第3話 バレンタイン
季節は足早に過ぎ去り、律と奈々を成長させて行く。
律は高校2年生になり、奈々は律を追って同じ高校へ入学した。
律は成績もいい。100%の進学校ではないけれど、就職率もなかなかの高校で、入学倍率はいつも高い学校だ。 奈々は律にいつか想いを伝えたいと思い、律と同じ高校に進むと決めていた。そして中3の初めから猛勉強をしてきた。バスケ部も早々に引退していた。
担任の先生や両親は奈々が律を追う為にこの高校を選んだとは、全く知らない。だから、成績優秀な生徒が多いこの高校を希望していると知った時は、両親は鼻高々だった。
担任の先生も奈々の成績が上がる度、
「よく頑張っているな。ラストスパートまでもう少しだ。体だけは気をつけるんだぞ」
と、言っていた。
そして見事律と同じ高校へ合格。奈々の喜びはひとしおだった。
部活動はもちろんバスケ部。律と同じだ。
律は高校でも大活躍していて、女の子から告白もされていたが、全て断っていた。
奈々が高校入学してから、春、夏、秋とあっという間に季節は巡り、粉雪が舞い散るようになった。
街ではクリスマスの音楽が流れたり、各地でイルミネーションが点灯され、寒々しくとも、みな華やかな気分になっていた。
律も奈々も期末テストが終わり、部活動も新年までの大会までは一息ついていて、バスケの練習も笑い声が訊こえ、しばし和やかムードだった。
そして冬休み。
またバスケ部の練習も、ピリリとした空気が流れる。
そんな中、バレンタインデーの話もチラホラ訊こえるようになってきた。
奈々は今年こそ小学生の時からの想いを伝えたいと願い、トリュフチョコレートを作った。
味見は乃々の役目。乃々は喜んで食べ、
「すっごく美味しいよ!」
「そう?良かった!」
と、奈々と話をしていた。
そして今日はバレンタインデー。いよいよ奈々が律に、手作りチョコをあげる日がきた。
部活でバスケの練習をしていると、律目当ての女の子たちが、キャーキャー言いながら集まってきた。
それでも律はバスケに集中していた。むしろ練習のジャマだと思う程だった。
バスケ部女子たちも気が気ではなかった。いつもより練習に身が入らない。それを見ていた顧問の先生は、
「今日が何の日かわかるけれど、ちゃんと集中しないとケガをするぞ!それに来年度の試合には今、しっかりと練習しないと勝てないぞ!」
と、生徒たちに気合いを入れた。
律はいつもよりシュートが入らず、少しイラだっていた。
そして部活が終わり片付けをし、律たちが休憩しているところへ、一斉に女の子たちが来た。
「風間センパイ、コレ受け取ってくれますか?」
「私の手作りチョコなんですけど、良かったら食べて下さい!」
「風間センパイ、高校に入学した時からずっと見ていました。あの…、チョコレート、受け取って下さい!」
様々な言葉を女の子たちは言いながら、律にチョコを渡そうとしていた。
ところが律は、
「ごめん、もらってもいいけど、オレ甘いもの苦手なんだ。うちのばあさんなら大好物なんだけど…。それでも良かったら有難くもらうけど…」
「……」
辺りは一瞬静まり返った…。
女の子たちは、そのまま渡さず帰って行く者、「じゃあ、おばあさんに…」と言って渡す者と、拍子抜けしたようだった。
律は本当は甘いものが大好きだ。しかし自分が好きでもない子たちからもらうと、変に期待を持たせてしまったり、騒がれたりするのが嫌だった。それで「ばあさん」が口から出たのだった。
奈々は悩んでいた…。
そして、律と律の友達らが、体育館を出て校門前に行った時、奈々は走って追いかけて行き、律の前に立った。
「あの…えっと…、小学生の時に水泳大会で律センパイを見てから、ずっと好きでした。そ、その…、昨日チョコ作りました。おばあさんに渡して下さい!」
奈々は顔と耳を真っ赤にし、手が震えるのを必死にこらえ、自分で何を言っているのかよく分からなくなっていたが、どうしても長年の想いを伝えたかった。律は驚き、
「しょ、小学生の時から?ずっと想っていてくれたの?あ、ありがとう…。奈々ちゃんの気持ちは嬉しいよ。でもその気持ちには応えられない。今は誰とも付き合うとか考えていないんだ。それでもいいかな…」
奈々は大きく目を見開き、その瞳から大粒の涙が溢れ出てきた。そして、
「そ、それでもいいです」
と言いながら、トリュフチョコレートを律の前に両手で差しだした。律は
「奈々ちゃんだけに教えるけど、本当は甘いもの大好きなんだ。ゆっくり食べるね。このことは内緒だよ」
と言い、奈々からチョコレートを受け取った。
奈々はようやく夢が叶い、涙が止まらなかった。
✤✤✤
そして穏やかで暖かい春が来て、慌ただしい夏が過ぎ、静寂な秋になる頃には、律はバスケ部を引退した。
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