第23話、現場検証

 眠がレギオンを倒してから1時間後。

 現場である市ヶ谷防衛省前の道路沿いに、8名の男女が集まっていた。

 先の事変で生き残った者たちと、支援要請を受けて駆け付けた者たちである。

 彼らは皆一様に難しい顔をしていた。


「もう一度説明して頂きたい。この場で何が起こったのか」


 内局統括官にして現場最高責任者の長谷が尋ねる。

 彼が尋ねているのは、ボロボロの戦闘服に大剣を背負った中年の男だった。

 1時間前に眠をパーティに誘った探索者である。


「はい……ですから、若い青年がスマホを投げまして……!」


 中年探索者が言い難そうに答える。


「スマホで倒せるわけがなかろう!!

 ミサイルでも倒せなかった奴だぞ!?」


 長谷の隣に立っていた軍服姿の男が激しい剣幕で聞き返す。

 今聞き返したのは、事態を知って駆け付けた陸上自衛隊陸将の奈良原ならはらだ。

 探索経験が無いために、普段から探索者を蔑視している彼には、現代兵器が効かない相手というのが想像しづらかった。


「でもスマホがレーザーを切り裂いたんです。

 それがそのまま敵の力核コアに命中して……!」


「そんな訳あるか!?

 冗談もいい加減にしたまえ!!

 人が死んでるんだぞ!!」


「じょ、冗談ではないのですが……!」


 報告している探索者自身も、自分の言葉を疑っている。


 そもそもBランク深層クラスのモンスターであるスケイルレギオンを倒せる探索者など殆どいないのだ。

 そんな強敵を、スマホを投げて倒してしまったというのである。

 しかも高校生ぐらいの青年が。

 常識的に考えて、錯乱していたと思われるのが普通だ。


 一同沈黙してしまう。


「どう思うかね? 一流探索者の諸君」


 統括官の長谷はせが、その場に集合していた三人の探索者に尋ねた。


「俺ならできる」


 即答したのは、国内3位のAランク探索者にして超巨大探索者企業ギルド『金獅子』を率いる若きギルドマスター『獅子神アキラ』である。

 彼は裸の上に直接紫の高級バスローブを着ていた。

 美女とよろしくやっていた最中に呼び出されたからである。


「スマホだか紙ヒコーキだか知らねえが、レギオンぐれえ訳ねえだろ。

 だからAランク下位かBランク上位ぐらいの奴がやったんじゃねえか?」


「いえ、今関東にいる上位探索者は僕ら3人だけのはずです。

 だからこそ僕らが呼び出されたんですよ」


 獅子神の言葉を遮ったのは、短い銀髪に糸目が特徴の男だった。

 国内ランク10位に位置している頬白つらじろひじり、通称『レベルイーター』である。


「僕の予想では、レギオンを倒したのはBランク下位の方ではないでしょうか?

 それくらいなら市ヶ谷にもお勤めでしょうし」


「Bランク下位如きがレギオン倒せんのかよ」


 同じランク帯でも上位と下位とでは雲泥の差がある。

 とりわけ高ランク帯になればなるほど、その差が顕著であった。

 消費スタミナが増え、レベル上げが難しくなるからである。


「そこは、武器を使ったんじゃないでしょうか。

 仲嶋エアロスペース社製の新型兵器を使えば何とかなるはずです。

 先日のイギリス国際防衛展示会DSEIで、死霊騎士族に特化した新型ランチャーを発表していました。

 あれを使えばレギオンを撃破できるはずです」


「ふむ。

 だが仮にその新兵器を使ったとしても、レギオンの力核コアに当てるのが難しい。

 仮に当てるとすれば、最低でもBランク中位クラスの器用さDEXが必要になるだろう」


 新作兵器とレギオンの両方を知る長谷が言った。

 市ヶ谷に務めていた対三種作戦群市ヶ谷分遣隊のメンバーにはBランク下位クラスのスナイパーがいたのだが、彼でもコアには当てられなかったのである。


「それじゃ、この場に自力で倒せる探索者はいなかったっつうことか。

 だが現にレギオンは倒されているじゃねえか」


 獅子神の言葉に、一同は再び沈黙してしまう。


「……夏目くん。君はどう思うかね?」


 長谷が女性探索者用のバトルスーツの上に白衣を羽織った少女に問いかけた。

 国内ランク2位にして国内最高権威『ライドビリティ高等ダンジョン学研究所』を預かる若き女所長、夏目なつめ素貞流シュティルである。


 夏目は答えない。

 ただ資料として回収されたスマホの残骸が入れられたビニール袋をジッと見つめていた。

 透き通るようなその碧眼が紅色に発光している。


「いや、彼の言う通りだ。

 本当にこのスマホで倒した。

 黒いジャージを着た少年が」


「どうしてそんな事が分かる?」


 奈良原が尋ねた。

 夏目はまるでような言い方をしている。


「夏目さんは固有スキル『慧眼プロビデンス』の持ち主なんです。

 他人のステータスが見えたり、その人の過去を部分的に映像で見えたりするらしいんですよ。『ステータス』アプリの開発も、その力を元に行われたとか」


 奈良原の質問に頬白が答えた。


「チッ。研究者には便利なスキルだぜ」


 それに獅子神がボヤく。


「はい。探索者としても優れておいでです」


 言って、頬白がニコニコと微笑んだ。

 ランクで負けている獅子神に対する嫌味である。


「……」


 夏目は黙っている。

 彼女は仕事柄、全世界94万8239人の探索者の顔と名前とステータスを暗記しているのだが、その誰にも一致しない。

 ちなみにDランク以下は省いている。

 彼らがレギオンを倒せる可能性など万に一つもないからだ。


「……どうやら私の知らない探索者がまだ存在するらしい」


 滅多なことでは笑わない夏目が、珍しく微笑んでいた。


 やがて彼女は頬白の方へと向き直り、


「ちなみに頬白。

 スケイルレギオンを倒した青年のランクだが、恐らくBの中から上位。

 キミの少し下だ」


 言った。

 レベルイーターの国内ランキングは堂々の10位だが、それよりも少し下らしい。



 頬白は糸目を少しだけ開いてそう呟くと、右手の骨をコキリと鳴らした。

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