第2話、仮眠スキル
『スタミナ値』。
史上初めてそれを概念化したのは、日系アメリカ人のダンジョン地質学者サトウ・マサキである。
彼は日課としているダンジョンフィールドワークの最中、ふと自分が1日に1度しかダンジョンに潜っていないことに気付いた。
それはダンジョンの階層の深さには関係が無く、どんなに浅い階層のダンジョンであっても1日に1度以上は潜っていなかったのだ。それは1日1度という習慣が主な理由というよりも、何か不快な感じがして、それゆえ2度目の挑戦を体が避けているように思えた。
そこで試しに2度潜ってみると、サトウは原因不明の体調不良によりその場で動けなくなってしまった。
しかもこの原因不明の体調不良は翌日になると必ず全快するのだった。
この事が気になったサトウは、他の研究者や探索者たちにも同じことが起きているか尋ねた。
するとダンジョンに潜る人全てが、同じ体調不良を訴えたのである。
その後の研究で分かった事は、ダンジョンを潜る人には体力やメンタルバランスといったものとは全く別の、ダンジョンに潜るための耐久値のようなものが存在していることが分かった。
サトウはそれを『スタミナ値』と名づける。
このスタミナ値は生まれつき決まっていて、スタミナ値が多い人は1日に何度もダンジョンに潜れる。
ダンジョンに何回も潜れるという事は、そうではない他の探索者たちと比べて圧倒的なアドバンテージを持つという事である。
なぜならダンジョン最深部に到達する事で得られる『ダンジョン報酬』が1日に何度も手に入ったり、モンスターを何体も狩ることでレアアイテムが手に入る確率が上がるからだった。
その他、ダンジョンに潜ることで得られる優位性は幾つもある。
ゆえにサトウはスタミナ値の研究こそが、優れた探索者を産み出すために必要なことだと考えて更に研究を続けた。
その後、サトウは1万8000人もの探索者を対象にした研究によりスタミナ値の定量化を行う。
1日に1度ダンジョンに潜れる量をスタミナ値40と定めたのだ。
後にこの数値は条件によって変化することが判明したが、サトウの見つけたこの40という数値は一つの基準となる。
更にサトウの研究でもう一つ分かった事は、睡眠の重要性である。
眠る事によって、このスタミナ値が回復するのだ。サトウの体調不良からの翌日の回復もこの睡眠のお陰だった。
人によりかなりの差があるが、平均して8時間睡眠でスタミナ値がおよそ100回復する。
――日本探索者協会発行『探索者の手引き』より抜粋――
お、落ち着け……!
もう一度ステータスを確認しよう。
きっとどこかに落とし穴があるはずだ。
現実はそんなに甘くない。
俺はその場で深呼吸し、もう一度スマホのステータスアプリ画面を見た。
画面にはでかでかと『50』と書かれてある。
これが俺の今現在のスタミナ値だ。
アプリのエラーとかじゃなければ、自分のMAX値までスタミナが回復したってことになる。
その数値を再度確認し、俺は再びスキルのページを開いた。
今一度スキルの効果を確認するのだ。
──────────────────
[登録者名] 眠 士郎
[ジョブ] HW東京ダンジョン専門学校東京校第14期生・Fランク探索者
[スキル] 仮眠(レベル2:0/100)
1回仮眠することで熟練度を1得る。消費スタミナ:1
レベル1:【即眠】どんな場所でも3秒で仮眠を取ることができる。
レベル2:睡眠後に【スタミナ回復量UP(小)】の効果を得る。回復量は50。
レベル3:仮眠スキルで眠った場合3秒で目覚める。
レベル4:********************。
──────────────────
間違いない。
この【スタミナ回復(小)】って効果のおかげだ。
この説明を読む限り、俺は仮眠する度にスタミナ値が50回復するらしい。
仮眠する度って、俺3秒で仮眠とれるんだけど。
ってことはアレ……?
俺、ヤバクね……!?
俺は興奮してきた。
語彙がどんどん荒くなる。
「ひぇっ……!?」
もう一度深呼吸しようとして、なんか変な声が出た。
スマホを持つ手が震えている。
これじゃ完全に俺ヤバイ奴だ。
でも震えが止まらない。
おかしい……!
だってこのスキル画面が意味してるのって、仮眠さえ取れば何回でもダンジョンに潜れるようになったって事だぞ。
何回でも潜れるってことは、そうじゃない奴らと比べて圧倒的なアドバンテージを持てる。
なぜならダンジョン最深部に居るボスを討伐する事で得られる『ダンジョン報酬』が1日に何度も手に入るし、モンスターを何体も狩れることで人体に有用な効果を持つ各種の『魔宝石』や『魔鉱石』が手に入ったりするからだ。
これらのアイテムは滅多にドロップしないから、普通の探索者じゃ中々手に入らない。
それこそ化け物みたいなスタミナ値を持ってる連中じゃないと。
しかも【仮眠】スキル自体もまだレベル2。
もっと有用なスキルや効果が手に入るかもしれない。
ってことは、いずれは俺が世界一になれる可能性が出てきたのかもしれないぞ……!
夢が叶うことになるかも……!?
自分への期待に心臓がバクバク鳴り出す。
そ、そんな訳、ないよな……!?
きっとどこか落とし穴があるはず……!!
ぬか喜びは嫌だ……!!
そう思って、俺はスマホで仮眠スキルを検索する事にした。
今まではザコスキルだと思っていたから、無視して調べていなかったのだ。
世界は広い。
だから、きっと同じ【仮眠】スキルを持っている奴がいるはず。
仮眠スキルで最強なんて話は聞いたことがない。
ってことはきっと何か落とし穴があるはずなのだ。
そう思ったが、1件もヒットしない。
仮眠の効率的なやり方とか、健康サイトばかり見つかる。
これまで発覚した全てのスキルが載っている『世界スキル百科事典』でも検索したけど、ヒットはなかった。
どうやら仮眠スキルはよほどのレアスキルらしい。
もしかすれば世界で唯一俺だけが持つスキル、いわゆる『ユニークスキル』の可能性もある。
まさか、ガチで俺だけのスキルなのか……!?
いやそんなわけないよな……!?
だけど、かなりのレアスキルであることは間違いない。
もしそうだとしたらヤバいぞ。
世界で殆ど俺だけが無限回ダンジョンに挑める力を手にしているってことだ。
ってことは、俺めっちゃ強くね?
マジで世界一になれるかもしれない!
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!?!?」
そう思い立った瞬間、俺はもう自分の衝動を抑えられなくなっていた。
訳の分からない感情に突き動かされ、夜の神田川沿いをスキップ交じりの全力ダッシュで駆け出してしまう。
どこへ行くのかって?
『むさしの』ダンジョンへ向かうのだ!
「アッハハハハハハハハアアアアアアッ!!!」
息キツいのに笑い声が漏れまくっている。
俺、完全に頭おかしい。
「ちょ!? ちょっとそこのキミ! どうしたんだい!?」
すると、ちょうど夜だったこともあり、すれ違った警官から職質されてしまった。
でも全っ然気にしない。
紳士的に、にこやかに対応する。
「あっ警官さんお疲れ様でっす!
俺今嬉しくってしょうがなくってアハハッ!!」
「は……はあ?」
「俺今人生が変わりそうなんです! だからちょっとはしゃいじゃってて! すいません!!」
俺が満面の笑みでそう答えると、
「はあ……」
いよいよ警官が怪訝そうな顔をする。
春先はこういう奴が出るからなとか、そういう顔だった。
ヤバい俺、たぶん今人間がしちゃいけない顔をしちゃってる。
「いちおう聞くがね、キミ。酒や薬剤は使用していないね?」
「もちろんっすよ! 超健康体です! 確かめます!?」
言い様、俺は着ていたシャツの前ボタンを空けて警官に健全な上半身を見せつけた。
春先でまだ肌寒いのだが、全然そんなの感じない。
もう自分でも何やってるのか分からなかった。
それぐらい嬉しくって仕方がない。
一刻も早くダンジョンに潜りたいぜ!
俺はヘンリーウォルターを超える!
俺が世界一だ!!
警官が増々可哀想な目で俺を見つめる中、そう心に決めていた。
◆
警官の職質から30分後。
俺は早々とFランクダンジョン『むさしの』から出てきた。
ダンジョンを取り囲むように建設された政府のダンジョン管理施設。
その施設内にある対モンスター用の防護フェンスにもたれかかる。
「……体中が、痛え……っ!」
全身ボロボロだった。
もちろんスライムにやられたせい。
もう回復用のポーションもない。
忘れてた……!
俺、弱かったんだった……!
幾らダンジョンに潜れても、スライムといい勝負してるようじゃレベルは上げられない……!
やっぱり世の中そうそう上手くはいかないか……!
なんとなく嫌な予感してたんだよな……!
「……」
そんな事を考えながら、俺はスマホの画面を見た。
ステータスアプリによると、俺の残りスタミナ値は10。
仮眠を取れば、再び50まで回復するだろう。
弱いのは俺自身であって仮眠スキルそのものは強い。
辛いのは今だけだ……!
今はまだザコだけれど、強くなってダンジョンを周回できるようになれば、全てが変わる。
だって俺以外の人はどんなに潜れても1日4~5回程度。
俺にはその回数制限が無い。
たとえスライムばかりのFランクダンジョンでも、何回も潜れば俺の方が効率がよくなる。
更に強くなれば、EやDやCといった高いランクのダンジョンにも複数回潜れるようになるだろう。
そうなれば加速度的に強くなれる!
よし……!
明日からレベル上げだ!
絶対に強くなってみせる……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます