第3話、レベリング開始

「おい、眠のやつなんでずっと寝てんだよ」

「万年最下位がとうとうサボタージュ始めたんじゃね?」


 クラスメートのヒソヒソ俺を嘲る声が聞こえて、俺は目を覚ました。


 俺が今居るのは、探索者学校の教室にある自分の席。

 時間は昼前で、ダンジョン学の授業中である。

 開けっ放しの窓から春の少し肌寒い風が入ってきている。


 今日の授業はダンジョンの歴史についてだった。

 そこから話が脱線して、俺が通っている『HW(ヘンリーウォルター)東京ダンジョン専門学校』がどんな学校かという話をしている。


 HW東京ダンジョン専門学校はダンジョンに関係する24学科68の専門コースを設置している国内最大規模の専門学校だ。

 ダンジョン学という単一の分野における学校としては国内最大であり、俺が所属している東京校の他に関東を中心に全部で6カレッジある。

 学生は全ての学部合わせると6000名を超え、総工費は4000億円。

 学科はダンジョンに関わるものをすべて網羅しており、一例を上げればダンジョンで産出されたアイテムの国際取引から探索者支援のための派遣を行う会社などの経営等を学ぶダンジョン経済学科や、ダンジョン内におけるダンジョン救命士を目指す救命学科、探索者のための食事を作ったり体や心のケアを行う看護学科など多種多彩である。


 中でも最も人気なのが、俺が所属している探索者学科だ。

 ダンジョンを探索する人のための、総合的な技術を学ぶ学科である。

 校舎は東京にあり、敷地面積は堂々の47万平方メートル。

 東京〇ィズニーランドより少し小さい程度の大きさだ。

 その広大な敷地内には有名ハンバーガーショップやカフェが並び、その他研究棟やテクノロジーセンター、都内最大級の図書館からメディアホールから巨大なプールや体育館3個分の大きさがあるアリーナ、そしてEランク相当のダンジョン等、ありとあらゆる施設が集まっていた。


 探索者は今最も人気の高い職業である。

 なぜなら人々の夢を叶えるからだ。

 例えばダンジョンに潜ることで、普通の人なら一生目にすることがない額のお金を手に入れることができるし、ダンジョンに潜って体を鍛えることで、何十メートルも跳び上がったり、何トンもある岩を持ち上げたりといった超人的な力も手に入る。

 そうした理由以外にも、まだ誰も見たことがない景色が見たい人や、未知のダンジョンを踏破して歴史に名を残したい人も居る。

 他にもダンジョン内で起こる様々な事象を観測したり、実験したりしたい人や、探索者を陰でサポートしたい人や単に憧れの探索者とお近づきになりたい人などがこぞってこの学校に入学している。

 例えば元トップアイドルやトップモデル。

 人気動画投稿者や元アスリート。

 国内外の要人。

 そしてもちろん著名探索者の子弟まで。

 様々な人たちがここで学んでいた。


 そんな中に一般市民である俺も居る。

 めちゃくちゃ勉強して、ギリギリ奨学金を貰って入学したのだ。

 全ては『世界一の探索者になる』という目的のためである。


「……」


 先生の話を聞き、胸を熱くした俺は再度机に突っ伏した。


「ありゃもうお終いだな、可哀想に」

「数か月持っただけマシっしょ」

「だな。もし俺がアイツ並みのステータスだったら絶望して死んでるぜ」

「諦めてのんびり暮らしてればいいのに」


 すると、またヒソヒソ話が聞こえてくる。

 こういった陰口は、競争率の高い探索者学校ならではと言えるだろう。

 みんなが他人を蹴落とすことばかり考えているから、平気でこんな事を口にするのだ。


 だが俺は別段気にしない。

 クラスメートが言ってる内容はごもっともだからだ。


 そもそも俺が授業中なのに寝ている方が問題だ。

 先生にだって申し訳ないし、クラスの皆にも迷惑を掛けている。

 だけど、これが俺の夢を叶えるために今一番必要なことなんだ。

 俺は仮眠スキルの熟練度を上げている。


 熟練度を上げればスキルのレベルが上がる。

 スキルのレベルが上がれば、新しいアビリティや効果を得られるのだ。

 これらの取得は基本ステータスの低い俺にとっては必須事項だった。

 そのために俺は最速で仮眠をとる必要がある。


 昨晩俺は家に帰ってから、ずっと仮眠スキルを使い続けた。

 俺が仮眠を取った場合、だいたい15分前後で目覚める。

 そして目覚めたら即眠るのだ。

【即眠】アビリティの効果による、俺は眠ると決めた瞬間から3秒で眠れる。

 お陰で昨晩は平均して1時間当たり4回ほど眠ることができた。


 寝過ぎて訳が分からなくなるけど、スマホを見るとちゃんと熟練度が上がっていた。

 ガンガン熟練度が上がるのが楽しくて、風呂の中でも仮眠したし、学校に来る途中の電車の中でも仮眠を取ってたらフツーに寝過ごして遅刻しかけた。


 その結果が、これ。



 ──────────────────




[スキル] 仮眠(レベル2:90/100)

 1回仮眠することで熟練度を1得る。消費スタミナ:1


 レベル1:【即眠】どんな場所でも3秒で仮眠を取ることができる。


 レベル2:睡眠後に【スタミナ回復量UP(小)】の効果を得る。回復量は50アップ。

 

 レベル3:仮眠スキルで眠った場合3秒で目覚める。


 レベル4:********************。




 ──────────────────




 スキルの熟練度が90になっている。

 昨日の夜から今日の昼までに90回眠ったということだ。

 寝過ぎて体が壊れてないか心配になるけど、スマホを見る限りは体調には問題なさそう。

 熟練度だけが只管上がっていく。


 この調子なら学校が終わるまでには100いけるな。

 そしたら【仮眠】アビリティの新しい効果で、俺は『3秒で起きる』ようになる。

『3秒で眠れる』効果は既に持っているから、これで俺は3秒と3秒、計6秒で仮眠を終えることができる訳だ。


 これは、ヤバい。

 6秒で仮眠が取れるなら、1分間なら10回、1時間で600回も熟練度が溜まる計算になる。

 1日に何十回もレベルが上がるはずだ。

 新しいスキル効果がバシバシ得られる!


 そんな事を考えながら俺は眠った。




 ◆




 30分後。

 俺が2度目の仮眠を終えると、ほぼ同時に授業終了のチャイムが鳴った。

 先生が教材を持って出ていき、教室がにわかに騒がしくなる。


 いつも一番騒がしくなるのは、西麻布さんの席だ。

 優秀な彼女の周りには何かと人が集まりやすい。

 今日も御多分に漏れず騒がしかった。


「西麻布さん! この魔石、良かったら受け取っていただけませんか?」


 授業が終わって背伸びをしていた西麻布さんの所にやってきたのは、クラスで一番の高身長金髪イケメンの『吉良きら』くん。

 年商2700億円クラスのIT系企業の社長の息子だ。


 その吉良くんが差し出したのは0・5カラット級の『ブルートパーズ』が嵌め込まれた指輪だった。

 ブルートパーズは空色をしたクリスタルのような魔石で、身に付けると一部のステータスが上がる他、その色に応じた属性の『魔法』スキルを一つ使うことができる。

 市場価格で10万円は下らないもので、Dランクダンジョン以上のボスを倒さなければ手に入らない。


 Dランクダンジョンはかなり難しく、学生にはまず踏破できない。

 吉良くんは学校が定める校内ランキングで300人中4位に入っているけれど、それでも自力で踏破できるのはEランクまで。

 たぶん社会人とかプロの探索者と一緒にパーティを組んで取ってきたのだろう。

 それかお金で買ったのかもしれない。

 吉良くんの実家は金持ちだから。

 とにかく、一介の高校生が手に入れられる品としては最上級クラスのアイテムだった。


「こんな安物受け取れないわ」


 そんな高級品を、西麻布さんは薄笑いを浮かべて断る。

 校内ランキング1位。

 年収5000万を超える彼女にとって、その程度のアイテムは道端の石ころも同然なのだろう。

 すると吉良くんが西麻布さんの手を取る。


「では、こちらでは如何でしょう?」


 そう言って吉良くんがポケットから取り出したのは、透明なガラスの容器に入った薄ピンク色の液体だった。

 あれは恐らく『魔香水』だ。

『魔香水』は、Cランクダンジョン以降に生息する一定レベル以上のモンスターを倒した後にごくごく稀に残される液体で、飲むと永久にステータスが上がる効果がある他、年齢が若返ったり難病が治癒できたりと様々な恩恵がある。

 基本的に色が濃いほど効果が高く、色の種類によって増加するステータスや付随する効果が変わる。

 日本の年間産出量は僅か5リットル。

 日本全国3万人強の探索者が毎日のようにダンジョンに潜ってようやくそれなのだ。

 市場価格はどんなに安くてもあの瓶一本あたり数百万はするだろう。

 一介の高校生が持っていていいアイテムじゃない。


「あ……あれって魔香水じゃね?」

「うそだろ……!?」

「俺、生で見たの初めて……!」


 いつの間にか二人の周囲に集まっていたクラスメートたちが囁く。


「へえ、悪くないじゃない。貰ってあげる」


 西麻布さんはそう言うと、細い指先で魔香水が入った瓶を摘まみ上げた。


「どうぞ受け取ってください。素晴らしいものは素晴らしい人にこそ相応しいものです」


 それを見た吉良くんは満足そうに微笑む。


「それで、もしよかったらなのですが今度、西麻布さんが潜る時にパーティに加えて頂けませんか?

 実はこの魔香水は、僕が取ってきたものなんです。

 パーティリーダーは現役プロの人にお願いしましたけれど、ボスにトドメを刺したのは僕で。

 僕ならきっと西麻布さんのお役に立てます」


 そしてすかさず言った。


 なるほど。

 吉良くんは魔香水を手に入れてきたことで、自分の実力をアピールしたのだ。

 それで西麻布さんのお供に相応しいのは自分だと言っている。


「そういうこと」


 途端に西麻布さんの顔が曇った。

 その表情はまるで、足手まといはいらないとでも言いたげだ。

 だがそんな表情も、次第に笑みへと変わっていく。

 そして、


「ハア……困りましたわね。

 私が次に予定しておりますのは『東京オーガ』なのですけれど……」


 もったい付けた言い方で西麻布さんが言った。

 その一言で、教室中が一斉にざわつく。


「と……東京オーガ!?」

「マジかよ! オーガつったらCランクダンジョンだぞ!?」

「プロでもいける奴少ないってのに!」

「さすがは高校生最強の西麻布さんだ!!!」


 Cランクは、すごい。

 Cランクにもなると深さが数キロメートルにも及ぶし、モンスターが強力なのはもちろんのこと、ダンジョン内の環境もとてつもなく険しくなる。

 とりわけ西麻布さんが潜ろうとしている『東京オーガ』は別格だった。

 最深部に到達するには相応のステータスは勿論のこと、スタミナ値も1000くらいは必要になる。


 そんな所に潜れるってことは、西麻布さんのスタミナ値も最低その倍ぐらいはあるのだろう。

 俺のスタミナ値が最大50であることを鑑みると、改めて実力差を思い知らされる。


「素晴らしい……! ぜひこの僕をお供させて頂けませんか?」


 吉良くんが、教室の床に片膝を突いて言った。

 その姿に一瞬過去の自分の姿が重なる。

 俺も吉良くんみたいに跪いてお願いしていたっけ。


「そうねえ……まあアナタ1人でしたら、私の荷物持ちとして特別に参加を許可してあげなくもないけれど」


「ホントですか!? ありがとう西麻布さん!」


 吉良くんがその場に立ち上がって叫んだ。

 普段冷静な彼が、声を荒げるくらい興奮している。

 それ程に嬉しいのだろう。

 気持ちは痛いほど分かる。


「マジ!?」

「いいなあああ!!」

「私も行きたい……!」

「西麻布さん、荷物持ちでもなんでもするんで、俺も加えてはもらえないでしょうか!?」


 吉良くんが同行を許可された事で、他の連中がこぞって西麻布さんの元に詰めかけてきた。


「ムリよ。いくら私でもCランクダンジョンは危険だわ。しかも誰かを守りながら戦うなんて」


 そんなクラスメートに対し、西麻布さんが言った。

 その後でチラリと自分の机の上に置かれた吉良くんの魔石を見る。


「まあでも、特別にもう1人だけでしたらいいわよ。ただしがある人限定でね」


 その後で、ボソっと一言付け加えた。

 途端に一部のクラスメートたちがザワつきだす。


「西麻布さん! 吉良ほどじゃないけど俺もそれなりの魔石持ってるぜ!」


 その内の1人が、市場価格10万は下らない魔石を取り出し叫んだ。

 それに続くように、西麻布さんの周りに居た連中がみんなそれぞれ自分たちの魔石や高価な武器防具等を取り出す。

 あっという間に、西麻布さんの机の上は高価なアイテムで埋まった。

 中には現金を渡そうとするものさえいた。

 物凄い光景だった。


「アッハハハ!!」


 西麻布さんが愉快そうに笑いだす。


「浅ましい人たち!

 こんな人たちがクラスメートだと思うと、頭が痛くなりそう!

 まあでも、仕方ないわ。

 オーガはムリだけれど、私が日課で潜っているダンジョンだったら特別に案内して上げる。

 1人あたり時給10万でね」


 西麻布さんが滑らかな金髪を掻き上げて言った。


「じゅ、10万!? ちょっと高くね……?」

「でも西麻布の行ってるダンジョンってCランクだろ!?

 10万なら元取れるぞ!」

「よおおおおっし!! これでレベルアップだああああ!!!」

「強くなって稼ぎまくるぜええええ!!!!」


 男子たちが拳を突き上げ叫ぶ。

 すると、更に西麻布さんの周りに人が集まる。

 どうやら他の教室からも、生徒が集まってきたらしい。

 物凄い熱狂だった。


「まったく浅ましい人たち!!」


 なんとしても格上の自分と一緒にパーティを組みたがる皆の姿が愉快なのだろう。

 西麻布さんが嘲るように笑った。


「……」


 そんな皆の姿を横目に、俺は一人机に伏せって考え込んでいた。


 皆がまるでコバンザメみたいに西麻布さんに付きまとってレベル上げしようとしてる様は、正直醜くて見ていられない。

 これが日本の未来を担う若き探索者志望者たちの姿なのかと考えると、なにか申し訳ない気持ちにすらなってくる。


 だけど、皆の気持ちもよく分かる。

 西麻布さんに媚び売ってでも強くなりたいのだ。

 なぜならダンジョンはランクによって、出現するモンスターの強さから取得できる経験値からドロップするアイテムまで隔たりがとてつもなく大きい。


 例えば俺が潜っているFランクダンジョン。

 そのおよそ10周分の報酬がEランクダンジョンを1周しただけで手に入る。

 つまり10倍だ。

 この倍率は上のダンジョンに行けば行くほど上がり、EからDまでは10倍程度で済むが、DとCでは100倍、CとBではその更に100倍近くなる。

 それだけランク差を埋めることが大変になるというわけ。

 普通にやってたら、一生賭けてもCランクにすら辿り着けない。

 だから自分より上の人と組みたがる。

 強い人と一緒に潜る事ができれば、遥かに上のランク帯のダンジョンで潜れるからだ。

 皆が躍起になっているのも仕方がないと言える。


 加えて、西麻布さんの実力は圧倒的だ。

 国内の『巨大探索企業ギルド』からもひっきりなしにお声が掛かっている。


 さっきの『東京オーガ』もそうだ。

 あそこに潜れる探索者なんて国内に100人といない。

 その中の1人になれるのだから、荷物持ちでもなんでもやるだろう。

 西麻布さんと3日も一緒に探索できれば、恐らく校内ランキングが10位は上がるはずだ。

 皆が言っている通り、あっという間にレベルアップできる。

 だからこんな事になっているのだ。

 皆が西麻布さんの気を惹きたがっている。


 かくいう俺だって、昨日までは同じだった。

 さっきの吉良くんみたいに西麻布の前で跪いて、必死に貢物をしてレベル上げに付き合ってもらおうとしていたんだ。

 昔の俺こそ浅ましかったと言える。


 でも、今の俺は違う。

【仮眠】スキルがあるから。

 俺は俺なりのやり方でやってみよう。

 他人に頼ってばかりのレベル上げでは、いずれ限界がくる。


 他の人の事より、自分の事を考えよう。

 俺がヘンリーウォルターを超えるには、仮眠スキルの熟練度上げはもちろんのこと、自分自身のレベルも上げる必要がある。


 それは今日の放課後に行おう。

 昨日も挑んだあのFランクダンジョン『むさしの』で。

 絶対に世界一になってみせる。


 そんな事を考えながら俺は眠った。


 結局その日の放課後までに、俺は仮眠スキルの熟練度を100まで上げることができた。

 スマホのステータス欄は以下の通り。




 ──────────────────


[スキル] 仮眠(レベル3:3/100)

 1回仮眠することで熟練度を1得る。消費スタミナ:1


 レベル1:【即眠】どんな場所でも3秒で仮眠を取ることができる。


 レベル2:睡眠後に【スタミナ回復量UP(小)】の効果を得る。回復量は50アップ。

 

 レベル3:仮眠スキルで眠った場合3秒で目覚める。


 レベル4:睡眠後に【パワーナップⅠ】の効果を得る。


 レベル5:********************。


 ──────────────────




 新しい効果として、仮眠スキルで眠った場合3秒で起きられるようになった。

 これで俺は6秒で仮眠を終えることができる。

 また次のレベルで【パワーナップⅠ】という新しい効果が手に入ることが分かった。

 どんな効果なのか分からないが、非常に楽しみだ。


 今日はこれからダンジョンに向かう。

 さあ、レベルを上げるぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る