第24話 奸計は血の味

「フレーフレー兄ちゃん」 


「がんばれがんばれ兄ちゃん」


「負けるな負けるな兄ちゃん」


「強いぞ強いぞ兄ちゃん」


 ペロ吉とヨシ坊が、手に持った和太鼓をポン、ポンと叩いた。


 すると次の瞬間。


「イヨッシャアアッーーー! 力が湧いてきたぞぉぉ!! グエェ、グエアアァァ!1」


 クレナと対峙するズン太の体から、モクモクと湯気が立ち昇り、みるみるうちに体の周囲を、炎のような真っ赤な膜が覆い始めた。

 体を覆う膜は、ズン太の荒い呼吸に合わせて、まるで生き物のように膨張と縮小を繰り返す。

 膜は陽炎のようにゆれて、周囲の景色を屈折させる。

 

 この現象は、一体……。

 

 先に覗き見たカッパのステータスが、エドワールの脳裏を電撃のように走った。



モンスター名:ラウルの河童

種族:水人族

レベル:20

体力:150

攻撃力:32

防御力:32

素早さ:32


【特殊スキル】


鬨の声

効果

和太鼓の音色によって己を鼓舞し、ステータス値を一時的に上昇させる。



 ああ、特殊スキルだ! 

 ズン太は、ペロ吉とヨシ坊に和太鼓を叩かせることで、特殊スキルを発動したのだ!


「俺とグッチャネしあがれ、生意気な女めっ!」


 発奮し切ったズン太が、クレナをずりずりと土俵の端へ追いやっていく。

 クレナは、どんなに力を入れても、もはやズン太の力には敵わないと見え、踏ん張った足が氷の上のように土俵を滑ってゆく。

 

 明らかなルール違反。それも、卑怯で姑息な手段。

 これは到底、容認できるものではない。

 

 エドワールは、行司としての勤めを果たすべく、カッパに裁きの鉄槌を下そうと、空気を大きく吸い込んでブレスの準備をした。

 

 すると、クレナが袖の下から、なにやら銀色に光る鋭い物体を電光石火で取り出し、ズン太の右目に突き立てた。


「グッチャネする前にくたばりな、変態クソキュウリッ!」


 ナイフだ! クレナは、サイズの小さなナイフを、服の袖に隠し持っていたのだ!

 ナイフの刃先は、またたく間にズン太の右目に吸い込まれ、刃身の半分ほどに達したところで、ピタリと静止した。


「イデエ、イデエ! 貴様、なにしあがるっ! ズルだっ! 武器はズルだっ!」


「先にズルしたのは、そっちでしょ?」


「俺はズルしてねえ。ただの応援だ。応援をしてもらうことは、決してルール違反にならねえ。アア、イデエ!」


「ふうん。じゃあ、これもズルじゃないわね」


 クレナは、右目に突き刺さったナイフを、素早く引き抜いた。


 シャアアアア!!


 ああ、抉り取られた右の眼窩から、シャワーみたいに勢い良く鮮血が噴き出す。

 鮮血は見事な弧を描いてボトボト地面に落下し、土俵を真っ赤に染め上げる。


「目があっ、俺の大切な目があっ!」


 もはや相撲の試合どころではないズン太は、空っぽになった右の眼窩を手で抑え、苦痛に身をよじらせる。 


 ナイフの刃先に突き刺さった眼球が、ツルンと滑りおちた。

 まるで母親を探し求めるみたいに、コロコロと土俵の上を転がり回る。

 

 やがて宿主を失った眼球は、床の隅に設置された、青白い光を放つ照明器具の手前で落ち着いた。


「……き、貴様、兄ちゃんになにをするっ!」


「女だからって許さないぞっ!」 

 

 赤い膜をまとったペロ吉とヨシ坊が、怒りで身を震わせながら、カッと爪を立て、クレナめがけて襲い掛かる。

 

 だがしかし、さすがは聖女クレナ。すかさず固有スキル〈後方支援〉を発動!

 

 すると不思議なことに、ペロ吉とヨシ坊の勢いが徐々に弱まってゆく。

 クレナのもとにたどり着く頃には、ほとんどその勢いは消え、二人は老人みたいに、力なくその場に倒れ込んでしまった。

 

 そうか。クレナは、ペロ吉とヨシ坊に逆ベクトルの〈後方支援〉を付与し、ステータス値をゼロに近い値にまで下げてしまったのだ。


 ……おや、いつの間にか、ズン太の姿が消えている。


 エドワールは背後にただならぬ気配を感じて、振り返った。


「くえェ……右目は潰れても……くえェっ、左目は残っているんだっ……くえェ」


 ズン太が、苦痛に血反吐をはきながら、エルネットとアメリエルの首根を拘束して、今にも噛み殺そうとしているではないか!


 ああ、土俵の上に気を取られていて、観客の二人にまで注意を払っていなかったのだ。


 卑怯、卑怯! もはや相撲など、とっくに蚊帳の外!


「この勝負……くえェ、俺の勝ちだ……くえェ……アカネとグッチャネさせてもらうっ!」


 くちばしにびっしり生えた鋭い歯が、ギラリと照明を反射して、エルネットの華奢な首に食い込む。


 ……この距離、間に合うか。エドワールは両脚にバネの力を溜め込んだ。


 その時。


「ハイサア!」


「エイヤホッ!」


 ヒュンと風を切る音が聞こえたかと思うと、ズン太が突然、血混じりの泡を吹きながら、バッタリと気絶してしまった。


 ああ、ズンタの両脇、エルネットとアメリエルが、不思議な構えをしながら、気絶したズン太を見下ろしているではないか。


「私たち姉妹、実は、空手のチャムピオンなんですよ。うふ」


 カラテッ! しかも、カラテのチャムピオンッ!!


 信じられぬことに、二人は息の合った手刀をズン太の後頭部に浴びせかけ、脳震盪を起こさせたらしかった。


 なにはともあれ、これで一件落着である。


 エドワールは出る幕もなく、三人の勇敢な美女が、カッパどもをやっつけてしまった……。


「ああ、私が隠し持っていた剣がっ!」


 アメリエルが叫ぶ。


 エドワールは弾かれたように振り返る。 


 クレナの背後、ペロ吉とヨシ坊がよろめきながら立ち上がり、なにか大きなものを振り上げている。

 あれは……退魔の剣ではないか! 

 ペロ吉とヨシ坊は、退魔の剣を手にしたことで、一時的にステータスが上昇したのだ!

 

 あんなに重量のある剣を脳天に振り下ろされれば、いくら屈強なクレナとはいえ、ひとたまりもない。

 

 エドワールは、両脚に溜め込んだバネの力を、一気に解放した。


「ヘイ、カッパさん。切り刻んでキュウリを添えて、カ○パ寿司のレーンに乗せてクルクルさせてやろうか? エエア?」

 

 特殊スキル〈鋭爪連斬+100〉を発動!

 

 発達した両手の爪で、ペロ吉とヨシ坊の体をズタズタに引き裂いてゆく。

 

 目にも留まらぬ速さの百連斬が終わるころには……。

 

 ブロック状に細かく切り刻まれ、サイコロステーキと化した二体のカッパの死体が、ぼとりぼとりと天から降ってきた。


「すごい……雨よ。とっても苦い雨」


「違う、これは勝利の雨よ。エドワールさんが、私たちに下さった、恵みの雨」


  二人は、まるで天啓を受けるかのように空を仰ぎながら、心地よさそうに血肉の驟雨に打たれていた。


「……くえェ……これが俺の最終奥義……くえェ……」


 すると、土俵の外で気絶していたズン太が、くちばしを大きく開いて、なにやら黒い粘液のようなものを練っていた。

 

 こいつ、意外なことに、ブレスを使えるのか。

 

 本物のブレスを見せつけてやろうと、エドワールは姿勢を整える。


「エドワール、その剣をこっちにパスして」


 突然の、聖女クレナからの要求。エドワールは、血と脂にまみれた退魔の剣を拾い上げて、


「へいパス」


 クレナに投げた。クレナは抜群の反射神経で、剣をキャッチ。


「くたばれッ!!!」


 ズン太の首根を狙って、思いきり剣を振り抜く。


 ズシャア……。

 骨の砕ける音があたりに残響する。

 

 ペチャ、と土俵の中央に、切り離されたズン太の頭部が落下した。

 片眼はあらぬ方向をむき、くちばしの隙間から、紫色の舌がだらしなく垂れ出ていた。

 

 かつて馬小屋だった場所は、血と脂と生ゴミが混じり合った、地獄のような匂いがした。

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