第2話 律、奈々、中学生になる

律を見てから一年半後、奈々は中学生になった。

中学校の桜は八分咲きになり、風が吹くと枝が揺れ花びらが舞い降りてきた。

奈々はその瞬間が好きで、立ち止まっては手を広げ花びらが手のひらに触れるのを待っていた。

アスファルトの上では花びらが渦を巻いていた。

奈々は小学校のプール大会で出会った、日焼けで真っ黒な男の子、風間 律を見付けた。1つ上の先輩で、やはり中学でも目立つ存在だった。

律は泳ぎも得意だが、小学校の時は地元の野球のスポーツ少年団にいた為、顔の日焼けが特にすごかった。ポジションはピッチャー。中学生になっても野球を続けるだろうと、誰しもが思っていた。


律の家は学校から電車で30分程度の場所にある。律は小学生時代で野球を止め、中学からバスケ部に入部した。野球部の監督からはもったいないから、野球を続けるように説得されたが、律はみんなの反対を押し切り、バスケ部に入った。

律には両親がいない。

両親は、律が2才の時に離婚し、律は母親と2人でアパートに住んでいた。が、母親は、近所のスーパーに仕事に行く為に自転車に乗り、走っているところを居眠り運転していたトラックに跳ねられ、即死してしまった。

律がまだ5才の時だった。

それ以来律は、母方の祖父母と一緒に、5階建てのマンションの1階に住んでいる。

幼い律はまだ、 " 死 "というものを理解出来なかった。

祖父母と共に警察の霊安室に連れて行かれ、冷たくなった母親を見て、律は

「お母さん?…どうして動かないの?…なんか朝と違う。どうしてお顔に傷があるの?痛くないの?ボクだよ。律だよ。ねえ、聞こえてる?お返事してよ…。」

そう律が言うと、警察官は目を閉じ、祖父母はこらえきれずに涙を流した。

霊安室にすすり泣く声が響く。

祖母は、

「律、お母さんはね、これから遠いところに行ってしまったの。もう冷たくなってしまって動かないし、お話も出来なくなったのよ。律にはまだ難しいからわからないかも知れないけれど、お母さんとはもう、さよならなのよ…」

祖母は瞳から大粒の涙を流しながら、律を抱きしめた。

「どうして?なんか怖いよ…、お母さん。起きて。遠いところに行くなら、ボクも連れて行ってよ。お留守番嫌だよ。ねえ、何か言って!お母さん!」

棺の中の母親の顔は、半分のすり傷程度だったので、律と対面出来た。が、体は見るも無惨な姿だった。

その後、火葬とお葬式がひっそりと行われ、母親は濃い灰色の煙となり、空高く逝ってしまった。


律は小学校で野球を初め、ぐんぐん腕を上げたが、祖父母のこと、金銭面のことを考え、中学からはバスケ部にしようと決めていた。

野球部は遠征費用やユニフォームにシューズなど、揃えるには大変だ。その点バスケ部はバスケットシューズにジャージ、たくさん欲しいのはせいぜいTシャツくらいだろう。と、考えていた。

祖父母と言ってもまだ若い。2人共まだ50代後半だ。どちらも働いていたので、

「お金のことは心配ない。野球続けてもいいんだぞ」

と言ってくれたが、律は

「バスケも興味あるんだ。ボクが自分で決めた。だから野球はもういいんだ。やりたくなったらその時は言うよ」

と返事をした。


✤✤✤


そして中学生になり、他の部活は見学せずに、すぐにバスケ部に入部届けを出した。

律は運動神経が良い。初めは苦戦していたが集中して練習に励み、メキメキと腕を上げ、小学校からミニバスをしていた子たちとほぼ同格になる程、ボールに手慣れていった。

律に敵対心を持つ上級生もいたが、律の運動神経とバスケへの情熱が伝わり、誰も何も言わなくなった。

律は1年生で既にスリーポイントシュートが得意になり、後半からすぐにレギュラーになった。

野球でピッチャーをしていたので、肩の力が強かった。

大会では緊張しながらも良い成績を収め、地区大会優勝、準優勝は当たり前のように獲得していた。

そして律が2年生の時に、奈々が中学1年生になり、同じバスケ部に入部した。

奈々は少しでも律の近くにいたかった。しかし律のバスケ姿を見たいと、大勢の女の子たちが部活をサボり、律を見に来ていた。

そして、奈々と同じく律目当てでバスケ部に入部した女の子が多く、女子バスケ部員はいつもの倍の人数が集まった。ライバルは多かった。

そして、ミニバスを経験した子たちが多く入ってきたので、奈々はその子たちについていくのに、必死だった。

とても律を見ているほど、余裕はなかった。

それでも律に少しでも顔と名前を覚えてもらいたい一心で、バスケの練習も勉強と共に頑張っていた。

「あのね、今日は律センパイにおはようございますって話しかけたんだよ。律センパイニコって笑ってくれたよ」

だの、

「ねーねー聞いて!律センパイ、今日の練習試合でスリーポイントシュートを2回決めたんだよ。すごいと思わない?」

奈々は律の話を乃々に毎日のように話をしていたので、乃々はすっかり律の名前を覚えてしまった。


【風間 律】


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