第5話、ダンジョンでレベル上げⅡ
「ケラケラケラッ!」
笑い声が聞こえると同時に、木製バットで殴られたみたいな鈍い衝撃が俺の右腕を襲った。
俺は咄嗟に左にあった繁みに飛び込む。
痛えッ!!?
待て待て待て待て待って!?
なんで俺ぶっ飛んでるの!?
痛いのなんで!?
ダメだパニックになってる!?
落ち着け俺!!
そう自分に言い聞かせて、なんとか立ち上がる。
たぶん何かから攻撃を受けたんだ!
そう思って振り向くと、繁みの向こうに小学生くらいの体格をした緑色の肌を持つ亜人が立っている。
『グリーンゴブリン』だった。
ブザマに這いつくばる俺を淀んだ丸っこい目で見下ろしながら、裂けた口を耳近くまで開いてケタケタ笑っている。
その胸元には鈍色に輝く
ウソだろ……!?
なんで第1階層にゴブリンがいるんだよ!?
『ねーねー。最近ゴブリンが増えてるらしいよ。なんか第1階層にもたまに出るんだって』
そう自分に問いかけた時、ふと探索者センターでカップルが話していた内容が思い浮かんだ。
そうか……!
個体数が増えて、浅い階層に出てきたんだ。
モンスターの個体数が余りに増えると、その階層の大気中に含まれる魔素の量が減ることがある。
その場合、一時的に上の階層の方が魔素が濃くなるのだ。
すると下の階層に居たモンスターが上の階層にやってくる。
このゴブリンも恐らくそのパターンだ。
この状況は、マズい……!
激烈な痛みに顔をしかめながら、俺は考え続けた。
まず、右腕が動かない。
シャツの袖がはち切れて、殴打された部分の皮膚が青くなっている。
痛くて力が全く入らない。
折れてる可能性もあった。
更には剣も抜けない。
利き腕が使えないので、仕方なく俺は反対の左腕で、左腰に差した剣を抜こうとしているのだが、抜く時の距離が足りていないため鞘から刀身が出ない。
利き腕が使えなくなるなんて想定してなかったからだ。
しかも、相手はゴブリン。
全ステータスがスライムを上回っており、とりわけ
スライムと互角の俺が勝てる相手じゃない!
「ケラケラケラッ!」
そんな事をしている内に、ゴブリンが拳を振り上げて飛び掛かってきた。
俺は間一髪で避ける。
一見華奢に見える拳なのに、俺の顔の前を通り過ぎる時、ホームランバッターが振るバットみたいなブオンという風音がした。
小柄なのに凄い筋力だった。
このまま戦うのは危険だ。
一旦逃げよう。
ここはダンジョンの入口だから、全速力で走ればなんとか逃げられるはず……!
俺は瞬間的にそう思った。
そして入口に向かって走ろうとする。
だが、あっという間にゴブリンに回り込まれてしまう。
ダメだ!?
こいつの方が速い!
「ケラケラケラッ!」
きっと俺が格下だと思っているのだろう。
ゴブリンはあのイヤらしい笑みを浮かべて俺を嘲笑っていた。
ゴブリンは残忍な性格。
きっと俺をいたぶって殺すつもりなのだろう。
もうダメだ……!
死ぬしかないのか……!!
俺が絶望しかけていたその時、
『アンタみたいのが世界一になれるわけないじゃない』
ふとゴブリンの顔に重なるようにして浮かんだのは、西麻布さんの嘲笑。
あの日、西麻布さんは俺の夢を嘲笑った。
そして今俺は、ゴブリンにも嘲笑われている。
クソ……ッ!
悔しい……ッ!!
俺はこんなところで終わりなのか!?
突如として込み上げてきた敗北感。
それに突き動かされた形で俺は立ち上がる。
腕が折れてるとか関係ない。
まして、絶望的な状況などどうでもよかった。
そんなものよりも耐えられない事がある。
今この瞬間、俺が目の前に居るゴブリンよりも弱いこの現実だ。
弱い自分など一瞬たりとも許せない!
今すぐ世界で一番になりたいって、そのために俺は頑張るって決めたんじゃないか!
そう心の中で叫び、目の前のゴブリンを睨みつける。
落ち着け。
考えろ。
ヘンリーウォルターだって最初はレベル1のザコだった。
今の俺ぐらいのピンチは何度だって乗り越えてきたはず。
だったら俺だってなんとかなる!
いや、なんとかならなくてもなんとかするんだ!
じゃなきゃ仮に生き残れたって俺は負け犬だ!
だが、どうする?
闇雲に突進したって勝てない。
ステータスは相手の方が上なんだ。
それなら……!
その時俺が思いついたのは、仮眠を取る事だった。
仮眠を取ればスタミナが回復する。
スタミナが回復すれば、ステータスにかかったマイナス効果が打ち消されるはずだ。
その状態ならゴブリンに勝てるかもしれない。
なにしろ今と比べて全ステータスが20パーセントも上がるんだ。
ゴブリンのステータスはスライムよりも一回り高いが、それでも試してみる価値はあるだろう。
俺は仮眠を6秒で取れる。
そう考えた俺は、ゴブリンの様子を窺いつつもゆっくりと辺りを探った。
問題は、どうやってその6秒を稼ぐかだ。
目の前で眠ったら撲殺されるに決まっている。
すると一本の大木が目に入る。
その大木は幹回りがマンホールくらいあり、ちょうど頭の高さくらいの所に太い枝が生えている。
あの木によじ登れば……!
ゴブリンはSTR、つまり筋力は強いけれどDEXが低いから不器用だ。
したがって木登りは苦手なはず。
だが、果たしてこんな腕で登れるか?
そもそも登ってる最中に攻撃を喰らったら、ひとたまりもないぞ。
……。
やるしかない!
そう思った俺は、近場の木に向かって走った。
ゴブリンは一瞬不思議そうに俺を見たが、すぐに追いかけてくる。
早くよじ登るんだ!
両足で思いっきりジャンプし、左手で太い枝を掴む。
同時に足で幹を蹴って、その勢いで枝に反対側の足を引っかけようとした。
ダメだ!
上手く引っかからない!!
ブオン!
そう思った次の瞬間、背中の数センチ下をゴブリンの手が通り過ぎた。
コンマ何秒かの差で、ギリギリ足を枝に絡みつかせることができたのだ。
ゴブリンはその場で何度も飛び上がり、俺の体を掴んで引きずり降ろそうとしてくる。
俺はゴブリンの手を躱すと、更に上に生えている枝へと左手を伸ばした。
そのままよじ登る。
よし!
なんとか木の上に登れたぞ!
下を見れば、ゴブリンはやはり登れないらしく怒った顔で俺の事を見上げている。
このまま木の上で仮眠スキルを発動しよう!
ドォン! ドォン!
すると、ゴブリンが木を蹴り始めた。
まるで巨大なイノシシが体当たりしているような、物凄い振動だった。
恐らく長い時間は持たない。
危険だけれど、今ここで俺は眠るしかない!
そう考えて俺は目を瞑った。
仮眠スキルを発動する!
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