第9話、初めてのボス戦

 その日。

 放課後、俺はむさしのダンジョンにやってきていた。

 今居る場所は最下層。

 鬱蒼と生い茂った木立の間、通称『幽霊林』にいる。


「ふう」


 俺は息を吐いた。

 たった今最後に残ったゴブリンを斬り倒したところだ。

 そのまま剣を鞘に納めようとして、ガチッと音がなる。

 剣が鞘に収まらない。

 どうやら刀身が曲がっているらしい。

 恐らく敵を散々斬ってきたためだろう。


 この剣も、もう使えない。

 3万円したんだけどな。


 考えながら、鞘に収まらなくなった剣を地面に突き刺す。


 俺の足元にはゴブリンの死体が数体分転がっている。

 片っ端から砂のようになっていくので一目では分からないが、俺は既に50体近くのゴブリンを倒している。

 体はもちろん服にも傷一つついていない。

 だが俺の心は暗かった。


「ダメだ……!

 西麻布さんはゴブリンが消える前に50体狩った。

 それに比べて俺は……!

 余りにもザコい……!」


 確かに以前に比べたら、俺は凄まじく強くなった。

 スライム相手に互角の勝負をしていた頃の俺がもし今の俺を見たら、きっと羨ましがるだろう。


 といっても西麻布さん……いや、平均的な探索者と比べても俺は弱い。

 平均の取り方にもよるが、Dランクダンジョンでフツーに稼げるぐらいが恐らく探索者の中央値だろう。

 俺は未だにFランク。

 ザコの中で少し強くなっただけだ。


 果たしてこんなんで世界一になれるのだろうか。

 段々疑問に思えてくる。


「はあ」


 俺は再度溜息を吐き吐き、それからスマホのステータス画面を開いた。



 ──────────────────



[レベル]     13



[スタミナ値]   51/63

         (現在値/最大値)



[称号]      『ゴブリンキラー』

 ゴブリンに対するダメージが20パーセントアップする他、STRが1上がる。



[HP]       47/52(ー5)

         (現在値/最大値)

 マイナスはスタミナ値による補正



 ◆

 ──────────────────


 STR(筋力)         28(ー2)(+1)

 DEX(器用さ)         26(ー2)

 AGI(素早さ)          22(ー2)

 VIT(耐久力)        20(ー2)

 INT(知能)          25(ー2)

 CHA(魅力)         19(ー2)


 ステータス振り分けポイント  0


 ◆

 ──────────────────


 あれからレベルが7上がって、13になった。

 各種ステータスが魅力CHA以外20を超えている。

 筋力STRに関しては、スタミナを回復すれば30に到達する。

 ステータスポイントの振り分けは筋力STR器用さDEXに3ずつで、素早さAGIには1を追加した。

 以前からの方針通り、俺1人でも敵を倒せるようにカスタマイズしている。


 更に今回俺は『ゴブリンキラー』の『称号』も得ていた。


 倒したモンスターの種類や倒し方などによって、体内に沈着する魔素の種類が変わる。

 それはモンスターによって魔素の形が若干変わるからだ。

 今回の場合はゴブリンを倒した際の『ゴブリン因子』と呼ばれる種類の魔素が大量に溜まったのだ。

 その影響で俺の体が変化して、ゴブリンに対してより効果的なダメージを与えられるようになっている。

 筋力STRの上昇に関しては、ゴブリンは全ステータスの中で筋力STRが高いからこうなっているのだろう。


 ちなみにスキルも1だけレベルアップしている。

 それにより『パワーナップ』という新しいアビリティを覚えた。

 仮眠を取った後の覚醒後、15秒間だけ筋力STRが20パーセント向上するという効果だ。

 正直使い方が難しい。

 15秒という時間制限があるからだ。

 効果的に使うためには敵前で眠る必要があるが、なるべくリスクは避けたい。


 今後のレベルアップに期待という所か。

 ただ、次のレベルアップに必要な熟練度も100だったのが1000まで上がっており、1日や2日ではどう頑張っても上がらなかった。

 やっぱり現実は厳しい。

 チートスキルで無敵なんてのは夢のまた夢だ。


「……」


 なんだか気がめいってくる。

 どう頑張っても上がらないのはスキルだけじゃない。

 ここ3日ばかり、俺自体のレベルも上がっていなかった。

 ずっと13のままだ。

 ザコばっかり狩ってるせいだろう。

 今日だってゴブリンを50体近く倒しているけれど、全くレベルが上がる気配がしない。

 これじゃ頭打ちだ。

 効率良くレベルを上げるには、俺はもっと強い奴と戦わなければならない。


 そんな事を考えながら林間を歩いていくと、やがて開けた場所に出た。

 そこには直径5メートルぐらいの縦穴が開いており、この穴の下がむさしのダンジョンの最深部だった。

 ここは通称『ボス部屋』と呼ばれている。


 もちろんダンジョン内にボス専用の部屋が設けられている訳ではない。

 ダンジョンの一番最深部を便宜上ボス部屋と呼んでいる。


 ダンジョンの構造的に、下層になればなるほど魔素が濃くなる。

 魔素が濃いってことは、敵も強いってことだ。


 特にこの『ボス部屋』には、ダンジョン中の魔素が溜まるために一際強いモンスターが現れることが多い。

 同時に産出されるダンジョン資源もレアなものが増える。

 他の探索者が倒していると既にいない場合もあるが、今回はどうやら居るみたい。

 穴の底から、密集した魔素が黒い煙のように立ち上っている。


『むさしの』のボスは、ゴブリンキング。

 持っているスキルやステータスの上げ方にもよるが、10あればソロでも勝てると言われている。

 しかも俺はゴブリンキラーを持ってる。

 戦えばほぼ確実に勝てるだろう。

 だけど怖い。

 なんで怖いんだろう。


 ああ。

 またスライムと戦った時みたいになったらイヤなんだ。

 だって、万全の状態なのにもしも勝てなかったら、俺は本当のザコってことで。

 そうなったら俺は俺に失望するだろう。

 だから戦いたくない。


 格下のゴブリンとだけ戦っていればいいんじゃないかな。

 効率はめちゃくちゃ悪いけれど、いちおうレベルは上がる。

 今の俺だと恐らく1000体くらいは狩る必要があるけれど、その代わり安全だ。


「……」


 そうだな。

 あと1つだけレベルを上げるか。

 万全な状態でボスに挑もう。

 よし、一旦地上に戻るぞ。


 俺がそう決めて振り返ろうとした時、


「ケラケラケラッ!」


 突然背後からゴブリンの笑い声が聞こえてきたかと思うと、何者かに背中を押されてしまった。

 何もない空中へと身を乗り出してしまう。


「うわああああっ!?」


 俺はそのまま穴の底へ落ちていった。

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