第27話 違反は痛みの味

「契約を違反した者が、どんな目に遭うか。今に見せてあげる」


 恐ろしい低音を響かせると、ガーネットは、ムクッと立ち上がり、畳の間の襖をガララと開けた。


 襖の奥から現れたのは、後ろ手に縛られた四人の女性。四人の女性は、村の女に連れられ、ゆっくりとエドワールの前に歩み出てくる。


 女性たちの正体は、ああ、馬小屋へ行く際に付き添ってくれた、二人の付き人。それと……。


「エルネット、アメリエル!」


 ああ、洞窟のダンジョンから行動を共にしてきた、二人の美女が、口元から糸のように細い血を垂らしながら、虚ろな目で、こちらを見つめているではないか。


「フフフ。この女たちは、あたしの指示を無視した。特に、端の二人」


 エルネットとアメリエルが、縛られ自由を奪われた体をビクンと震わせた。


「二人は、村にやってきた客どもを始末するという大役を与えられたのにも関わらず、まんまと失敗した。無様な失敗だ」


 そうか。ゆえに二人は、退魔の剣を隠し持っていたのだ。

 あの剣は、カッパを退治するためのモノではなく、どさくさに紛れてエドワールと聖女クレナを仕留めるためのモノだったのだ。


「さあてと、どんな罪にしましょうかねえ。脳ミソと神経だけを取り出して、一生苦痛を感じるためだけに存在する器官にしてあげましょうか。それとも、肛門に杭を突き刺して、杭の先が体内を貫いて食道から飛び出すまで、ゆっくりいたぶってあげましょうか」


 ああ、なんて残虐な発想なのだ。

 美しい見た目とは裏腹に、やはりガーネットは、恐ろしいまでに腹黒い本性を隠し持っていたのだ。

 

 布団でお寝んねしている場合じゃない!

 

 エドワールは、すぐにでも囚われた女たちを助けようと、布団から飛び起きようとする。

 

 ……だがしかし、体が言うことを聞いてくれない。まったく体に力が入らない。酒に混ぜられていた毒が、まだ効いているのだ。

 

 チクショウ。大切な人が、目の前で危険な状況に陥っているというのに、ただ黙って見ていることしかできないなんて。

 こんなに歯がゆい気持ちは、今まで生きてきた中で、感じたことがない。

 

 エドワールは、怒りに身を燃やしながら、布団の下で事の顛末を見守った。


 「そうねえ、女たちを罰する前に……まずはこいつを片付けてしまおうかしらん。毒が切れる前に、〈血の契約〉がどんなに強力か、分らせないとね」

 

 ガーネットは、くるっと身をひるがえすと、こちらに歩み寄ってきた。


「フフフ。あなたに指示を与える。あたしの前で立ち上がりなさい」


 毒によって身動き一つ取れないことは、周知の事実! 

 ガーネットは、あえて実行できない指示をエドワールに与えたのだ。


「違反したねえ。フフフ。じゃ、罪を与えなくちゃ。あなたの罪は、『稲妻に打たれたみたいに、全身に激痛が走る』」


 次の瞬間。


 まるで身を四方に割かれるような、味わったことのないほどの激痛が、エドワールを襲う!


「ウワアアアアア!」


 エドワールは、身をぶるぶる震わせながら、白い泡を吹いて、激痛に耐える。


 ああ、クソ、クソッ! 俺は、目の前の意地の悪いニタニタ笑いを浮かべた妖魔に、騙され、敗北するのかっ!


「フフフ。なかなかいい反応をするじゃない。いったん止め」


 ようやく激痛から解放された。

 毒の効力を無視して、全身の筋肉がピクピク痙攣している。それほどの痛みだったのだ。

 

 ガーネットは、満足げに顔をホクホクさせながら、畳の間の隅へ移動した。

 壁にかけられた水墨画の掛け軸をペロッとめくり上げる。

 

 掛け軸の奥から、日本刀が現れた。秘密の収納スペースというわけだ。

 

 ガーネットは、日本刀を取り出すと、片手に構えて、ゆっくりとこちらへにじり寄って来た。

 ついに金縛りみたく微動だにできないエドワールの真横に立つ。

 

 ガーネットは、予行練習をするみたいに、日本刀を素早く振る。

 ヒュン、と空気を切り裂く音が、エドワールの耳元で聞こえた。


「フフ、あなたに指示を与える。今度の指示は、決して声を上げてはならない。いいこと? 違反したら、つらーいお仕置きが待っているからね。じゃ、いくわよ」


 ガーネットが、日本刀を真横に向けて、大きく振りかぶった。


 ……まさか、なにをする気だ。だが、エドワールは、布団の上から一歩も退くことができない。

 叫べば、またあの地獄が待っている。


 もはや、為されるがまま!

 

 ヒュン、日本刀が残像をのこして、エドワールの脇腹を通過した。

 

 布団が引き裂かれ、飛び出た羽毛が宙を舞う。

 

 次の瞬間。


「……!」


 脇腹に激痛が走る! 

 

 ああ、日本刀から滴る血液!


「痛くても声を上げられないでしょう。フフフ」


 ガーネットは、躊躇なく、エドワールの脇腹を日本刀で切り裂いたのだ。

 この痛み方は……おそらく刃は肉まで達していない。表皮を浅く傷つけられたらしかった。


「知ってる? 痛覚を司る神経のほとんどは、皮膚に存在しているのよ。ゆえに、全身の皮膚を傷つけ続けるのが、最も効果的で、最もつらーいのよ」


 ガーネットは、胡乱な目つきで、日本刀に滴る血液をペロッと舐めて見せた。


「エドワールさん!!」


 見るに耐えないと言った様子で、エルネットとアメリエルが叫ぶ。


「お黙りなさい」


 ガーネットは、目にも留まらぬ速さで二人のもとへ移動すると、腹にパンチを喰らわせる。

 拳がめり込み、二人は苦悶の表情を浮かべる。

 グフゥと肺の空気が絞り出され、息もできずに咳き込む。

 

 ああ、さすがはレベル90の戦闘力。動きが尋常じゃなく速い。

 それに、力の加減を知っている。

 

 間違いない。ガーネットは知性と美貌と強さを兼ね備えた、相当のやり手だ。


「フフフ。いつまでだんまりを貫き通せるかしら。皮膚は体の中で最も大きな器官。切り刻む場所は、まだいくらでも残っているわよ」


 タラタラと赤い筋が刻まれた日本刀が、怪しく銀の光を放つ!!


 毒の効果は依然として続いている。

 レベルカンストのステータス値をもってしてでも、神経毒に侵されてしまっては、もはや布団の上から逃げも隠れもできないのだ。

 

 ああ、絶対絶命!

 エドワールは、ガーネットの残酷な責め苦に身も心も狂わされ、このまま無残な操り人形と化してしまうのか!


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