第23話 相撲は睨み合いの味
ズン太が、床に散乱した残飯やらゴミやらを、乱暴な手つきで馬小屋の隅へ追いやると、下から黒い線で描かれた、奇妙な円が現れた。
「頭突きは禁止。目や肛門等の急所を狙う攻撃も禁止。もちろん、武器の使用も認められない。いいか。これは相撲の勝負だ。力と力が激しくぶつかり合う、相撲の真剣勝負だっ!」
相変わらず、馬小屋の中には、耐え難い腐臭が漂っていた。
カッパどもを調理して、さっさとこの場を去りたい。
エルネットとアメリエルも同じことを思っているらしく、しきりに鼻をかみながら、エドワールとズン太をチラチラと交互に見遣っていた。
「上等ね。私を舐めたら、どんな目に遭うか、今に見せてやるわ」
聖女クレナは、指をポキポキ鳴らしながら、円の中に足を踏み入れた。
「乗ったな! たしかに貴様は、土俵の上に乗ったなっ!」
「見りゃわかんだろクソキュウリ」
ああ、聖女クレナは、目の前の勝負に集中するあまり、もはや嗅覚が機能していないと見え、床にこびりついた腐臭をものともせずに、ヨガめいた柔軟体操を始めた。
「逃れられねえ。神聖な土俵の上で、このズン太様から無傷で帰った奴は、一人もいない。貴様はもう、逃れられねえ」
わけのわからない戯言をつぶやくと、ズン太はずりずりっと藁でできた腰のパンツをずり降ろした。
ああ、藁のパンツの下から出てきたのは、硬そうな白いパンツ。
股間部に、ぽっかりと丸い穴がとあいていた。
まさか、これが……ふんどしっ!
ズン太は、穴の開いたふんどしをピンと上に持ち上げると、ヌメヌメした細い緑の片足を持ち上げ、どすんと床に振り下ろした。
「俺はなあ、小さな頃から、相撲界のすごいお方に師事しているんだ。おかげで連戦連勝、敵はいない。相撲大会では、そのお方に次いで、二位だった。俺のビッグな師匠が誰だか、貴様は知っているか?」
「ああ、あの旨かったやつ?」
聖女クレナは、ヨガのものすごいポーズの姿勢のまま、あっさりと答えた。
「……旨かった?」
「ヌシ神とかいう、猪のバケモンでしょ? 焼いたのを喰ってみたら、想像以上に美味しかったのよねえ。綺麗に平らげたら、おまけであったかい洋服まで付いてきたし。一石二鳥ってやつよねえ、一石二鳥」
「イッセキ・ニチョウ……」
弱々しくそう呟くと、先までの威勢はどこへ行ったのか、ズン太は、土俵の端で、魂が抜けてしまったかのように棒立ちした。
「おい、行司! 土俵に立て! 試合の合図をしやがれっ!」
しばらくして、正気を取り戻したズン太が、エドワールを見て大声で捲し立てた。
ズン太は、両手を床につけて、尻を突き上げる形で、土俵の端で待機する。
「さ、私もストレッチが終わったわ。エドワール、合図をお願い」
聖女クレナも、躊躇なくズン太の姿勢を真似る。
二人の睨み合う視線が、土俵の上でぶつかり、バチバチと激しい火花を散らす。
「なんだかなあ……」
エドワールは、はあと深くため息を吐くと、土俵の中央に立った。
「で、なにをすればいいんだ? よーいどん、とか?」
「違う。ハッケヨイ・ノコッタと言え」
「え、なんだって?」
「なんども言わせるな! ハッケヨイ・ノコッタだっ!」
カッパの言うことを聞くのは、決して快いことではなかったが、聖女クレナの視線を気にして、ここはぐっと堪えることにした。
「ええと……はっけよい、のこった……」
エドワールが不承不承、合図をした、次の瞬間。
「ノコッタ、ノコッタ、ノコッタッ!!」
「失せろインポキュウリ!!」
土俵の二方向から、聖女クレナとズン太が、肉弾さながらに、ものすごい速度ですっ飛んできた!
ドカン! 稲妻のような音を立てて、二者の体が激突する。
その衝撃波で、馬小屋の床が地震のように揺れる。屋根が木っ端みじんに粉砕され、どこかへ消し飛ぶ。
土俵から発生した風圧で、四方の壁がドミノ倒しみたくバタンと倒れる。
ああ、拮抗っ!
両者の力は、完全に拮抗しているらしく、足を痙攣させながら全体重をかけて押し合い、聖女クレナとズン太は、土俵の中央で静止する。
エドワールはふと、空を見上げてみた。
どこまでも澄み渡る夜の空に、青白く光る星々が砂粒みたいにサーと散らされている。
綺麗だ、と思った。
「クソッ、こうなったら、ペロ吉、ヨシ坊、あれを出せ!」
ズン太が、顔を真っ赤にしながら、切れ切れに声を絞り出す。
すると、土俵の外で試合を傍観していた二体のカッパが、床のガラクタの中から、なにかを拾い上げた。
紐で吊るされた、小さな和太鼓だ。演奏するための割り箸のような棒まで用意されている。
……なんだかとても嫌な予感がする。カッパどもは、一体なにを始めようというのだ?
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