第18話 見える水族館
時刻は10時ちょうど。
俺は待ち合わせ場所である駅前にあるベンチに腰掛けていると、前方から見覚えのある子が小走りでこちらに向かって走ってきていた。
長袖のシャツにジーンズ姿。髪はショートカットだが、腰の辺りの丸みは、明らかに女性のものだとわかるが、俺は菜摘の今日の恰好に少し違和感を感じた。
「おまたせ〜。」
「大丈夫だよ、俺も今来たところだし。」
「そうなの?それなら良かった。」
「今日は水族館だったっけ?」
「うん!それじゃあ、行こっか。」
そうして俺と菜摘は水族館に向かって歩き出した。
「今日の格好似合ってると思うんだけど、なんだかいつもと雰囲気が違わない?」
「そうですか?いつも通りですけど……。」
俺はその違和感の正体を見つけるべく、菜摘を隅々まで見回し、そして見つける。
「菜摘さんって眼鏡かけてたんですね。打ち上げの時は掛けてなかったから。」
「えっ、眼鏡?……あっ、この眼鏡は伊達だよ。おしゃれでしょ。」
菜摘は眼鏡をクイっと押し上げて俺にそう尋ねてくる。
その姿はとても可愛らしく、俺の心は一瞬ドキッとしてして、固まってしまった。
「なるほど……。」
「えっ?」
「そう言う、翔真は今日は眼鏡掛けていないんだね。」
「あ~、うん。今日は眼鏡の気分じゃなくてね。」
そう、俺は今日眼鏡を掛けてこなかった。
なんとなく菜摘とはあの眼鏡なしで関わってみたいと思ったからだ。
「それじゃあ急ごっか。」
そうして俺たちは無事に水族館に到着して、初めに来たのはコツメカワウソに餌やりが出来るコーナーだった。
餌を差し出す度にちょんちょん、と触れる小さなカワウソの手に、菜摘はさっきから「可愛い!」とテンションが上がっている。
その姿はまるで、小さな子供みたいで可愛らしかった。
「あー無くなっちゃった…」
そんなやりとりをしているうちに、購入した餌が尽きてしまった様で、菜摘は残念そうな声を出すが、カワウソの方は「もっとちょうだい」と小さな手を出したまま、餌を探す様にぴこぴこと動かしている。
「…私この子に全部貢いでもいいかな?」
そんなカワウソのつぶらな瞳にノックアウト寸前な菜摘は「金ならいくらでもあるから」と再び餌を購入しようとするが、他にも客はいるし、ずっとここに居るわけにもいかない。
「はいはい、次行こうな。折角来たのに全部回れなくなるぞ?」
「うぅ…、ごめんねコツメちゃん。君の事は忘れないよ」
「何で口説いてんだよ。行くぞ~。」
未練タラタラな菜摘の腕を掴んで立たせると、次のコーナーへと歩き出す。
残念ながら、今まで菜摘から餌を貰っていたコツメカワウソは、既に後ろから来た親子に愛嬌を振りまいているのだ。そういうもんである。
「わー!きれーい!」
それからペンギンやアザラシ等の屋外エリアを一通り回ると、次は屋内へとやって来た。
現在イベント開催中の館内は、ライトアップされた巨大な水槽がいくつも並んでおり、その中を沢山のクラゲがゆらゆらと泳いでいる姿はとても幻想的だ。
その中の一つに駆け寄ると、菜摘は子供の様にぴったりと水槽に張り付き、中をじっと見つめている。
「あ!いた!翔真、早く早く!」
「え?何が?全部同じじゃないの?」
「全然違うよ!早く!」
そう急かして手招く菜摘の隣に並ぶと「あれ見て!あれ!」と漂うクラゲの一匹を指差す。どれも同じに見えるのだが。
「…え?どれ?」
「傘の模様が5つのやつがいる!」
「傘の…?あ!ホントだ!」
よくよく見てみると、ミズクラゲの傘の模様は大体が四つ葉のクローバーみたいになっているのだが、菜摘が指差したクラゲは5つ葉の様になっていた。
「あれってクラゲの胃袋なんだけどさ、たまに5つとか6つとか3つのやつもいるんだって」
「へー…、え、アレ胃袋なの!?」
「餌やると色変わるからわかりやすいと思うよ」
「へぇー」
逆四つ葉のクローバー探しみたいで面白いな。
そんな楽しみ方もあるのかー、と思い、俺も何か見つけられないかと探していると
「あー!翔真、こっち!こっちー!」
いつの間にか違う水槽に居る菜摘が、またも俺を手招きで呼んでいる。
いつの間に移動したんだよ。やっぱり子供だな。
今度は、クラゲの巨大水槽とは違い、小さくて丸い水槽をしゃがみながら見ている為、俺もその隣にしゃがみ込んだ。
「めっちゃ可愛い!」
そこに居たのは、チンアナゴだった。
地面から出たり入ったりを繰り返すその姿はとても愛らしかった。
そして、子供の様にキャッキャとはしゃいでいる菜摘は、可愛いく見えるだけじゃなく、薄暗い館内でライトアップされている為か、その横顔がキラキラと輝いていてとても綺麗だった。
それから、館内を歩いていると
「ちょっと私トイレ行ってくるから、待ってて。」
と菜摘がトイレに行ったので俺は近くの椅子で彼女を待つことにした。
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