第6話、ダンジョンでレベル上げⅢ

 ゴブリンが木を蹴り始めた。

 まるで巨大なイノシシが体当たりしているような、物凄い振動だった。

 恐らく長い時間は持たない。

 危険だけれど、今ここで俺は眠るしかない!


 そう考えて俺は目を瞑った。

 仮眠スキルを発動する。


 ……………………。


 意識が消えて、一瞬の後に俺は目覚めた。

 状況は、どうなって……ッ!?


 気付いた時には、俺は空中に居た。

 木から真っ逆さまに落下中だったのだ。


 落とされた!?


 一瞬でそう判断すると、俺は咄嗟に幹を蹴った。

 真下には案の定ゴブリンが居たが、数メートル先の草地に腕から落下する。

 なんとか受け身を取ってダメージを減らした。

 頭が抜群に冴えている気がする。


「キシャアアア!」


 刹那。

 ゴブリンが俺目がけて飛びかかってくる。

 怒りのせいだろう。

 今までにないくらいのスピードだった。


 だが、俺には当たらない。

 いつもより体が軽い。

 頭もなんだか冴えている。

 ゴブリンの動きにも充分ついていけるぞ!

 これならいける!


 ゴブリンが次々繰り出してくる拳をしっかり見て躱した俺は、背後に1メートルほど跳んだ。

 反撃に出るためだ。

 俺は左足を大きく後ろに出し、腰を引いた。

 鞘からの距離を稼ぐことで、左手一本で剣を抜くことに成功する。


 剣を抜く方法を直感的に理解したのだ。

 恐らくステータスの知INTが上がっているからだろう。

 頭が妙に冴えている。

 反撃開始だ!


「うおおおおおおお!!!」


 俺はゴブリンとの1メートルちょっとの距離を跳んだ。

 さっきまでの俺とは違う、素早いスピードと高い跳躍力にゴブリンは対応できていない。

 俺は更に空中で剣を逆手に持ち替え、直上からゴブリンに襲い掛かった。

 天から地へ。

 握りしめた剣を全力で打ちつける。

 狙うはゴブリンの胸元。

 モンスターの生命の源である力核コアだ。

 パワーアップした俺の筋力STR器用さDEXに加え、跳んだ時の位置エネルギーも加えて一気に叩き壊す。

 これが俺の全身全霊の一撃!


「ッ!?」


 だが直後、勢いのまましゃがみ込んだ俺は息を吞む。

 思い切り振り下ろしたせいだろう。

 剣先が地面に刺さって抜けないのだ!

 今攻撃されたらヤバい!?


 そう思い、焦って目だけで前を見上げた。

 すると、ゴブリンは俺に斬られたままの格好で立ち尽くしている。

 絶命していたのだ。

 そのまま、まるで砂で作った彫像のようにサラサラと体が崩れ始める。


 よ……!

 よかった……!

 倒せたんだ……!!


「……ハアッ……ハアッ!!!」


 いつの間にか息が上がっていた。

 鼓動も激しい。

 全身の血管が痛いくらいに脈打っている。

 俺は溜まらずその場に座り込む。


「やった……!

 やったぞおおおお!!

 ゴブリンを……倒したあああ!!!」


 荒い呼吸の合間に叫ぶ。

 格上に挑戦し、それを倒せたことがとんでもなく嬉しかったのだ。

 こんなに嬉しいのは、人生で初めてかもしれない。


 ピロリン♪


 その時ポケットに入れていたスマホが鳴った。

 この音……もしかしてレベルアップした時の音か!?


 俺はスマホを取り出し、早速ステータス画面を確認する。



 ──────────────────



[レベル]     3




[スタミナ値]   50/52

         (現在値/最大値)



[称号]      なし




[HP]       9/42(ー0)

         (現在値/最大値)

         ※マイナスはスタミナ値による補正


 ◆

 ──────────────────


 STR(筋力)         13(ー0)

 DEX(器用さ)         13(ー0)

 AGI(素早さ)          12(ー0)

 VIT(耐久力)        12(ー0)

 INT(知能)          17(ー0)

 CHA(魅力)         11(ー0)


 ステータス振り分けポイント  2


 ◆

 ──────────────────



 なんと、レベルが2も上がっている!

 ウソだろ……!?

 そっか、昨日の時点でレベルが上がりかけだったんだ。

 それに加えて、ゴブリンなんて強敵を倒したから、一気にレベルが上がったんだ。


 そう思い、改めて画面を眺める。

 よく見ると、各種のステータスがそれぞれ2ずつ上がっていた。


 レベルアップ時には、基本的に各ステータスが1ずつ上がる。

 それにプラスして『ステータス振り分けポイント』が入る。


 その名の通り、レベル上昇時に一部のポイントが恣意的に振り分けられるというものだ。

 とはいえ別に、ゲームマスター的な存在から振り分けポイントなるものがプレゼントされるという訳ではない。

 ただ意識的にどのパラメーターを重視しているかによって、そのパラメーターが成長しやすくなる傾向がある。

 これは筋トレでいう所の『マインドコネクション』と呼ばれる現象に近い。

 鍛えたい部位をイメージしながら筋トレすることで、その部位がより効率的に鍛えられる。


 それを数値に表したのが、この振り分けポイントである。

 この振り分けによって、探索者は戦士型や魔法使い型など自分に合った様々なステータスになれる。


 俺のポイントは現在『2』。

 このポイントを好きなステータスに割り振れるというわけ。


 ヤバい……!

 テンションあがってきた……!

 こんなにウキウキするの久しぶりだ!

 何を上げるか!


 ステータス振り分けの基本的な考え方だが、『役割分担を意識する』というのがある。

 それはいずれパーティを組むことになるからだ。


 低ランクのうちはダンジョンで得られる報酬が限られるために、ソロでライドをした方が効率がよくなる。

 だが高ランクになれば、ダンジョンの難易度は加速度的に跳ね上がる。

 一部の例外を除いてソロでは勝てなくなるのだ。

 従ってパーティを組む必要がある。


 そしてパーティを組んだ場合、全体的にバランスよく割り振るよりも、何か役割を意識して集中的にステータスを鍛えた方が、結果として効率がよくなる。

 個人の弱点を他のメンバーが補ってくれるからだ。


 例えば西麻布さんは筋力STR素早さAGIを特化させている。

 これはパーティのアタッカーとしての機能を最大限高めるため。

 高い筋力と強いスキルを武器に一瞬で勝負を決めるのだ。

 50匹のゴブリンが相手でも影すら踏ませない。


 俺の場合、どうするか。

 例えばINTインテリジェンス(知能)は必要ないだろう。

 INTの効果は炎や雷などを操る自然操作系など、いわゆる魔法みたいな感じのスキルに限定される。


 他にはCHAチャーム(魅力)も上げた時の効果がいまいち分かっていない。

 この値が高いとモテるらしいが、モテとダンジョン攻略は関係ないからな。

 今俺に必要なのは敵を倒すためのステータスだ。

 するとやはり筋力STRだろうか。

 ダメージが通らなければそもそも敵を倒せない。


 ……。

 いや、もっと先のことを考えよう。

 ステータス割り振りは、ごく一部の例外を除いてやり直しができない。

 適当に割り振ると後悔することになる。


 俺の強みは仮眠スキル。

 スタミナ値を回復する事で、ステータスのデバフを受けにくいとか、スキルのスタミナ消費を気にしないで使えるとか色々な恩恵はあるけど、一番の強みは何度もダンジョンに挑戦できるところだ。

 事実上、俺のスタミナ値は無限。

 高ランクのダンジョンも一日何度も潜れるだろう。

 となると問題が起こる。


 高いランクのダンジョンになればなるほど、スタミナ値の消費が激しく上がるから、俺についてこれる探索者がいなくなるのだ。

 もちろんヘンリーウォルターみたいな圧倒的格上だったら俺について来られるけれど、そんな格上が俺と組む道理がない。


 つまり仮眠スキルを活かす場合、俺はあえてソロで潜る必要性がある訳だ。

 高ランクダンジョンをソロで潜るのはハッキリ言って危険過ぎるけれど、例がないわけではない。

 ヘンリーウォルターがそうだ。


 彼はパーティを組むよりも、自分一人で潜った方がいいと考えてそうしていた。

 なぜならその方が効率がいいから。

 そもそも何故パーティで潜るかって、ソロでは攻略できない探索者が殆どだからだ。

 もしもソロで攻略できるのなら、誰とも組む必要はない。

 1人で潜れば、モンスターを倒した時の経験値からドロップするアイテムまで全部独り占めできる。

 結果彼は世界で一番の探索者になったわけだ。


 だったら、俺もソロ一択だよな。

 世界一を目指すんだから。


 決まった。

 俺はソロでいく。

 ある程度はステータスを特化させつつ、それを補う形で他のステータスも割り振っていこう。

 ソロでやるなら筋力STRは必須だ。

 攻撃が効かなければ敵を倒せない。

 あとは教科書通りの鍛え方にするなら、耐久性VITを上げるか、それとも素早さAGIを上げて敵の攻撃を回避するのかって所だけど……。


 いや。

 器用さDEXを上げよう。

 器用さって一見地味だけど、使える幅が広い。

 さっきのゴブリン戦での木登りもそうだ。

 もし俺が今より器用さDEXが低かったら登れなかった可能性がある。

 高ランクのダンジョンは環境も厳しいことが多い。

 100メートルを超える断崖絶壁をよじ登ったり、マグマの沸々湧いてる谷間をロープ一本で綱渡りすることもある。

 そういう時に器用さDEXが高いと役に立つはずだ。

 更には狙ったところに当てる技術によって、攻撃したとき確実に倒せるようになるだろう。

 そのために素早さAGIも補佐的に上げるか。

 攻撃を回避されたら勝てないからな。


 まずは筋力STR器用さDEXを上げ、それから素早さAGI

 これに決まりだ。


 という訳で、俺はさっそく筋力STR器用さDEXに1ずつ振り分けた。

 再びステータス画面を見る。



 ◆

 ──────────────────


 STR(筋力)          14(ー0)

 DEX(器用さ)         14(ー0)

 AGI(素早さ)          12(ー0)

 VIT(耐久力)        12(ー0)

 INT(知能)          17(ー0)

 CHA(魅力)         11(ー0)


 ステータス振り分けポイント  0


 ◆

 ──────────────────



 ……。

 俺は強くなれたのだろうか。

 数字だけ見てると不安になる。

 ただ以前のステータスが大体10前後だったことを考えると、20パーセントくらいは強くなっているはずだ。

 実際、ゴブリンを圧倒できていたし。


 なんて思いながら、俺は学生鞄のファスナーを開けた。

 中にあるポーションを使って、負傷した腕を回復しないといけない。

 今の俺の体力は残り9。

 思った以上にダメージを食らっている。

 このまま戦闘が続けば死ぬかもしれない。

 Fランクダンジョンでの死傷者は年間通してほぼ0だから、死んだら恥ずかしいなんてもんじゃないぞ。


 そう思い、200mlのポーションが入ったペットボトルを取り出した矢先、


「ッ!?」


 突然、物陰から野球ボールサイズの石が飛んできて俺の手に当たった。

 地面に落ちたペットボトルから中身がドクドクと零れる。


 ハッとして振り返ると、そこにあのイヤらしい笑みを浮かべたゴブリンが二体居た。

 更にもう一体、繁みの奥から現れて、俺の後方に回る。


 ウソだろ……ッ!?

 やっと一匹倒したってのに……ッ!!

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