第28話 危機は希望の味

「さあ、次はどこを切ってやろうか。反対の脇腹かしらん。それとも大腿、いや、貧相に縮み切ったその、おちんぽっ、でもいいわねえ」

 

 ガーネットは、血の滴る日本刀を揺らしながら、まるで品定めをするみたいに、布団の周囲をグルグル回って、エドワールを眺めた。

 

 エドワールの頬に、冷や汗が一筋、ツーと流れ落ちた。

 

 幸い脳は正常に働いている。エドワールは、必死に頭を働かせて、この窮地を脱する方法を考える。

 考えろ。考えろ。なにか、きっとあるはずだ……。

 

 その時、エドワールの腹がグウと鳴った。

 

 ああ、そうか。恐怖と緊張によって、空腹感が抑制されて、固有スキル〈大食い〉が発動していたことに、いままで気づけなかったのだ。

 

 ……待てよ。

 

 エドワールの脳裏に閃光が走る。これならば、もしや。

 

 エドワールは、いままで起こった出来事を慎重に思い返した。

 毒を盛られて布団に寝かされ、スッポンの血と偽りガーネットの血を飲まされ、それから、それから……。

 

 まるで走馬灯みたいに、地獄のような光景が、瞼の裏に浮かんでは消えてゆく。

 

 そして、固有スキル〈大食い〉の特性。

 

 ━━食べた相手の能力をコピーすることができる。

 

 エドワールは、最後の希望と望みを託して、こう唱えた。


「ステータスオープンッ!」



エドワール・ルフレン


レベル:99

体力:1000

攻撃力:500

防御力:500

素早さ:500


【固有スキル】

大食い


【特殊スキル】

鋭爪連斬+100

煉獄の超咆哮

転送魔法・上級

豪雨風ノ手裏剣

猪突猛進


血の契約


効果

術者の血を飲んだ者に、呪いを与える。呪われた者は、術者の指示に必ず従わなければならない。違反した場合、任意の罰を与えることができる。



 ああ、ビンゴビンゴッ! 

 ガーネットの『血』を飲むことで、エドワールは、ガーネットの特殊スキル〈血の契約〉をそっくりそのままコピーすることができたのだ!


「おや、喋ったねえ? あんた今、馬鹿な事したねえ」


  日本刀を構えるガーネットが、あざけるような薄ら笑いを浮かべて、さも嬉しそうに言う。

 

 ……ああ、そして。エドワールの脇腹を切り裂いた、あの時。

 ガーネットは、日本刀に付着したエドワールの血をペロリと舐めていたではないか。

 

 つまり、契約は成立したっ!

 

 エドワールは、臆することなく、こう告げた。


「ガーネット、あんたに指示を与える。俺の肉体に攻撃を加えてはならない。違反した場合、攻撃は十倍の威力でもって、己の肉体に返ってくる」


 すると、ガーネットの顔が醜く歪んだ。

 ……ニタニタ笑い。例の、世にも恐ろしい、冷酷なニタニタ笑いを浮かべて、ガーネットは、布団のエドワールを見下ろす。


「ハハハハッ! 猿真似っ! あたしの力が羨ましくて、真似してみたのかしら? ぷぷぷ、おかしいったらありゃしない。『ガーネット、あんたに指示を与える』だってえ。お布団の上から出ることもできない人間が、なにを言っているのかしら」


 哄笑、哄笑! 

 ガーネットの美しくも怪しい高笑いが、畳の間に響き渡る。


「ああ、久しぶりに面白いものを見せてもらえたわ。まあ、いいわ。違反者には、しっかり罰を与えなきゃねえ。『稲妻に打たれたみたいに、全身に激痛が走る』」


 すると、先の激痛が、ふたたびエドワールを襲う。


 奥歯をガチガチ鳴らして、全身の筋肉をピクピク痙攣させながら、エドワールは激痛に耐える。


 しばらくして、ようやく激痛から解放された。

 苦痛によって、まるで湯気が立つみたいに、全身に熱を帯びていた。


「さて、馬鹿が痛い目に遭ったところで、お遊びを再開しましょうかねえ。フフ、ここにきーめた」


 ガーネットが、テラテラ銀に光る日本刀を、天高く振りかぶった、次の瞬間。


「アアアア!! イダイッ、イダイッ、イダイッ!」


 ガーネットが突然、絶叫しながら、身をぶるぶると震わせ始めた。


「シヌ、シヌ、シヌウッ!」


 ガーネットは、もはやお遊びどころではないと見え、日本刀を畳に取り落とし、激痛のあまり全身を搔きむしりながら、髪をふり乱して畳の上をゴロゴロ転がりまわる。

 それもそのはず。ガーネットは今、先にエドワールが受けた痛みの、その十倍の痛みを身に受けているのだ。


「……ハア、ハア、ハア」


 ガーネットは、息を荒げ、畳の上を這いずりながら、鬼のようなものすごい形相で、エドワールを睨んだ。


「なぜだ、なぜこのようなことが起こるっ!」


 エドワールは、腹話術の人形みたく口をパクパクさせて、小馬鹿にしてやる。


「くそう、くそうっ! 取り消し。契約は取り消しだっ」


 罰を与える度に、自分にその十倍の罰が返って来るのでは、ガーネットもたまったものではない。

 なにはともあれ、これでエドワールは、〈血の契約〉の呪いから解かれ、自由に喋ることができるようになったのだ。


 エドワールは早口でまくし立てる。


「あんたに指示を与える。今すぐに解毒剤を俺に注射しろ。さもないと、腹に日本刀がぶっ刺さって命を落とす。嘘でも脅しでもないことは、お前の体に刻み込まれた痛みが、一番よく知ってるだろう?」


 ガーネットを利用するつもりのないエドワールは、もはや容赦なし! 

 痛みつけ服従させるための指示とは、訳が違うのだ!


「おのれ、おのれえぇ……」


 ガーネットは、殺意の眼光でエドワールを睨みつける。

 そこに、美貌は跡形もなく消えていた。


 そこにあるのは……女の醜い憎しみ。

 

 だがしかし、ガーネットはエドワールの指示に従わざるを得ない。

 襖を開けて、どこかへ消えると、一本の注射器を持って畳の間に戻ってきた。

 

 ガーネットは、布団をはがすと、エドワールの腕に注射器を突き立てた。

 シューと薬液が全身に染みわたってゆくのが分かる。

 

 すると次の瞬間、ガーネットが、ドレスの胸元から、素早く短刀を取り出した。

 解毒剤が効く、そのごくわずかな間に、エドワールを殺してしまおうというのか。


 短刀が、エドワールの首根めがけて接近してくる!


 だが、エドワールの喉仏に触れたところで、短刀の勢いはピタリと止まった。


「思い出したか。こちらの契約は依然、続いている。俺を殺せば、あんたは死ぬ。それも、十回死ぬほどの地獄の苦しみを味わいながらな」


 ガーネットは、短刀を手から滑り落とすと、力なくヘナヘナと畳の上に座り込んだ。


 解毒剤が効いてきたエドワールは、ようやく金縛りから解放され、布団の上から自力で立ち上がる。


「この勝負、あんたの負けだ。ピセナ農村の村長ガーネット、いや、姑息な妖魔めっ」


 ガーネットは、うなだれるだけで、返事はなかった。


 解毒剤のお陰で、普段の力を取り戻したエドワールは、グッと拳に力を込めた。



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