ラブ・トライアングル

第1話 エビ反りの少年

真夏日。

太陽がジリジリとアスファルトを照りつけ、陽炎が見えている。

どこからか蝉の鳴き声も聞こえ、より一層体感も熱く感じるようになっていた。

小学校の夏休み、初日。カンカン帽をかぶりカラフルな花柄のワンピースを着ている乃々は、母親の好子に連れられて、姉の地区水泳大会を見るために市民プールへきたところだった。

近くには大きな噴水のある公園があり、小さな子供を連れてきた母親たちは、存分に子供を噴水で遊ばせていた。時々「キャー、キャー」と楽しそうな叫び声が聞こえ、乃々はそっちの公園の方が気になっていた。

赤い車を運転してきた好子の耳には歓声が聞こえているが、車の駐車場からは5分程歩かなければならない。

好子は、乃々が汗ばむくらいにギュッと手を握り、

「乃々、急いで」

とせき立てるように、小走りでプール入口まで行った。

プールに近づくと、プール独特の消毒の臭いがして、乃々は鼻がツーンとなった。

好子は慌てて白いサンダルを脱ぎ、乃々の水色のサンダルも脱がせ手に持った。

乃々の6才年上の姉、奈々は、この水泳大会に選手として参加していた。

プールサイドには各小学校の選手と応援団、選手の家族たちが、ところ狭しとたくさん応援にきていた。

その中に乃々の母親、好子は、

「すみません、すみません…」

と頭を下げながら乃々と一緒に、奈々の小学校の応援団のところに辿り着いた。

「乃々ちゃんも来たんだ。相変わらず可愛いね」

「奈々ちゃんにだんだん似てきたね」

と、先生や他の子のお母さんたちに言われ、乃々は少し恥ずかしくなっていた。

「プログラムはどこまで進んでいるの?」

と、好子は息を荒くしながら隣にいたママ友に尋ねると、

「まだ始まったばかりだから、大丈夫よ」

と言われて、ほっとした。

「お母さん、お姉ちゃんどこにいるの?」

「どこかしら?乃々も探して」

と好子がソワソワしながら言ったその時、

「プログラム2番、5年生による自由形が始まります」

と、アナウンスが聞こえた。

奈々は5組目の3コースだった。

「よーい!…バーン!」

1組目の選手たちが、鉄砲の合図と共に一斉に飛び込んだ。

乃々は耳がキーンとなり、思わず両手で両耳を押さえた。

太陽は空高々と昇っており、観客たちはハンカチやタオルで汗を拭いていた。

学校の応援団も観客たちも、目は選手たちに向けられ、集中して見ている。みな、興奮していた。

応援団は学校の校歌や応援歌をそれぞれ歌い、観客たちは「頑張れー!」「ファイト!」と、それぞれ応援していた。

乃々も奈々以外の選手にも、他の生徒たちに負けじと応援に加担する。

その時、姉の奈々が乃々に気が付き、そっと手を振った。

「お母さん、お姉ちゃんいたよ。手降ってるよ」

と、乃々は好子の腕をグイグイ引っ張り、好子は「どこどこ」と言って、奈々を見つけた。

奈々は今度は好子に手を降った。すると好子のママ友が

「奈々ちゃん、手を振るくらいリラックスしているのね。うらやましいわ。ウチの子なんて緊張して、唇が紫色になって、ガタガタ震えてる。大丈夫かしら」

「奈々はただ泳ぐのが好きなだけなのよ」

と、好子は笑顔で額の汗をハンカチで拭きながら答えた。

そしていよいよ奈々の番がきた。

奈々のピンクのゴーグルが光る。

乃々は大きな声で

「お姉ちゃん頑張れー!」

と叫んだが、鉄砲の音で乃々の声はかき消されてしまった。

奈々を含め、一斉に飛び込み台に乗っていた選手たちがサッと飛び込み、クロールをした。水しぶきが上がる。

暑さのせいか乃々もプールに入りたくなった。

25メートルのプールだから、あっという間に終わってしまうのだが、奈々にとっては、いつもの練習の時よりも長く感じた。

バシャバシャと水しぶきを上げ、奈々が息継ぎをする度にゴーグルが光る。口の中にも水が入った。

反対側のゴールの方には、各小学校の先生たちがストップウォッチを持って、声援を送った。


カチッ!


入賞者は8位までだ。

奈々の記録は3位だった。奈々は好子を見て舌を出す。それに応えるように好子は、ガッツポーズをした。それを見ていた乃々は、分かっているのかいないのか、ジャンプをしながら拍手をして奈々を見た。

着々とプログラムは進み、5年生の部は終わった。

次は6年生の番だ。

この頃には、乃々は観るのが飽きてきたところだった。

「ねえねえ、お母さん、お姉ちゃん終わったんでしょ?お家に帰ろうよ」

好子はまだ、ママ友と夢中になって話をしている。乃々はまた好子の腕を引っ張るが、ママ友が

「せっかくだから最後まで見ましょうよ。6年生のも見応えあるわよ。去年5年生で、目立った男の子がいたの。今年はもっと早くなっているかもしれないわ」

「そうね、それじゃせっかくだからそうしようかな」

と好子は言うと、乃々はほっぺたをプーとふくらませ唇を尖らせ、その場に座り込んだ。

「乃々ちゃん、暑いでしょ?テントの中に入ってもいいわよ」

奈々の担任の先生が気を遣って、そう言ってくれた。

「すみません、ありがとうございます。それじゃお言葉に甘えて…」

好子は、乃々を選手たちと同じテントに入るように、促した。乃々はテントに入り、持って来たお気に入りの黄色い水筒の中に入っている麦茶で、水分補給する。そして

「ありがとうございます」

と先生に言うと、

「あら、乃々ちゃん偉いわね」

と先生は頬笑んだ。

「次は6年生の部、自由形です」

アナウンスが聞こえた。

ママ友が「ほら、あそこ」と、並んでいる選手たちの方を見て、一際黒い男の子を指をさした。

好子は「どれどれ」と男の子を見てみると、確かに周りの子たちより、日焼けしている真っ黒な男の子を見つけた。

乃々は飽きていたので、特別見向きもしなかった。

鉄砲の音だけには慣れず、音がバーン!と鳴る度ビックリし、乃々の肩はビクッとしまた両耳を押さえ、その時だけ顔を上げた。

そして6年生自由形、10組目の番がきた。

太陽はますます暑くなり、ジリジリとプールサイドを熱くしていた。

6コース。1人の日焼けの似合う男の子が首を回したり、手足をブラブラさせてストレッチをしていた。

その時だけ乃々は顔を上げ、

「あの男の子、真っ黒だね」

と好子に言ったが、好子には聞こえていないようだった。

そして、選手たちは飛び込み台にそれぞれ立ち構えをした。

「位置について、よーい!」

バーン!

一斉に飛び込んだ。が、あの日焼けで真っ黒な男の子の飛び込み方がとてもキレイで、誰しもがくぎ付けになった。


見事なエビ反りの飛び込み…。


一瞬辺りは静まったかと思うと、観客たち全員が「わー!」と歓声をあげながら拍手をした。

日焼けで真っ黒な男の子は、海老反りに飛び込んだあと、スーッとしばらく影が見えるかどうかくらいまで、波音立てずに進み、浮かんできたかと思うと一気にクロールを泳ぎ始めた。

なんて早いのだろう。しかもその泳ぎは、本当に小学生なのかと思わせる程だった。

男の子の泳ぎは他の子とは違い、水しぶきがバシャバシャとではなく、水を味方にしたようなキレイな泳ぎだった。

乃々は前にテレビで見たことがある、トビウオのように見えた。

乃々は男の子を見て目を大きく見開き、瞳を輝かせた。

そして奈々は、初めて見たその男の子に惹き込まれた。

男の子はダントツで1位になった。誰しもが予想していた通りである。

その子は他にもバタフライと、各小学校対抗リレーに参加し、男の子の小学校が見事総合優勝した。

そして男の子は個人特別賞を取り、賞状をもらった。

男の子のいる小学校では、生徒も先生も鼻高々だった。


その日焼けで真っ黒な男の子の名前は…。【風間 律⠀】


これが律と奈々と乃々が、初めて出会った日だった。

三人の点と点が繋がった。


律12才、奈々11才、乃々5才の時だった。

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