第13話、初めてのボス戦Ⅴ
俺には秘策があった。
そう。
ゴブリン戦の時にやった要領だ。
スタミナ値が回復すれば、俺のステータスは全快に戻る。
【ゴブリンキラー】の称号も合わせると、
更に今回は【パワーナップ】がある。
仮眠からの覚醒後、15秒間だけ
これを組み合わせれば、俺の
これが今の俺の全力だった。
これだけやっても、Eランクダンジョン深層のモンスターであるデュラハンが相手ではまだ足りない。
だがデュラハンもここまでの戦闘でかなりスタミナを消費しているはず。
どの程度疲労が蓄積しているか分からないが、戦闘当初の時の勢いに比べると幾らか動きが遅くなっているように見える。
あれが奴の作戦でないとすれば、充分に勝機はある!
リスクは残るが、それでもやるしかない!
そこまで考えた所で、デュラハンがまたジャンプ斬りをしてきた。
俺は咄嗟に横に跳んで躱す。
数秒間が空いて、再びデュラハンが斬り込んできた。
俺は
そして再び距離を取った。
問題は、どうやって仮眠を取るかだ。
6秒あれば俺は仮眠が取れる。
だが、6秒なんてとても稼げない!
こいつの攻撃をかわし切った時に、ようやく4秒くらい時間が空く程度だ!
とても間に合わない!
「……」
俺が焦っていると、デュラハンが剣を構えたままにじり寄ってきた。
俺は合わせて後ろに下がる。
すると背中が壁に当たってしまった。
右にも柱がある。
どうやらデュラハンの奴に、逃げにくい場所へと誘導されていたらしい!
マズい……!
もう後が無いぞ……!
考えろ……!
考えるんだ!
なんとかして勝つ方法を……!
『気絶しても発動するなんて、仮眠スキル超便利だな』
その時、俺は閃いた。
まてよ……!?
ここに落ちた時の事を思い出せ。
さっき俺はどうやって目覚めた?
気絶して、その3秒後に目覚めたんだ。
ってことは気絶なら4秒以内でいけるんじゃないか!?
……。
わからない……!
でも、賭けるしかないだろう。
どのみち俺はあと30秒もすれば死ぬ。
一か八か。
この一撃に全てを賭けよう。
今の俺とデュラハンの距離ならギリギリ4秒稼げる!
そう判断した俺は、持っていた剣を右の柱に突き刺した。
そして柄の硬い部分に向かって思い切り頭突きをかます。
この衝撃でHPがゼロになるかもしれない、そんな一撃だった。
両方の目玉が裏返るような衝撃がし、直後に顔全体が前の空間に引っ張られるような感覚がした。
頭の中が真っ白になる。
頼む……ッ!
俺の予想通りであってくれ……ッ!
意識が飛ぶ直前、俺はそう考えていた。
そして、目覚める。
視界に音と光が飛び込んできた!
俺は倒れている!
目の前には俺を覗き込むようにして立っているデュラハンの姿!
奴は逆さに持った剣を俺の眉間に突き立てようとしているッ!
俺は咄嗟に右掌で剣の刃を押しのけようとした。
剣の勢いはすさまじかったが、辛うじて耳の横に逸れる。
僅かに触れた頬と髪がスパリと切れた。
俺は押しのけた勢いを殺さず、かつ相手の死角である左方から立ち上がった。
予め想定していた動きだ。
するとガイコツと目が合う。
その目はなぜか怯えているように見えた。
或いは怯えているのは俺か。
時間がやけにゆっくり感じる。
まるで走馬灯を見ているよう。
「ッ!!」
俺は一瞬だけ息を吸うと、壁に根本まで刺さっている剣を無理矢理引っこ抜き、その勢いでデュラハンを斬った。
受けようとしたデュラハンの剣が折れる。
我ながら凄まじい力だった。
更に畳みかける!
「おおおおおおおおおおおッ!!」
更に一刀を食らわす。
デュラハンの胸甲が甲高い音を立てて割れる。
俺の猛攻にデュラハンが姿勢を崩す。
その隙を逃さない!
もうHPがどれだけ残っているか分からない!
HPが尽きる前にデュラハンの頭を砕かなければ、俺は終わりだ!!
「スタミナ値が回復しました」
どこかのんびりしたスマホの声を聞き流し、俺は全体重をかけて倒れたデュラハンの頭を叩き潰すようにして斬った。
ゆで卵を割った時のようなクシャリという感触と共に、デュラハンの頭が潰れる。
俺の
俺がデュラハンの頭を砕いたのと同時に、奴の体も砂になって消え始める。
それを確認してから、俺も地面に膝をついた。
座っていることすらできず、そのまま大の字になって息を吐く。
呼吸のし過ぎで喉と胸が痛い。
他にも、全力を出したからだろう。
もはや剣すら握れなかった。
パワーナップの効果も多分切れてる。
「警告。
残りHPが最大HPの10パーセントを切りました。
ただちに探索を中止し、帰還してください。
センター職員もしくは最寄りの探索者に救助を要請する事を推奨します。
繰り返します……」
スマホアプリが必死に何度も警告してくる。
そこそこの音量で鳴っているのにどこか遠く聞こえるのは、危険が去ったからだろう。
何もかもが遠い。
ただ視界と、自分の息、そして鼓動の音だけが鮮明だった。
画面を確認すると、俺の残りHPは3と表示されている。
3……ってことは俺、あと10秒経ってたら死んでたのか……!!
間近に迫っていた死への恐怖。
その恐怖から逃れられたことで一気に安心感が押し寄せ、俺は心地よい疲労と激痛を感じながらゼヒューゼヒューと喘いでいた。
ようやく呼吸が落ち着いてきたので、何度も深呼吸をする。
痛い……!
苦しい……!
気持ちいい……ッ!
俺は……ッ!
生き残った……ッ!!
そんな風に俺が全身から血と涙と汗と息を噴き出して喜んでいると、
パラパラパラパラ……!
辺りにずっと充満していた血と金属の臭いが一瞬で消え、更に部屋中に敷き詰められていた石板が砕け散った。
それらはキラキラした光の粒のような形に変わって、俺の体に降り注いでくる。
これは『ダンジョン報酬』と呼ばれている現象だった。
は、初めて見た……!
これがダンジョン報酬……!
ダンジョン報酬とは、基本的にはボスを倒したことによる、魔鉱石などの産出と経験値が増加する現象のことだ。
原理としては次の通り。
ボスモンスターという高い魔素密度を持つ構造が破壊されると、一度に大量の魔素が大気中に放たれる。
すると放たれた魔素に引き付けられる形で、本来なら人体に蓄積したり、結晶化できない微量な魔素までもが人体に蓄積したり結晶化したりする。
それがダンジョン報酬と呼ばれる現象の詳細だ。
まるでダンジョンをクリアした時の報酬みたいだから、通称としてそういう名前がついている。
結果として空気は綺麗になるし、体もなんだか軽くなった。
HPもいくらか回復したのだろう。
気付けばスマホの警告メッセージも止まっている。
ピロリン♪
更に、スマホからもレベルが上がった時の音が鳴った。
試しにステータス画面を見てみると、なんとレベルが2も上がっている!
ウッソだろ!?
最近ずっと上がってなかったのに!
デュラハン1体で、ゴブリン何千体分の経験値があったんだよ!?
やった!
めちゃくちゃ嬉しい……ッ!
涙が出て来る。
埃塗れになった顔に涙が伝った。
体が震えている。
脳内の快楽物質がドバドバって感じだった。
だが俺が感じている快楽はそれだけではない。
なんだろうこの充実感……!?
生き残れたこととか、ダンジョン報酬とか、レベルアップしたこととか……!
それもみんな嬉しいけれど、それだけじゃない……!
なんていうか俺、今めちゃくちゃ人生満たされてる感じがするんだ……!
この感覚は一体……!?
そこまで考えて、ふと自分の体を見る。
全身血と泥塗れ。
剣もジャージもボロボロだった。
こんな見た目で街中歩いていたら、確実に警官から職質受けるだろう。
だけど、そんな見た目の自分が誇らしい。
「……」
そうか。
今まで互角かそれ以下のモンスターとばかり戦ってたけれど、今初めて自分じゃ勝てない格上の敵を倒したんだ。
だからこんなに今気持ちよくなってる。
だって、格上を倒すのって気持ちいいんだ……!
格上ってことはつまり、それまでの自分じゃ勝てない相手ってことだ。
そんな奴に勝てたってことは、つまり俺がこの瞬間に自分の限界を超えたってことで。
つまり俺はさっきの戦闘でめちゃくちゃ成長したってことだ。
そうじゃなきゃ勝てない。
そもそもデュラハンはEランクダンジョンの深層に出るモンスターだ。
探索者学校でも吉良くんとか、そういう成績トップクラスの連中が苦戦するような相手。
そんな奴を相手に万年最下位だった俺が勝った。
つまり今この瞬間、俺はクラスの連中をほぼほぼブチ抜いてるってわけで。
それって自分が強くなれたって感じがものすごくする……!
「そうか……きっと俺が世界一になるためには、強敵と戦うことこそが必要なんだ……!」
弱い奴ばかりと戦ってると、いずれ頭打ちになる。
それはゴブリン狩りでも学んだことだ。
経験値だけの話をすれば、デュラハンはゴブリン2000体分くらいだろう。
だけどゴブリン2000体狩るよりも、デュラハンを1体狩った時の方が断然成長できる。
それは俺が自分の限界を超えて戦う必要があるからだ。
今回の戦いで言えば、仮眠スキルの短縮法に気付けた事とか、窮地に陥ってもなんとか冷静に戦えたとか、その辺り。
いわゆる『
仮にゴブリン2000体狩ったとしても、この
だからレベルが上がったこと以上に、格上と戦ったことの方が重要なんだ。
俺が本当の意味で強くなるには、今まで自分が戦ってきた以上の相手と戦う必要がある。
「そうか。
『これまで通り』じゃダメなんだ……!
世界一になるには、以前の自分に勝ち続けないといけない。
そういう戦いこそが本当のレベルアップ。
ヘンリーもこういう戦いを勝ち抜いてきたんだな……!」
よし。
明日からはEランクダンジョンに挑もう!
昼間は仮眠スキル使いまくって熟練度を上げて。
ダンジョンでは格上のモンスターやボスと戦い、レベルはもちろんプレイヤースキルも上達させる。
そうすることで俺はのし上がる!
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