第4話、ダンジョンでレベル上げ

 午後5時。

 探索者学校の授業が終わった帰り道、俺は電車を乗り継いで再び『むさしの』ダンジョンへとやってきた。

 東京都が所有しているFランクダンジョン『むさしの』は、井の頭公園を抜けた先の閑静な住宅街にある。

 その一角に公民館のような建物(通称『ダンジョンセンター』)が建っており、その内部にダンジョンへの入口があるのだ。

 この建物には常に職員(ダンジョン整備局局員と公安職員が最低一名づつ)と常駐の探索者(民間もしくは公安第五課所属の探索職員最低一名)が昼夜交代で勤務している。


 探索者が常駐しているのは、ダンジョン内での事故対策やダンジョン内での違法取引・暴行や殺人等の犯罪防止など様々な理由があったが、一番の目的はダンジョン内のモンスターが外に出た時のための備えだ。

 モンスターはその生命維持にダンジョン内に溜まっている『魔素』という特殊な粒子を必要とするのでダンジョンから出てくることはめったにないが、事例が無いわけではない。更にはこれらを利用したテロの可能性もあった。

 日本は他国に比べて圧倒的にダンジョン内外での治安が良いが、それでも警戒している。


 大体そんな内容が書かれたセンター内の案内板を横目に、俺はスロープ付きの玄関口を抜けて探索者窓口のある事務室へと向かった。

 事務手続きを済ませなければ、ダンジョンに潜る事はできない。


 事務室前までやってくると、窓口は混んでいた。

 老人から小学生くらいの子まで、老若男女様々な探索者がいる。

 みんなTシャツにジーパンとか制服姿で、これからダンジョンに潜るとは思えないぐらい軽装だ。

 それもそのはず。

 このダンジョンの内部に生息するモンスターはたったの2種類。

 スライムとゴブリンだけだ。

 難易度を表すダンジョン深度も、国内で最も浅い20メートル。

 小学生でもクリアできるともっぱらの噂だった。

 そのためか本来の探索目的ではなく、健康増進や娯楽目的でやってくる人が多い。

 実際俺の目の前にも、太極拳でもやってそうなジャージ姿のおじいちゃんや、チャラチャラした格好のカップルが並んでいる。

 ガチの探索目的で来てる奴なんて俺ぐらい。

 もっとも俺もお金がないから、上下ジャージに最低限の装備を付け足しただけの格好だけれど。


 ちなみにライド(挑戦)料金は300円/時間。

 高難易度のダンジョンほど値段は上がる。

 ライドできる時間はセンターが開いている午前10時から午後20時まで。

 深夜帯はモンスターが強化されることが判明しており、それゆえ解放されていない。


「ねーねー。最近ゴブリンが増えてるらしいよ。なんか第1階層にもたまに出るんだって」

「マジ? あいつら数だけは多いからなー。面倒くせー」


 なんて俺が考えていると、目の前でカップルがしている話が聞こえてきた。

 2人は世間話といった体で話しているが、俺にとってはまさに死活問題である。


 マジか……!

 ゴブリンに出くわしたらまずいぞ。

 今の俺のでは、百パーセント勝てない。

 安全な入口付近だけうろつこう。

 今の目的は俺自身のレベル上げだ。

 ゴブリンと戦うのはもっとレベルが上がってからでいい。


 なんて考えているうちに、俺の番がやってきた。

 窓口に進むと、30歳くらいのお姉さんが窓越しにタブレット型コンピューターを差し出してくる。


「こちらに記入をお願いします」


 タブレット画面に表示されているのは、ダンジョンに潜る際に必要な誓約書。

 基本的にダンジョンで起こった事は全て自己責任だ。

 それを確認するための書類である。


 ちなみに『むさしの』はFランクなので一筆サインするだけでいい。

 E以上のランクでは身分証明書が必要だったり、事前に写真撮影などを済ませたりもする。

 これはどのような人物がダンジョンに潜ったかを確認するためだ。

 万が一の事態が発生した場合、迅速に対応するためでもある。


 もし万が一中に入ったまま出てこない場合救援隊が出される。

 その時の費用は全て探索者持ち。


 まあ、スライム相手にしてる俺には関係ないことだけれど。

 そういうのは全部高ランクのダンジョンの話だ。


 そんな事を考えながら、俺は事務受付のお姉さんにタブレットを返した。




 ◆




 5分後。

 俺はむさしのダンジョンの地下1階の入口付近に居た。

 魔素に反応する苔のおかげで、辺りは明るい。

 足元には草が生えているし、低木も立っている。

 オマケに天井も高い。

 そのため、まるで原生林にでもいるような錯覚を覚える。


 ちなみにだけど、辺りに人は誰も居ない。

 なぜならこの付近には『グリーンスライム』しか現れないからだ。

 経験値的にも美味しくなければドロップするアイテムもロクなものがないため、さっきの太極拳おじいちゃんやカップルもさっさと次の階層に行ってしまった。

 こんなところをうろついているのは俺だけ。


 俺もさっさとレベルを上げて先に進みたい。

 その前にステータスを確認しておくか。



 ──────────────────


[レベル]   1




[スタミナ値] 40/50

       (現在値/最大値)



[称号]    なし




[HP]     40/40(ー10)

        (現在値/最大値)

        ※マイナスはスタミナ値による補正


 ◆

 ──────────────────


 STR(筋力)         9(ー2)

 DEX(器用さ)         9(ー2)

 AGI(素早さ)          8(ー2)

 VIT(耐久性)        8(ー2)

 INT(知能)         13(ー2)

 CHA(魅力)         7(ー2)


 ステータス振り分けポイント  0


 ◆

 ──────────────────




 相変わらずのクソザコステータスだ。

 レベルが1だからしょうがない部分もあるが、それにしても酷い。

 ちなみにこの『レベル』。

 簡単に言うと、ダンジョン内のモンスターを倒した際に浴びる放射線のようなものだ。

 この放射線はダンジョン内に漂っている『魔素』という粒子が自然に崩壊する事で発生している。

 放射線って聞くと危ない感じもするけど、健康に害は一切ない。

 むしろ浴びれば浴びるほど良い効果がある。

 高レベルな探索者やモンスターであればあるほど『魔素』が体内に多く沈着しており、高出力の放射線を体から放つようになる。

 その結果ダンジョン内に漂っている魔素との反応量が増大し、肉体が強靭になったり『スキル』と呼ばれる異能を操れるようになったりするのだ。

 スマホアプリで確認する『ステータス』なども、カメラを使ってこの放射線を間接的に感知する事によりレベルを検知し、そこからステータスを割り出している。


 で、次にスタミナ値。

 スタミナ値については、以前も説明した通り。

 ダンジョンに潜ったりスキルを使用したりする時に使う。

 スタミナ値が最も消費されるのは、まずダンジョンに潜る時だ。

 魔素の全く無い空間から大量に含まれた空間に移動する時に消費される。

 消費値はダンジョン内にある魔素の総量で決まる。

 魔素が濃ければ濃い程その消費量は上がって、むさしのならスタミナ値10程度。

 Bランクダンジョンなら1000から2000くらい減る。

 その他、ダンジョン内部で長時間活動することでも減少したりする。


 スタミナ値が減少した場合、主に3つのデメリットがある。

 1つはスキルなどが使えなくなること。

 2つ目は徐々に気分が悪くなって、最後には気絶してしまうこと。


 俺の場合、10ぐらいで頭痛が出始める。

 5を切るとヤバい。

 立ってるのも苦しくなる。

 0で意識不明だ。

 今まで0になったことはないけれど、なった事例は学校で山ほど聞かされている。


 そして最後の3つ目が、スタミナ値が減少した場合、他のステータスに悪影響が及ぶことだ。


 スタミナが減れば減るほど、ステータスが下がっていくのだ。

 HPや各種ステータスの欄に(ー1)とか書かれているのがそれ。

 この減少値は、スタミナ値が最大値から見て何パーセント減ったかで決まる。

 今の俺のスタミナ値は40。

 元々が50だから、スタミナ値が10が減少したことになる。

 50分の10は5分の1だから、最大HPやステータスがそれぞれ5分の1減っているのだ。


 このペナルティは、正直言ってかなりキツい。

 特にスタミナ値が生まれつき低い俺みたいな人間にとっては、絶望的なペナルティだ。

 ダンジョンに入っただけでステータスが2割も下がる。

 俺が5歳児でも勝てるスライム相手に苦戦していたのもこれが大きな理由だった。

 しかも戦っているうちに、どんどんHPやステータスが下がっていく。

 もしも俺が全力で戦えていたなら、スライム如きに遅れは取らない。


 これらの理由から、スタミナ値は重要だった。

 どんなに強くても、スタミナ値がないといずれ頭打ちになる。

 このスタミナ値に関しては才能で決まることから、考えても仕方がないとして無視されがちだけれど、俺はスキルでコントロールすることができる。


 という訳で、とりあえず仮眠を取ろう。


 俺はダンジョン入口から数分歩いた場所にある木陰に座り込んだ。

 今の俺なら6秒で仮眠が取れる。


 そう思っていた時、


「ケラケラケラッ!」


 突然背後の繁みから、何者かが俺に襲い掛かってきた。

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