は暫く学校を休んでいた。

 事情を知らない皆からすれば、自分たちが真面目に頑張っている中1人だけサボってたクソ野郎と思われているだろう。

 総スカン食らう程度ならまだいいが、最悪の場合イジメられる可能性もある。

 じっさい小中学校時代はそれで不登校になりかけたし、本当に怖い。


「ハアア……!」


 そんなこんなで俺が今日30回目となる溜息を吐いていると、


「お!?

 誰かと思えば眠ちゃんじゃ~ん!

 久しぶりィ~!」


 いきなり俺の肩を叩いてくる奴がいた。

 短く切った髪を茶色に染めて、派手なピアスをしているクラスメートの男子だ。

 後から友人たちもやってきて、俺の周囲を取り囲む。


(え……?

 なんでこの人たち俺に親し気なの?)


 俺は疑問に思った。

 同時に恐怖で固まってしまう。

 こういうチャラそうな人たちは苦手なんだ。

 咄嗟に顔を伏せてしまう。


「急に休んじまって、どうしたのかなって思っててさ~!

 俺たち心配してたんだぜ~?」


 すると茶髪ピアスが言った。

 ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。


(な、なんだよこれ……!

 さっそくイジメかよ……!?)


 中学校以来のイジメに俺は焦る。

 レベルも大分上がったから、カンタンにブチノメされる事はないだろうが、それでもイジメられた頃のトラウマがあるからめっちゃ怖い。


 なんとかこの場を切り抜けなければ。

 そう思うが、上手い切り抜け方など思いつかない。

 どうしようもなくなった俺は愛想笑いを浮かべ、


「……あ、いや……その……レベル上げ、してただけなんだけど……」


 やっとの事で答えた。

 そんな俺の事を見て、茶髪ピアスたちはニヤニヤ笑っている。

 そして、


「レベル上げ?」

「は! ウソつけ! どうせ引きこもってたんだろ?」

「あそっかゲームのレベル上げか~! お前万年最下位だもんな~!?」

「あんまし落ち込むなって!

 お前だって役に立ってるんだぜ!?

 お前が居てくれないと、俺が最下位になっちまうかもしれねえからな!!」

「「「ギャハハハハハ!!!」」」


 茶髪ピアスたちが俺を嘲笑った。


(まずい……!

 これ完全にイジメだ……!

 もうダメだ……!)


 俺が思ったその時、


「フン。相変わらず情けない男ね」


 鋭いナイフのような声が朝の廊下に響いた。

 小鳥が囁くような声量であったにも関わらず、茶髪ピアスたちの下品な笑い声を一刀両断にしてしまう。

 金髪碧眼。

 トップモデルすらも信奉する圧倒的なスタイルと実力を兼ね備えた完璧超人がそこに居た。

 6つのスキルを持ち、日本一の女子高生探索者の異名を持つ少女、西麻布さんだ。


 朝日を浴びて立つその輝かしい姿に、俺は愕然としてしまった。

 なぜなら彼女は今最も会いたくない人物だったから。


(ぜ、前門のチャラ男に後門の西麻布さん……ッ!?

 俺の人生完全に終わった……!)


 そんな風に俺が歯をガタガタ言わせて震えていると、


「ひぇっ」


 隣でも小さな悲鳴が聞こえた。

 声を出したのはチャラ男もとい茶髪ピアスだ。

 彼はそのまま西麻布の足元に跪く。

 彼に続いて他の陽キャ連中もその場に跪いた。

 上半身を投げ出して土下座する。


「にっ、西麻布さんチィーッス!」

「登校お疲れ様ッス!!」

「お荷物お持ちしまァす!!」


 そう言うと、茶髪ピアスたちは西麻布の傍に寄った。

 まるでうだつの上がらないサラリーマンのように、愛想笑いを浮かべてペコペコしている。


「いいから。そこ退いて」


 だが西麻布さんは茶髪ピアスたちに一瞥もくれない。

 彼らを押しのけ、俺の前に立った。

 そして、


。ちょっと来なさい」


 両手を高い腰に当て、俺についてくるように言った。


 返事なんかできない。

 今にも心臓が止まりそうだった。


(ちょ、ちょっと来いって……!

 しかも急に呼び捨てとか、

 やっぱり俺目を付けられてる……!?)


「え……!? ちょっと来いって、何の用ですか……?」


 俺は尋ねずにはいられなかった。

 ちょっと来たら俺どうなるんだ。


「話があるの」


 すると、西麻布さんがぶっきらぼうに答えた。

 そのまま俺の手を掴んで引っ張ろうとする。


「ま……待って待って待って……!? 話なら今ここで……!」


「……ここで出来ないから言ってるんだけど?」


 西麻布がギロリとナイフ、いや仁王像の如き面相で眠を睨みつけた。

 だがその目のすぐ下にある頬は、誰が見てもそれと分かるほどに紅潮している。


(な、なんでこの人顔赤いんだ……!?)


 訳が分からなかった。

 いや分かった。

 恐らく男をイジメることに興奮を覚える性質なんだろう。

 西麻布さんってどうみてもSっぽいし。


 そんなこんなで、俺がどうしようもなく朝の廊下を引きずられていくと、


「あ……あの西麻布さんがなんで万年最下位の眠なんかと……!?」

「意味解んねえ……ッ!!」


 背後で茶髪ピアスたちの嘆く声が聞こえた。


 俺も嘆きたい。



 ◆



 西麻布さんが俺を連れてきたのは講義棟C3階の空き教室だった。

 段差のある広い一室に、100席近くの座席が用意されている。

 教室というよりは映画館のようだ。

 俺は彼女に促されるまま、その一席に座らされる。


 こんな人気のない所に連れ込んで、俺にいったい何するつもりなんだ……!

 やっぱりボコすつもりか……!?


 俺は不安で仕方がなかった。

 キョロキョロと辺りを見回す。

 いざという時の脱出路を探すのだ。


 そんな事をしていると、西麻布さんが金髪を掻き上げてこう言った。


「アナタにいい話があるの。

 特別にこの私と組む権利を与えてあげる!」


 言われた瞬間、俺は呆然とした。

 全く予期していない提案だったからだ。


(よ、よかった……!

 そんな話か……!)


 突然ぶん殴ってきたり『金出せやオラ』とか脅されなかった事で、俺はひとまず安心した。

 そして、


「大丈夫です」


 端的に答える。


「「………………」」


 すると、何故か西麻布さんが黙ってしまった。

 俺も他に言う事が無いので黙る。


 物凄く気まずい沈黙が場を支配していた。

 やがて始業のチャイムが鳴る。


「あ、西麻布さん授業始まりますよ。いきましょう」


 俺は失礼がないように、西麻布さんに一声かけてから席を立った。


 これ以上何かが起こる前にさっさと帰ろう。


 俺がそう思ってその場を去ろうとすると、


「まっ、待ちなさいよ!?」


 突然西麻布さんが俺の肩を掴んで、再度席に座らせた。


(なに!?

 話終わったんじゃないの?)


「な、何か誤解があったようね!?

 もう一度だけ言うわ!

 耳の穴かっぽじってよく聞きなさい!

 特別に!

 この私と!

 一緒に潜る権利をアナタに与えてあげる!!

 これは光栄なことよ!

 だって、この私が自らパーティに誘う人なんて、この世に何人といないんだから!

 分かったらさっさと了承なさい!!」


 西麻布さんがキンキン声で叫んだ。

 教室中に響くその声量に、俺は増々恐縮してしまった。


(だから今断ったのに……!

 なんでこの人怒ってるんだ……!?)


「い、いや……!?

 だから大丈夫です……!

 2人で潜るとか明らかに効率悪いんで……!

 経験値も報酬も半分だし……!」


 西麻布さんが明らかに怒っているので、俺は理由をちゃんと説明する事にした。

 すると、


「こ、効率悪い……!?

 この私と潜ることが効率悪いっていうのオオオオオオ!?」


 西麻布さんは握った拳を壁に叩きつけ、いよいよ怒りを露わにして叫んだ。


(だってソロじゃないと効率悪いじゃん!?)


 思っているうち、西麻布さんが両手でバンと机を叩いた。

 そして俺の顔を覗き込み、睨みつけてくる。

 急な彼女の接近に、俺はすっかり怯えてしった。

 今にも喉笛に噛みつかれそうだ!?


(どどどどうしよう俺マジで殺されるるる!?)


「ひひぃっ!?

 そんな事言ってませんけどオオオオオオ!?」


「言ったでしょ今!?

 私のこと役立たずだって!!」


「いやだから言ってませんって!?

 すみませんけど自分のレベル上げで手一杯なんです!

 他人の面倒見るとかそんな余裕ありませんから!!」


「他人の、面倒!?

 この私と潜るのが、面倒!?」


 西麻布さんが更に詰め寄ってくる。

 あと数センチ寄れば、額と額が激突してしまう程の距離だった。

 目と鼻の先に迫った彼女の怒り顔を見て、俺はもう気を失いそうだった。


(一刻も早くこの場から逃げなければッ!?)


「そそそっ!?

 そういう意味じゃなくってええええ!!

 とにかく俺、ソロでやるつもりですから!!

 それじゃ!!」


 それだけ言い残して俺は、


「イテテ!?」


 机の角に膝をぶつけながら立ち上がり、さっさと空き教室から出ていく。


「この私を侮辱するなんて……ッ! 絶対に許さないんだからアアアアア!!!」


 遠ざかる教室の中から、西麻布さんの叫び声が聞こえてきた。


 なんでこうなるの!?

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