第8話、最強の探索者
東京都千代田区永田町。
首相官邸の真向かいにある日本トップクラスの超高級ホテル『キャピタルホテル東京』。
その15階ミーティングルームにて、会議が行われていた。
およそ18坪程の部屋の中に、20名の男女が座っている。
彼らは国内から集められた、最低Bランク以上の著名な探索者たち。
まさに層々たるメンバーだった。
部屋の中央部分には巨大なスクリーンが用意され、そこに大きく『最強の探索者とは』と本日の議題が映し出されている。
「本日、皆様にお集まりいただいたのは他でもありません。
こちらの議題について、現役にして最強の探索者である皆様のご意見を頂きたいと思ったからです」
三角頭をしたスーツ姿の中年男が探索者たちに言った。
彼は『
「では話し合いに進む前に、そもそもなぜ最強の探索者について意見を頂くことになったのか説明いたしましょう。お手元のタブレットをご覧ください」
会長がそう言うと、各々が自分の前に置かれていたタブレットを手に取った。
そこには大きく『日本の現状』と書かれた資料がある。
同時に巨大スクリーンにも同じ資料が投影された。
「皆様もご存じの通り、我が国は現在世界に比べてかなりの遅れを取っております。
国が保有している高ランク探索者の数やダンジョン資源の産出量から算出されるDNI(ダンジョン国内総所得)で現在世界12位。
ダンジョン先進国であるアメリカや中国はもちろんのこと、韓国や台湾にも大きく差をつけられております。
このままではいずれダンジョン後進国と呼ばれてしまうことでしょう。
世界に冠たる経済大国として……いえ、現役のイチ探索者として私はこのような日本の状況をなんとかしたいと思っております。
次のページをご覧ください」
そこまで一息に語ると、会長は水を一口飲んだ。
タブレットを操作し、スクリーンに次のページを映し出す。
そこには大きく『英雄の必要性』と書かれていた。
「では、かの国にあって我が国に足りないものはなんでしょうか。
それは幾つもあります。
ダンジョンという新しい環境とその変化に対する柔軟な姿勢。
経済大国であったが故のハングリー精神の欠如。
ダンジョン関連予算の少なさ。
国民のダンジョンに対する理解。
さまざまです。
ですが、我が国に最も足りていないのは探索者そのものの質であると私は考えております。
突出した英雄の如き探索者を創り出すのです。
わが国にはそういった偉大な探索者がおりません。
その事実が、何よりも我が国をダンジョン後進国たらしめる理由です」
更にページが捲られ、スクリーンに投影されたのは世界最高クラスの探索者たち。
その写真や輝かしい功績であった。
そこに日本人はいない。
「1人の英雄が生まれれば、現状は一気に変わります。
先に私が挙げた諸問題は全て解決するはずです。
それはかつてのアメリカや中国が歴史の中で証明済み。
世界ランキング1位のヘンリーウォルターや3位の
今ではアメリカと中国だけで世界の優れた探索者の6割を排出しております。
英雄が現れれば、英雄に合わせた秩序もまた自然に生まれる。
彼らのような突出して優れた人材こそが、日本には必須なのだと私は考えております。
ではそんな彼らの活躍を支えているものは何か。
それが分かれば、我が国も彼らのような英雄を輩出できるはずです」
そこまでまくしたてるように説明すると、会長はタブレットを操作した。
画面には『英雄を英雄たらしめるスキル』という一文が現れる。
「ここにも様々な要因が考えられます。
ですが私は今回『スキル』に着目したい。
なぜなら偉大な探索者たちは、誰もが優れたスキルを持っているからです。
そこで今回は偉大な探索者に必要なスキルについて語り合いたい。
我々が限られた予算をどういった人材に率先して与えるべきかを決めたいのです。
ぜひ忌憚のない意見を聞かせて下さい。
どなたか意見は御座いますか?」
会長が尋ねる。
「ああ? そんなの戦闘系スキルに決まりだろ」
すぐさま答えたのは、金髪混じりの髪を長く伸ばしたマッチョな好青年。
まるで発達した筋肉を見せびらかすかのような、挑発的なボディスーツに身を包んでいる。
彼の名は『
28歳にして日本を代表する
ネットでの通称は『ライオンキング』。
彼は高校生最強探索者である西麻布の3倍強いと言われていた。
「俺が持ってるスキル『剛腕』があれば、どんなモンスターだってイチコロだ。なにしろ
獅子神が逞しい二の腕を見せながらそう言うと、
「私は回復系スキルこそ最強……いや、今の日本に必要なスキルだと思うね」
その隣に座っていた白衣姿の少女がジト目で言った。
彼女の名は
歳は22歳。
ポーランド系ドイツ人とのハーフである。
そのため透き通るような碧眼と日本人離れした容姿を持っており、同世代はもちろんアイドルやモデルさえ太刀打ちできないほど美しかった。
そんな彼女はダンジョン学における国内最高権威『ライドビリティ高等ダンジョン学研究所』を預かる若き女所長でもあり、探索者が使用しているスマホアプリ『ステータス』の開発もしている。
本業は勿論研究であり、探索はあくまでフィールドワークとして行っていたが、それだけで国内最高峰のAランクに到達している。
「現に英国は世界最高の回復スキル使いを1人輩出したというだけでDNI(ダンジョン国内総所得)で5位につけている。
我が国に優秀な探索者がいない理由の一つは、高難易度ダンジョンにおける生還率の低さにある。
回復さえできれば誰も死なない。
誰も死ななければ必然的に探索者の数が増える。
ついでに言えば、回復系スキルの持ち主は希少だしな。
探索者1000人辺り1人もおらん。
協会が保護する必要があるだろう」
「でもよお嬢ちゃん、回復だけじゃ潜れねえぜ。
最低一人は強えやつがいる」
夏目がはっきりそう答えると、獅子神がその肩に手を回して言った。
彼は有名なプレイボーイでもある。
彼のSNSを相互フォローしている女性のうち、9割が彼の愛人だった。
「いや、回復スキルの持ち主はたいてい本人も強い。そのことはデータが証明している」
そんな獅子神に対し、夏目が淡々とした口調で返答する。
彼女が興味あるのは未知の現象だけであった。
「ダンジョンはデータだけじゃ潜れねえんだぜ? 俺が一緒についていってやろうか」
そんな夏目の態度が気に食わなかったのだろう。
獅子神が更に詰め寄る。
彼は夏目の顎に手を当てて言った。
「たしかに。
データを扱えるだけの頭がなければ潜れないだろうからな。
知性がサル並みの人間では腕力に頼るしか術がないのだろう」
その手を払い除け、夏目が淡々とした口調で言い返す。
すると獅子神が立ち上がった。
「おい、まさかこの俺をバカにしてんのか?」
対する夏目は座ったまま、『やれやれ』と言わんばかりに両手を上げる。
すると、獅子神が夏目の白衣の襟を掴んだ。
「今すぐこの俺に謝罪しろ。さもねえと殺す」
「謝罪するのはキミだろう。公共の場に相応しい言動を覚えたまえ」
そんな獅子神の態度に、内心では怒っているのだろう。
夏目も一歩も引かない。
場の雰囲気は一触即発となる。
「き、君たち、落ち着きたまえ……!」
JSO会長が狼狽えて言った。
もしもAランク探索者同士が本気でケンカをすれば、こんなホテルなど一瞬で吹き飛ぶ。
「お二人とも、会長が困ってますよ」
そんな時、2人の向かいに座る男が優しく声をかけた。
銀色の髪と糸目が特徴的なこの男の名は『
Bランク上位の探索者である彼は著名な動画投稿者でもあり、また自分のオンラインサロン『
眠がいつか入りたいと言っていたオンラインサロンだ。
ネットでの通称は『レベルイーター』。
その名の由来は彼が持つ同名のユニークスキルにある。
「頬白。口出しするならてめえも容赦しねえぞ」
「やめてくださいよ。貴方に凄まれると怖いです」
「だったら黙ってろクソガキ」
獅子神に脅しつけられるが、頬白は柔和な笑みを浮かべている。
その態度にはハッキリと余裕が感じられた。
まるで獅子神と戦っても構わないといった様子だ。
そんな頬白の姿に、
「そうだ。彼のスキルも強い」
ふと夏目が思い出したようにそう言って、頬白の左手を興味深そうに見つめた。
その手には黒い革の手袋が嵌められている。
「なんでもあの手で『レベル』を吸うらしい。吸われた相手は体に溜まった魔素を根こそぎ吸い取られて、レベルが1に戻ってしまうそうだ。そんなスキルを使われたら我々は一発で探索者廃業だな」
「な、なんだと!?」
獅子神がゾッとした顔で頬白を見返した。
探索者にとって、積み上げたレベルは人生そのものといっていい。
それが無くなるなど考えたくもなかった。
「いえいえ。私なんか大したことないですよ。所詮ザコ狩りしかできませんから」
頬白が微笑んで言う。
それを聞いて夏目が頷く。
「ああ、キミのスキルは自分のレベル以下の人からしか吸えないんだったか。
つまり私と獅子神にはそのスキルは使えない」
「は……なんだよ脅かしやがって」
獅子神がホッと息を吐く。
「そうです。
それともう一つ。
人間には使えません。
対象にできるのはモンスターだけです」
頬白が、言って糸目を僅かに開いた。
「ふむ。だがそれでも十分強力だ」
「いえいえ、最強のお二方には負けます」
頬白が微笑む。
「ところで頬白。キミに聞きたい。キミが思う最強のスキルとは何か」
「最強のスキルですか? 難しいですね」
頬白が細い顎に指先を当てて思案する。
そうして暫く考えた後、
「もしスタミナ値を回復できるスキルがあるとしたら、その方が最強でしょう」
やがて人差し指を立てて言った。
「あ? スタミナ値なんか回復できてもしょうがねえだろ。ザコがダンジョン潜れても意味ねえ」
獅子神が頬白の言葉に噛みつく。
一方で、夏目はフンフン頷いていた。
「なるほど。一理ある」
「どういうことだ?」
「確かにレベルが低いうちはそうだろう。
何回ダンジョンに潜れたとしても、余り意味はない。
だが考えて欲しい。
もし我々が1日に何回でもダンジョンに潜れるようになったとしたら?」
「……ッ!?」
夏目のした問いかけに、獅子神は目を丸くする。
「たしかにAランクダンジョンは俺でも1日に1回が限度……!
Bランクですら1日に何度も潜ったことねえ……!!」
「そうだ。
それは我々が弱いからではなく、スタミナ値を消費してしまうせいだ。
スタミナ値が減った時に被るステータス減損や高山病に似た症状など、スタミナ値が少ない事によるデメリットは大きい。
我々がいかに有能でも、スタミナ値がゼロになってしまえば生きた死体も同然だからだ。
その状態ではグリーンスライムにすら勝てない。
更には、スタミナ値を回復できるメリットも凄まじい。
単純にモンスターを多く狩れることや、それによるエクストラボスとの遭遇率アップ。
またダンジョン報酬など幾らでも考えられる。
だが最も大きいのは『
何回もダンジョンに潜れるということは、そいつはヤバいくらいダンジョン探索に関する経験や知識を手に入れることができる。
どんなに有能なスキルがあったところで、圧倒的なプレイヤースキルの前にはガラクタ同然だ。
そんなものがハンデにもならないことは、他ならぬこの私がよく知っている」
そこまで一息に語ると、夏目は目の前に用意された水を一口飲んだ。
普段冷静な彼女が興奮冷めやらぬ様子だった。
「したがって、スタミナ値を回復できるスキルがもしあるとすればそれを持つ奴が最強だろう。
しかし私もスキルに関しては情報を集めているが、スタミナ値を回復するスキルなんて聞いたことがないな。
戦闘系や回復系。
獅子神のような身体強化系。
炎や雷などを操る自然操作系。
そして瞬間移動や念動力といった超能力系などスキルの種類は多岐にわたるが、スタミナ値に関わるスキルは例が無い。
もしかしたらスキルという概念すらも超越しているのかもしれない……!」
「どういうことです?」
頬白が尋ねる。
「これは私の直感なのだが、スタミナ値という現象は何か、ダンジョンそのものの根源に迫る事象が関わっていると、そんな気がするのだ」
「「「……」」」
夏目のした呟きに、頬白を初めその場の連中が皆黙る。
「だが、そんな奴いねえんだろ?」
暫くして、獅子神が頬白に尋ねる。
「そうです。
あくまで居たらの話ですよ。
夢物語です。
そんなスキルはこの世に存在しませんから」
頬白が微笑みながら答えた。
夏目も頷く。
「ですから、日本に今必要なスキルの話ですけれど、私も夏目さんと同じ回復スキル持ちに一票投じます。
獅子神さんも最強とはちょっと違いますが、回復スキル持ちがギルドに居たら助かるのではないですか?」
「そりゃそうだ」
獅子神のギルド『金獅子』には現在4000名を超える探索者が所属しているが、回復スキル持ちは1人も居ない。
それ程に回復スキル持ちは貴重だった。
「では、回復スキル持ちに予算を投じるのは如何でしょう。
もし日本が世界最高クラスの回復スキル持ちを育成できれば、英国のようになれそうです」
「そうだな。私も頬白の意見に賛成する」
「まあ回復スキル持ちは欲しいな」
頬白の意見に、夏目や獅子神が頷く。
3人の意見に他の探索者たちも同意した様子だった。
「わかりました。それでは回復スキルを持つことができるスキルを持つ人材を探しましょう」
それを受けて、会長が場をまとめた。
「会長。
私が個人的に知っている探索者に『西麻布』という少女がいる。
彼女が回復スキル持ちだ」
すると、夏目がスマホを取り出しながら言った。
「あの生意気でクッソエロい体したクソガキか。たしかに悪くねえ」
その名を聞いて獅子神も反応を示す。
西麻布の名前は業界でも有名であり、彼のギルド『金獅子』も水面下で接触を図っていた。
「ふむ。夏目さん、その西麻布という方を紹介して頂けますか?」
「聞いてみよう」
夏目はそう言うと、西麻布に電話を掛けた。
「私だ。
西麻布クン、キミにいい話がある」
その日、西麻布はホテルに直接呼び出された。
あのJSOが一介の女子高生の後見についた。
その噂は瞬く間に探索者の間に広がり、西麻布は若い世代のトップに躍り出ることになる。
一方、世界でただ一人スタミナ値を回復するスキルを持つ男、眠士郎はひたすら仮眠を取りながらダンジョンに潜る生活を続けていた。
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