第10話、初めてのボス戦Ⅱ

「ッ!?」


 目覚めると、俺は暗闇の中に居た。

 体中が痛い。

 それと、なんだか空気が重かった。

 鼻を突くような獣臭……ゴブリンの臭いか。

 それと、肌を刺すような冷気が俺の体にまとわりついている。


 俺は……何をして……!?

 そうだ、ゴブリンに突き落とされたんだ!!

 ってことはここはボス部屋!?


 思って辺りを見回す。

 ボス部屋ならボスモンスターが居るはずだ。

 だが見たところ、ボスらしきモンスターの姿はない。

 あるのは落ちるときに手放したのだろう、俺の曲がった剣だけだ。

 俺は剣を拾い上げ、ホッと一息吐く。


 よかった。

 早く出よう。

 こんな所に長居はしたくない。


 そう思って天井を見上げる。

 天井まではおよそ10メートル。

 入口は狭くて急で、しかもマイナスの角度がついていた。

 ちょうど理科実験で使う三角フラスコの中に落ちたような格好だ。

 登るにはかなりの筋力と器用さが必要だろう。

 ざっと見て、両方とも30近くあれば登れるだろうか。

 30なら、スタミナ全快の俺のステータスならギリいけたはず。


 そう思って俺はスマホを見た。

 ステータスを確認しようとして、先にスタミナ値に目が留まる。

 さっきまで減っていたはずのスタミナ値がなぜか全回復している。

 どういうことだ!?


 ……!

 ああ、ひょっとして気絶したからか!?

 気絶したことで、仮眠スキルが発動したのかもしれない!

 だったら超助かった!


 俺は改めて自分のスキルに感謝した。

 もしも気絶が仮眠扱いになっていなければ、俺はまだこの穴の底で横たわっていたに違いない。

 そうなれば俺はボスモンスターの攻撃を受けて死んでいただろう。

 まさに九死に一生を得たのだ。


 気絶しても発動するなんて、仮眠スキル超便利だな。

 よかった。

 とにかく地上に戻ろう。


 俺が、そう考えた時。


 ――ゾクリ。


 突然背筋が凍りつくような悪寒がした。

 空気が明らかに違う。

 さっきまでのゴブリン臭が消えて、代わりに血と金属の臭いがし出す。

 温度も二度くらい下がったような感じだった。


 ガシャンガシャンガシャンガシャンガシャン!


 それだけじゃない。

 それまで普通の土だった床や天井や壁が崩れ、その奥から硬そうな石でできた床や天井や壁や柱が次々と現れる。

 あっという間に部屋の風景が変わる。

 まるで中世ヨーロッパの城の中のようだ。

 この環境の変化は、部屋中に満ちた魔素の構成が変わったからだろう。


 ってことは、もしかしてボスモンスターが出……ッ!?


「ッ!?」


 俺は背後に迫る何者かの足音を聞き、咄嗟にその場を飛び退いた。

 飛び退くのと同時に、それまで俺が居たところを鈍色に輝く刀身が通り過ぎる。


 そこに立っていたのは金縁の『板金鎧プレートアーマー』を身に纏った首無しの騎士。

 通称『デュラハン』と呼ばれるモンスターだった。

 本来両手で扱う大剣を片手で構え、もう片方の手で骨だけになった自分の首を小脇に抱えている。


 バカな……!?

 ここのボスはゴブリンキングじゃなかったのか!?


 そう自分に問いかけて、すぐに気付く。

 ボス部屋に出るボス以外のモンスターは基本的に一種類しかいない。

 こいつは『エクストラボス』だ!


『エクストラボス』が出現する理由はよく分かっていない。

 ただ、ダンジョン内でモンスターを一定数以上狩った場合に出現することが多い。

 なぜならモンスターを倒した際にバラまかれる魔素の一部がダンジョン内に戻って蓄積するからだ。

 敵を倒せば倒すほど、このボス部屋に魔素が溜まる。

 その魔素の量によってボスの姿が変化するのだ。

 さっきまでしていたゴブリン臭が消えたのもそれが理由だろう。

 魔素の密度が極端に濃くなった結果、その配合パターンが変わって、今は血と金属の臭いが充満している。

 この臭いはデュラハンやスケルトンなどを中心とする『死霊戦士族』と呼ばれるモンスターに特有の臭いだった。


 そうか。

 ここ2・3日で俺がゴブリンを狩り過ぎたから……!

 それでこのボス部屋に魔素が溜まって、ゴブリンキングより遥かに格上のデュラハンが出てきてしまったんだろう。


 でも、エクストラボスがデュラハンなんて情報聞いてないぞ……!

 もしかしたら初めて現れたのかもしれない。

 だって、ふつうの探索者はゴブリンなんか狩ってないでさっさとEランクダンジョンに行くもんな。


 マズい……!

 これは余りにもマズい状況だぞ!

 デュラハンは死霊戦士族の中でも強めの部類に入る!

 こいつはEの深層か、もしくはDランクのダンジョンに出現するモンスターなんだ!

 うちの学校でもこいつを倒せるのは、300人中成績5位の吉良くんとかしかいない!

 万年Fランクの俺なんかが戦っていいモンスターじゃないぞ!


 ガシャリ。


 俺がそんな風に内心焦っていると、デュラハンが動いた。

 重い板金鎧でできた体を鳴らしながら、俺の腰丈ぐらいある両手剣を振りかざして俺の方へと走ってくる。


 速い!?

 鎧が走ってるスピードじゃない!


 躱すことが難しいと判断した俺は、デュラハンの剣を受け止めようとした。

 膝を曲げ腰を深く落とし、両手で雑巾を絞るように剣の柄を握る。

 ガチガチに防御を固めた姿勢だ。


 直後、俺の頭目がけてデュラハンの剣が真っすぐに振り下ろされる。


「ッ!?」


 刹那、受け止めて反撃しようとした俺の脳裏にゾッとする光景が浮かんだ。

 剣ごと自分が真っ二つにされるイメージだ。

 なぜそんなものが浮かんだのか解らない。

 とにかく強引に体を捩じって躱そうとする。


 ガギィン!!


 俺の予感は正しかった。

 デュラハンの剣は片手とは思えない威力で、受け止めようとした剣が真っ二つに圧し折られてしまった。

 更に俺のすぐ傍に現れた石柱をも一刀両断にしている。


 なんて馬鹿力なんだよこいつッ!?


「ぐあッ!?」


 デュラハンの勢いは止まらない。

 その硬い金属プレートの体で、俺に体当たりをブチかましてくる。

 余りの衝撃に、俺は真後ろにぶっ飛ぶ。

 一瞬視界が弾ける。

 平衡感覚を無くしかけ、それでも勢いを殺さずに立ち上がる。

 まるで自動車にでも追突されたような衝撃だった。

 体の激痛を味わう間もなく、剣を構えたデュラハンが目前に迫ってくる!

 トドメと言わんばかりにもう一撃俺に加えようとしてきた。

 右斜め下からの斬り上げだ!


 ダメだ死ぬッ!?


 死を直感した俺は、咄嗟に前に出た。

 相手に密着する事で斬られるのを防ぐと同時に、剣の柄でデュラハンの胸甲を叩く。

 甲高い金属音がすると同時に、デュラハンが少しだけ身を引いた。

 その隙を逃さず、デュラハンの体を蹴る。

 デュラハンが後ろに一歩引く。

 俺も合わせて背後に飛び退き、距離を取った。


 なんとか凌いだ!?

 よかった……ッ!!

 日頃からトレーニングを欠かさないようにしてて……ッ!!


「ッハッハッハッハ……ッ!!」


 急に激しい運動をしたからだろう。

 胸の中で心臓が飛び跳ねていた。

 荒い呼吸も止められない。

 汗がブワッと出てくる。


 そんな時、視界の端でデュラハンが再び剣を振り上げるのが見えた。

 デュラハンはそのままピタリと動きを止めて、こちらの様子を窺っている。

 今この瞬間にも奴は突っ込んできそうだ。


 ムリ……!

 ムリムリムリムリムリだろこんなのおおおおお!?

 こんな化け物と戦って勝つとか絶対ムリ!

 なら逃げるか!?


 デュラハンから目を逸らさないようにして、一瞬天井に意識を向ける。


 かなり険しい崖だが、今の俺のステータスならなんとか地上まで這い上がれるとは思う。

 だがデュラハンこいつが居る状態じゃそれもムリだ。

 背中を向けた途端に斬られるのがオチ。

 つまり俺はこいつを倒さないと帰れないという訳で。

 そんなの、どうしようもないじゃないか!


 思ったその時、ふとデュラハンが小脇に抱えているガイコツ頭が目に入る。


 そういえば、デュラハンには弱点があった。

 頭だ。

 あの頭自体が力核コアになっている。

 つまりあの頭を砕きさえすれば、デュラハンは鎧ごと消える。

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